第5話

 望月家の家は一般家庭よりも大きい。母屋に軽い運動ができるほどの庭、そして庭を挟んだ向かいに小さな道場がある。

 剣士として働く正彦が修練を積めるようにとそういう造りになっていた。


 その日の秀蔵は道場の縁側にて陽の光を浴びながら瞑想していた。

 ポカポカとした陽の光は心を落ち着かせ、更なる深みへと沈み込ませていく。


 心の裡は秀蔵の視界とよく似ている。何も映さない無。

 ただ違うのはそこに剣気を感じ取れること。未だ剣気を扱うことはできないが、それでもそこにある事だけはわかっている。


 秀蔵の剣気は陽の光に似ている。剣気を感じ取るとポカポカとして秀蔵の中にある空白を埋めてくれる。それが心地よい。


 目を瞑りながら坐禅を組んだ足の上に載せてある木剣をそっと撫でる。


 修行の一環で秀蔵は木剣を肌身離さず持ち歩くようにしていた。


 正彦曰く、常に持ち歩くことで剣を体に馴染ませより深く己と剣を繋ぐのだと。


 剣に触れながら瞑想すると心なし剣気を感じ取りやすいかもしれない。やっぱり勘違いかも。


 その効果のほどは実感できないが、秀蔵にとって常に剣に触れていることは苦ではなかった。


 ふと、秀蔵は何かを感じ取る。膝の上の木剣にむけていた顔を上げ、とある方向を向いた。


「あ、あら? 邪魔しちゃったかしら?」

「お母さん!」


 そこにいたのはお盆にジュースとお菓子を乗せた秀蔵の母親瑞希みきだった。


「秀蔵は耳がいいのねぇ」

「ん?」


 集中している秀蔵を邪魔しないように足音を消して近づいていたのだが秀蔵に気取られたことに少し驚く。消していたつもりだったが秀蔵にわずかな足音を聞き取られていたのだろうと瑞希は納得する。


「修行はどう? 順調?」

「うん! 今ね、めいそうして剣気を感じ取るしゅぎょうをしてたんだ!」

「そうなの。修行は辛くない?」

「全然平気だよ。もっといっぱいしたいくらい!」


 元気よく両手を広げて一杯を表す秀蔵に瑞希は微笑んだ。


 瑞希も正彦と同じく秀蔵の抱く夢を応援している。しかしそれと同時に心配もしていた。

 目が見えないというハンディキャップは大きすぎる。いつしか夢半で頓挫し、気を病むのでは。または大きな怪我をするのではないか。最悪、秀蔵が瑞希たちの元から去ってしまうのではないか……と。


 瑞希はそっと秀蔵を抱きしめる。小さな体。少し鍛え始めたおかげか思いの外筋肉がついている。愛おしい息子の存在が瑞希に幸福を感じさせる。


「ふふ、お母さん苦しいよー」

「少しだけ、少しだけこうさせて」


 口には出さず瑞希は思う。貴方がいるだけで私は幸せなのだと。健全な体で産んであげられなくてごめんなさいと。


 貴方の夢を全力で応援する。だから無事に大きく成長して。


「もー、しゅぎょうの途中なんだから。もうおしまい!」

「ふふ、邪魔しちゃってごめんなさいね。ジュースとお菓子置いておくから修行もほどほどにね?」

「はーい!」


 瑞希は去り、秀蔵はお菓子とジュースで少し休憩したのち、再び意識を心の裡へと沈ませる。


 ただ先ほどまでは感じなかった優しい温もりが秀蔵を包み込む。

 まるで背を押すかのように温もりが秀蔵に力を与えてくれる。

 家族の愛情にまた一歩剣士へ近づくのだった。

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