第3話

「秀蔵」

「なーに?」


 日課である坐禅を組み己の裡と向き合う。最近感じ取れるようになった剣気をよりはっきりと認識しようと手探りで瞑想していたところ秀蔵のもとに正彦がやってきた。手には正彦には小さすぎる短剣サイズの木剣を握っていた。


「今日から剣の振り方を練習しようか」

「ふりかた? でもまだけんきが……」


 剣気を感じ取る行為は秀蔵の中にぽっかりと開いた空白を少しだけ埋めてくれる。それがなんとも心地よく、今の秀蔵は剣の振り方に興味を抱けなかった。


「秀蔵は剣士になるんだろう?」

「うん! 剣士になりたい」

「剣士には剣気だ重要だ。だけどそれ以上に剣を振れなきゃ剣士たりえない。だから秀蔵、剣を握るんだ」

「……わかった!」


 正彦の言葉は難しい。だけど正彦が本気で秀蔵の夢を後押ししてくれていることを秀蔵は感じ取っていた。だからやる気は出ないが正彦から木剣を受け取った。


 手のひらに感じる秀蔵の小さな手でも握りやすい柄の感触。六歳になったばかりで未だ力のない秀蔵には少し重い。


「といってもすぐには振らない。まずはその木剣になれること。そしてその木剣を振る筋肉を鍛えることから始めよう」

「はい!」


 元気よく返事をする。

 それから秀蔵の修行には坐禅のほか基礎訓練が追加された。道を気にせず何かに捕まって走れるように正彦が月々のお小遣いで購入したランニングマシーンで走り、腕立てや腹筋、体幹トレーニングなどで徐々に筋力をつけていく。といっても幼い頃に激しい筋トレをしても良くないため程々にだが。


 基礎訓練を続け、木剣の重みを心地よく感じられるようになった頃。


「まずは秀蔵が思うように振ってみなさい」

「はーい」


 ついに素振りの訓練を始める。最初の一振りはそれはもうひどいものだ。木剣を振るうと言うより木剣に振るわれるといった方が正しく思える。


「秀蔵。剣は腕だげで振るうものじゃない。両足でしっかり地面を踏み締め、腰から振るうんだ」


 一振りのたびに正彦は修正を加えていく。誰かに剣を教えると言う経験のない正彦にとって、目の見えない秀蔵に教えるのはとても難しいものだった。


 剣術指南の教本を読んだり剣術の動画を見たり。


 人に教えると言う行為がこんなにも難しいものだったのかと。


 それでもめげずに頑張る息子の姿に父が泣き言を言えるはずもない。


「剣の重みを利用するんだ。切先で円を描くように、あー。ぐるっと回る感じ。そうそう!」


 見えない秀蔵に物で例えるのは難しい。言葉をあれこれ捻り、秀蔵に伝わるように噛み砕く。


「ふんっ、えいやぁ!」

「いいぞ。声を出すと力もこもる。力がこもれば剣に秀蔵の気持ちが宿る」

「剣に気持ち?」

「いつだったか教えただろう? 剣気っていうのは剣に込める気持ちのような物だって」


 小さな体で一生懸命に剣を振るう秀蔵の姿に正彦は頬を緩ませる。

 愛おしい息子が頑張る姿が父親の力にもなるのだ。


 剣を教えながら、剣を見直してきた。

 秀蔵と共に坐禅を組むようになって、自らを顧みた。


 剣気を今までより理解できた気がした。

 感じていた行き詰まりが、ゆっくりと解れていく。


 息子が成長するように、父親も少しずつ成長していく物。


「……もう少しで、何かが掴めそうなんだ」

 

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