かみさまなんてことを(旧作)
あんぜ
第一部
第1話 オレ、召喚
「あいつの処女を守れなかった」
真っ白い空間。瞼を閉じることもできず、耳鳴りさえ聞こえない。
『何言ってんだコイツ……』
不意に響いてきた声。耳からじゃなく頭の中から。足元の方には眉をひそめてこっちを見下ろすやつがいる。ヤバい、おかしな妄言を口に出してしまったうえ、他人に聞かれてしまった!
『ムネにぽっかり穴が開いているようだ。ここへ来る前に何かあったね』
幾重ものドレープのかかった白い服を揺らしながらそいつは歩み寄り、屈むと、俺の胸に手を置く……いや、そこに胸は無かった。言葉の通り、胸には大きな穴が開き、そいつの手を飲み込んでいた。ヤバい、ヤバい! 息ができない! これは死ぬ、死んでしまう!
『キミは今、魂だけの存在だ。窒息することは無いし会話もできるよ』
んなこと言われても、口をパクパクさせることが精いっぱいで声が出ない。遠のく意識の中、そいつは喋り続ける。
『やれやれ、思い込みの激しいニンゲンだ。まあいいや、キミで最後だ。希望は聞けたし、できる限り望み通りの力を……』
◇◇◇◇◇
「魔女じゃな。こやつのタレントは。儂の見立てじゃ、間違いない」
女の声が聞こえる。戻りつつある意識の中、聞こえてくる会話の中で聞き取れた言葉。
「魔女か……。使い物にならんが……招いた以上、うかつに死なせるわけにもいくまい」
と男の声。誰か死にそうなのか? 俺も意識ははっきりしないが事故でも起きたのか? 俺は女じゃないしな。魔女という現実離れした言葉より、男か女かという部分に反応していた。
寝たまま、周りを確かめようと重い瞼を上げると、こちらを見下ろす一団が見える。どこから借りてきた衣装だろう、中世西洋風の
「儂がしばらく見てやろう。……おっと、目を覚ましたようじゃが、もうしばらく眠っておれ」
女は続いて何やら耳慣れない言葉を呟くと、俺は再び意識を手放した。
◇◇◇◇◇
再び目覚めたときは硬い床ではなく柔らかなベッドで寝かされていた。なんだかいい香りまでする。ベッドには天蓋が付いており、広い壁には織物がかけてあった。両開きの扉が開くとメイドの格好をした女性がワゴンを押して入ってくる。
「おはようございます。そろそろお目覚めと伺っておりました。
やがて主様と呼ばれる女性が入ってきた。鮮やかな青い衣装には見覚えがある。
「あら、意外と元気そうね。薬は必要ないかしら。死にそうな顔をしていたから心配していたのよ?」
あれこいつ『儂』とか『じゃ』とか言ってなかったっけ。声の印象も見た目相応で表情もやわらかい。整った顔立ち。髪は青っぽいような黒髪に見える。衣装もあってか背も高そうに見える。年上のお姉さんって感じ。彼女がいるとはいえ女性との付き合いの苦手な俺は、意識してしまうと返答に困ってしまう。――いや訂正。彼女はもういない……。
「そのままでいいから聞きなさい。あなたはね、召喚されたの。元居た世界とは別の世界よ。召喚者たちは強い能力を持っているから国を救うために手を貸してもらおうってわけ」
「横暴な話ですね……。俺はまあ……別にそれでもいいですけど」
「ふふっ、元居たところで嫌なことでもあったの? でも残念。あなた魔女だからちょっと最前線には送れないのよね。しばらくここに居た後は自由に暮らすなり死んで元の世界に帰るなりすればいいわ」
「魔女? 男ですよ俺。あ、死ぬと帰れるんですか?」
「帰れるはずよ。ただ、自害すると魂が傷つくから他殺の方がいいわね」
「……やだなあ、どっちも。」
「魔女はねぇ、地母神の祝福を与えることができるんだけど、ちょっといろいろあるから無理ね。あと男だし……」
なんか口ごもってるし――男だとマズいのか? まあそりゃ魔女が男という時点で……いや魔男でもいいじゃないか。そもそもどこを見て魔女なんて言うんだ? そう問う。
「鑑定よ。賢者の能力なの」
鑑定……。なるほどそんな便利なものが――ふと彼女の頭の上に文字が見えるのに気づく。なんだこれ? 首をかしげると同じように傾く。なんかゲームでこういうの見たことあるぞ。注視していると文字が引き上げられ、その下にゲームのスクリーンのようなものが浮かび上がる。スクリーンにはさらに多くの文字が。そしてどの文字も読めない。
「……まさか、あなた鑑定が使えるの? 私の頭の上の方……見てるわよね?」
鑑定は頭で思うだけで使えるらしい。だが文字が読めない。言葉は通じるのに文字が日本語じゃない? どういうこと? 彼女は板切れとペンを差し出してくる。頭の上に浮かぶ最初に見た文字を書き写す。かすかに焦げるような臭いがして板切れに文字が記される。
「ご本名ですね」
無言のままの彼女の代わりに傍でお茶を用意していたメイドさんがのぞき込みながら言う。メイドさんの頭の上にも同じように文字が浮かんでいる。さっきまでは無かったはず。そちらも書き写す。メイドさんの方が名前は長い。
「わたくしの名ですね」
「どこまで見えてる?」
被り気味に、そしてやや緊張した面持ちで問われたので、続けて
「私はここでは名は名乗っていない。トメリルの賢者もしくは大賢者と呼ばれている」
「つまり名前は出すなと?」
お茶を差し出しながら微笑むメイドさん。メイドさんは知ってるんだよな。
「シーアはいろいろと事情を知ってる。私が貴族連中相手で砕けた喋り方をするのもこの子の前だけ。名が長いでしょう? 私は元平民なので名は短い」
大賢者様が何か呟きながら自分の名を指でなぞると、板切れに書かれた文字が消えていく。完全に消えると彼女はおどけたような表情とともに柔らかい雰囲気に戻る。
お茶を飲み終えた俺は再び大賢者様の文字を書き写す。ゲームのように能力値みたいなものが数値で記されているらしい。指さしながらの説明を聞いていると、彼女が日本語を喋っていないことに今更気が付いた。文字を読み上げた瞬間に理解してしまっている。やがて『賢者』と書かれた文字に行き着く。タレントというものらしい。
「タレントは神様からの祝福よ。持つものは賢者からの祝福で顕現させることができるわ。ただ、タレントまで読める賢者はほとんどいないの。つまり君は国の要職にもつけるってこと」
おススメはしない――と、疲れた表情で答える。正直、興味はないのでどうしても路頭に迷うようなら雇ってもらおう。最終手段だ。書き写しを続けると大賢者様は妙な表情をする。
「私の鑑定かこれは?」
自分の鑑定はできないのかと問うと、目をつむって鑑定を意識してみろという。なるほど目を閉じたままで何か見える。もちろん読めないが。
「これは聖騎士と書かれている。その隣の文字は鍵だ」
聖騎士でもあるんですかと聞くと、そんなことはない。大きな祝福は普通、ひとつしか得られないと。鍵? ゲームの課金コンテンツか? 一文字で鍵? 頭文字か記号? 疑問を口にする。
「いや、その文字はもとより鍵を意味する。基本の文字のひとつだ」
大賢者様は、難しい表情をするときは言葉遣いも硬くなる。『儂』とか言い出さないだけマシだけど。さらに記述と解説を進めていくと――。
「え……」
「ぁ……」
とある項目で二人が固まる。――瞬間、悲鳴とともにペンが払いのけられ、板切れに手をついた大賢者様はれいの呟きとともに大雑把に文字を消す。呼吸を荒げた彼女はジト目ともいえる表情でシーアさんをみつめる。シーアさんはというと、愛想笑いのような表情で視線を避けるようにペンを拾いに行く。
「と、とりあえずここまででいい。君の方が私よりも上位の鑑定を使えるらしい!」
あとはシーアに任せる――と告げると大賢者様は部屋を出て行ってしまった。残されたシーアさんと目が合ったのでとりあえずの笑顔を作ると、にっこりと微笑み返してくれた。
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5話までまとめて投稿しました。あとは適当に投稿します。
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