余命、3分
あやかね
本文
その日、私の余命が3分をきりました。
お医者様は「残り少ない命だから大切にするように」とおっしゃいましたが、私がお会計を済ませて病院の外に出るだけで3分なんて過ぎてしまいます。
「何をしてるんだい。こうしている間にも君の物語が終わろうとしてるんだよ」
「そう言われましても……」
「余命を伸ばしたいならね、とにかく色々なことをしなさい。日記を書くのもいい。君が多くの事を為して、語るべき事が増えれば増えるほど君の余命は伸びるんだから」
「なんだか……矛盾しているようですけれど」
「ああ、そうやって時間稼ぎをするのもいいね」
「余命って……稼ぐものなのですか?」
お医者は私の質問には答えませんでした。
「それは、この
と。
「とにかく、君は人生の描写を増やすことを考えなさい。この本が君の余命を表している。毎日確認するように」
私は何もわからぬうちに病院を出ました。
私は、とにかくお医者様のアドバイスに従おうと思いました。まだ学生の身分。できる事はたくさんあります。勉強。部活。習い事。他にもたくさん。
学生のうちしかできない事なのだから、本気でやるだけの価値はあるはずですし、語るべき事を増やせというお医者様のアドバイスも活きてきます。
まずは勉強を始めようと机に向かったところで………ふと、思いました。
それは、余命を犠牲にしてでもやることなのか? と。
社会に出てから役に立つことではありませんし、お金がかかるし、なにより、思い出以外は残らない。
死んでしまえば、なんの役にも立ちません。
それならアルバイトはどうだろう。とも思いましたが、アルバイトは逆に学生の時間を奪うだけだと思い、断念しました。
私は勉強道具を片付けて、本を見ました。お医者様から頂いた本です。
人生の描写を増やすというのが、具体的に何を表すのかサッパリ分かりませんでしたが、私のしている事が間違いであることはすぐに分かりました。
ばらばらばらばらばら、と物凄い勢いでページが捲れ始めたのです。
私が慌てて勉強道具を取り出すと、今度はページの進みがゆっくりになります。
つまり、私は理解しました。
私に下された3分の余命とは、この本がめくり終わるまでの時間だったのです。
よくよく見れば、本には何か文章が書き込まれているようでした。お医者様との会話に始まり、私がやろうとした事、余命の正体に気づいたこと。
ページは半分以上めくれているというのに、書いてあることはたったのそれだけ。
私の人生が書き込まれているのだから、私の名前や生い立ちくらいは書いてあるべきだと思うのですが……。
「ひどい本です。私には両親がいて、名前があって、卒業した学校があって、友達もいたというのに……何も書いてない! まったくひどい本です! 私の名前は……」
でも、思い出せませんでした。
「……あれ? 私は……私? いやでも! 私は!」
まるで、お前の物語に名前は必要無いと言わんばかりに、私は自分の名前が思い出せません。
「お父さん! お母さん!」
両親なら私の名前を覚えているはず。
私が呼ぶと二人はすぐに駆けつけてくれましたが、「どうしたの?」「何があった!」と言うばかりです。
「私……自分の名前忘れちゃった」
「あはは、何だそんなこと。昔からおっちょこちょいなんだから」
と、お母さんが笑って、教えてくれました。
「もうそんな事で呼ばないでくれよ?」という二人を見送ったところで、私ははたと気づきました。
「本に描写が無い!」
本に、私の名前が書かれていなかったのです。私は自分の名前すら心にとどめて置かなかったのです。
それから、私は心を入れ替えて、色々なことを頑張りました。
学校を卒業していい大学に入り、良い会社に入り、優しい恋人ができて結婚し、子供が産まれました。
ですが…………ああ、私にはそれだけでした。
私は頑張りました。人生の描写を増やそうとたくさんの努力をしました。でも、本のページは終わりを迎えようとしています。
私は頑張っただけでした。
私の人生は『頑張った』の4文字で表せる、短い人生だったのです。
お医者様がおっしゃった人生の描写を増やすというのは、つまり、目の前にある事を大切にするということだったのではないでしょうか。
思い返せば、私が人生の中で大切にした事は、私がどうするかという事ばかり。父はどう感じたか、母はどう思ったのか、恋人はどういう人だったのか。そんなこと、考えた事もありませんでした。
小説の中では、それらは大切な描写であるはずです。
主人公目線の話ながらも、主人公の人生に関わる大切な要因として描かれるはずです。
私の人生においてもそうだったのかもしれませんが、私は描写しませんでした。
私の人生は、たったの2000文字弱で表せる、短い文章でしか無かったのです。
そんなの、3分もあれば読みきれるでしょう?
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