青い海のそばで

みずほ

プロローグ

 三月。本州では桜の時期になり、多くの人が今も花見を楽しんでいるのだろうが、ここはまだそうではない。

 透き通るように晴れた日。日は高く昇っているが、冷たい風が吹きつけ、寒さが体の芯に染み渡る。春とは思えないような気温の北海道。噴火湾に面したこの駅に降り立った時、私はその光景に息をのんだ。

 眼前に広がる海はどこまでも青く、またそれを一層引き立たせるように白い雪が地面を覆っていた。

 景色を一通り楽しんだ私は、白く覆われた階段を慎重に登り、駐輪場の横にある小ぢんまりとした待合室へと向かう。

 中は、木目調の壁とベンチが設置されているごく普通の待合室。壁にあるものも、一段に一つ、多くて二つの列車しかない時刻表に、少し色あせたポスター。しかし、少し違ったのは、なんということもなく置かれている一冊のノート、「駅ノート」だった。

 もっとも、ノートそのものはほかの駅のものと変わらない。中を開き、ぺらぺらとページをめくる。書いてあることは、ここに来てよかった、こんなにきれいな海は見たことがない、そして時々絵が挟まるという、この手のノートにありがちな何でもないことだ。

 しかし、あるところでおや、と思い、ページをめくる手を止める。そこには、駅ノートに似つかわしくない文が書き綴られていた。ただの長い感想なら物好きもいるものだなと思い、適当に読み飛ばしただろう。しかし、それはそんな何でもないものとは違った。

 その文を読み終え、私はノートを閉じ、窓から外を見上げる。さっきと変わらない青空。しかし、その青さは、駅に降り立ったその瞬間とはずいぶん違う、桜のような鮮やかさを持っているように見えた。

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