リディアーヌの新人教育
「ソレイル王国から騎士見習いとして参りました、ジャンヌ・バダンデールと申します。……再びお目にかかることができ光栄でございます、リディアーヌ様」
「久しぶり、ジャンヌ。これからよろしくお願いね」
「はいっ。精一杯務めさせていただきます」
屋敷の玄関ホールに数人の女性たちが整列している。
異国式──ソレイルの衣装を纏った彼女たちはアンリエットが送ってきた俺の使用人・側近候補たちだ。代表して挨拶してくれたのは既に顔見知りであるジャンヌ。ただし、今回はアンリエットの姪ではなく俺の専属騎士としてここへ来ている。
ドレスではなく黒ベースの騎士装を纏い、髪を後ろで束ねた彼女はどこか凛々しい。同時に緊張しているのかだいぶ表情は硬かった。
「騎士は私の他に一名、メイドが二名、文官が一名。全てリディアーヌ様のために集められた者達でございます。輿入れまでの間、どうか厳しくご指導くださいますようお願い致します」
「ええ。部下となる人間に容赦をするつもりはないわ。……悪いけれど、厳しくいかせてもらうから覚悟してちょうだい」
ジャンヌたちがやってきたのは輿入れ前に側近を選別し、鍛えておくため。
向こうへ行ってから教育を始めるのでは手間がかかりすぎる。輿入れ後はすぐに一流の仕事ができるよう、あらかじめリヴィエールに送り込まれてきたのだ。
本人のやる気を買われ、ジャンヌも無事に見習い騎士に任命された。このままきちんと務められれば正式に正妃の専属騎士である。
「あなたたちの教育係および先輩を紹介しておくわ」
専属メイド筆頭はアンナ。その下に元王族にして《漆黒の魔女》の異名を持つオーレリアと、
「ヴァイオレット・ルフォールと申します。メイドとしての経験は浅いため、皆様と一緒に教育を受けることになっております」
ソレイル行きが本決まりということでヴァイオレットも俺の専属として働き始めることになった。
メイド服姿はとても新鮮だが、お仕着せに身を包んでいてもなお妖精の儚げな美しさは隠し切れていない。重い物とか持てるのか、と不安になってしまうが、侯爵令嬢としての豊富な魔力から来る身体強化で多少の肉体労働など物ともしない。
「わたしの専属ではないけれど、我が家のメイドであるエマにも教育に参加してもらうわ」
「よろしくお願いいたします」
淡々と、丁寧にお辞儀をするエマ。
平メイドでいい、と言い続けている彼女だが、丁寧かつてきぱきした仕事ぶりはメイド長や同僚にも評価されている。その結果「ソレイルに行かないのなら新人教育を」と最近は指導役を任されることが多くなった。ゆくゆくはメイド長を継ぐ可能性もあるかもしれない。
『わたしのメイドも随分増えたわね。まあ、アンナが一番なのは変わらないけれど』
新しく来た二人が使い物になればローテーションも随分楽になるだろう。そのためにもきっちり鍛えておかなくては──と。
「失礼ですが、アンナ様とエマ様の階級はどちらなのでしょうか」
「同僚なのだから呼び捨てで構わないわ。……アンナは男爵家出身で、エマは子爵家の出よ」
「男爵家に、子爵家」
尋ねてきたのはメイドの片方。彼女は反復するように小さく呟いた後、俺の目を見て言ってくる。
「私は伯爵家の出身でございます」
『あ、そう。……で?』
内心で「期待の新人」から「問題児候補」にランクを引き下げつつ笑顔で応じる。
「なら、きっと十分な教育を受けてきたのでしょうね。頼もしいわ。……エマ」
「はい。荷物を置いていただいた後、実践形式で教育を開始します。実務経験が十分なのであれば基礎教育の時間を短縮できそうですね」
「はい。……え、あの、屋敷を案内していただく時間などは……?」
「案内はおいおい行います。この屋敷で働いていただくのは半年にも満たないのですから、最悪、自分の行動範囲のみ把握していれば問題ありません」
意訳すると「自信があるならさっそく腕前を見せてみろ」ということである。
ジャンヌが苦笑に近い笑みを浮かべて、
「さすがはシルヴェストル公爵家。十分に鍛えていただけそうです」
「あら、ジャンヌも他人事じゃないわ。騎士の教育はモニカに担当してもらいます」
「モニカ・モンターニュと申します。……私はリディアーヌ様に同行する事ができません。その分、貴女達を鍛え上げて送り出すつもりですので心してください」
「は、はいっ!」
なお、モニカが家に来られない日は騎士団の訓練場へ送るかモニカに連れ歩いてもらう予定だ。どの程度やる気と忠誠心があるかわからない人間に護衛を任せられるほど肝は据わっていない。
騎士に関しては基本的に任せるとして、
「さすがね。お茶の入れ方や椅子の引き方は何の問題もないわ」
「恐れ入ります」
少し褒められただけで「ふふん」といった表情になっている問題児候補か。
なんだろう。ソレイルは性格に難のある人間が多いのだろうか。……俺自身を鑑みれば答えはだいたいわかるか。
「では、基本を元にリディアーヌ様のやり方に合わせられるよう学んでもらいましょう」
「お任せください。すぐに覚えてみせます」
「頼もしいわ。……じゃあ、今日のところはわたしの傍に控えてアンナたちの仕事ぶりを見てもらいましょうか」
「かしこまりました」
そこからは普段通り、勉強をしたり魔道具の製作をしたり。
アンナは俺の勉強道具を準備したり先生を出迎えたり素材をあれこれ準備したりしてくれる。既に慣れているので手際がよくてきぱきとしている。
しばらくそれを観察していた例のメイドは不思議そうに、
「アンナだけですか? オーレリア様──オーレリアは何をしているのでしょう?」
「オーレリアは王家や騎士団の依頼に携わっているから、外出するか部屋に籠もって作業していることが多いわ」
「では、実質メイドはアンナだけなのですね」
「ええ。わたしの身の回りの世話はほぼアンナが一人でこなしているの」
「そうなのですね」
なら楽勝だ、という顔をするメイド。俺はとりあえずそれをスルーして、暗くなるまで普通に過ごす。風呂は屋敷のメイドたちに手伝ってもらい、新しいメイドたちは傍に立たせておく。
家族全員での夕食を済ませて、食後の紅茶を楽しんでいるところでセレスティーヌが二人に水を向ける。
「半日過ごして、これからも役割を続けていけそうですか?」
「はい、もちろんでございます、奥様」
「それは良かった。……では、本日の夕食の献立、およびリディアーヌが今飲んでいる紅茶の銘柄を答えられますか?」
「……え?」
『出たわね。お養母さまの指導』
涼しい顔で容赦ない言葉を浴びせてくるから性質が悪い。慣れていない新人たちは目を白黒させている。
「どうしました? 自信のあるようだった貴女からで構いません。答えてください」
「え、ええと……リディアーヌ様はお肉だけでなく野菜や豆などをバランスよく召し上がっていらっしゃいました。量は一般的な令嬢と同程度で……」
「料理の内容と、使われていた食材はわかりますか?」
「……申し訳ありません、そこまでは」
一見しゅんとした様子で頭を下げる彼女。果たしてそこまでは「憶えきれませんでした」なのか「憶える気がありませんでした」なのか。いずれにせよ、体裁をある程度取り繕える分だけレティシアやグレゴールよりはマシかもしれない。
セレスティーヌは「そうですか」と頷き、もう一人のメイドに視線を向けた。もう一人が自己主張強めなのもあって控えめというか地味な印象を受ける娘だ。歳はアンナより若干若いだろうか。
「貴女はどうですか?」
「はい。あの……まず前菜が」
少し怯えた様子でゆっくりと答え始めた彼女は、意外なことにもう一人よりもよほどしっかりと夕食の内容を記憶していた。
食事風景をただ眺めていたのではなく観察していた証だ。俺は彼女の評価をワンランク引き上げる。
メイド長がすかさず口を開いて、
「主の食事内容は重要事項です。パーティーで料理の取り分けを任された際に主の好みを把握していなければ困りますし、もし食事に毒物が混入していた場合、何をどれだけ召し上がられていたかの情報が生死を左右することもありえます」
「で、ですが、それはおいおい憶えていけば──」
「あら? あなたは輿入れの際に完璧な仕事ができるようにここへ派遣されてきたんじゃないの?」
「っ」
お喋りな方が唇を噛む。
「で、では、彼女──ヴァイオレットはどうなのですか?」
「ヴァイオレットには尋ねるまでもありません」
セレスティーヌは事もなげに切って捨てる。その上で銀髪の少女が俺が好む紅茶の銘柄やここ二週間分ほどの俺の食事内容などをすらすらと口にしてみせるとさすがにメイドも何も言えなくなった。
ヴァイオレットはここしばらくアンナと手紙をやり取りしてまで俺に関する情報を集めていた。なので、こと「リディアーヌ・シルヴェストル用のメイド」としての能力はかなり高いのである。むしろ熱心すぎて若干怖いくらいだ。
しかし、初日から少しいじめ過ぎただろうか。
「寝泊まりについては使用人部屋を用意してあるわ。一般メイドは二人部屋だけど、それなりに広さはあるはずだから我慢してね」
今日はゆっくり休むといいと俺は新人メイドたちを部屋に向かわせた。
「さて。……魔道具の調子はどうかしら」
部屋に戻った俺は耳栓のような形状をした魔道具を片耳に装着した。
新人たちに宛がった部屋には単なる調度品と見せかけた盗聴用の魔道具が置いてある。一つの宝石を二つに割って発信側と受信側の魔道具を作ることで念話の原理に近い──現状考えうる限りにおいてはかなり魔力効率のいい音声伝達が可能となっている。
それでも同じ屋敷内で使うのがせいぜい、魔力満タンの状態からでも一晩ももたないのだが。
『ああもう、なんなのよ! 長旅で疲れてるのに初日からこんなに大変だなんて!』
『仕方ないわ。時間がないんだもの。陛下が少しでもお元気なうちに婚礼を済ませなければいけない、と、アンリエット様も仰っていたでしょう?』
『そんな事はわかってるわよ!』
おお、荒れている。あまり行儀のよくない行為だとわかっていてなおこういう魔道具を用意したのは彼女たちのこういう本音が聞きたかったからだ。
『何よあんた。随分いい子ぶっちゃって。リディアーヌ様に気に入られようと必死なわけ?』
『そんな事……。貴女だって正妃付きのメイドになるためならなんでもするって言っていたじゃない』
『言ったわよ! だけど、男爵家出身のアンナなんかにべったりで、侯爵令嬢のメイドまでいるんじゃどうやって取り入ったらいいのよ』
とまあ、こんな感じで、二人の会話はお喋りな方が大人しい方へほぼ一方的に話しかけるような展開が続いた。どうやら二人の精神的な上下関係にはだいぶ差があるらしい。
「なるほど、ね」
「リディアーヌ様。明日からの教育はどういたしますか?」
「そうね。それじゃあ──」
エマの静かな問いかけに、俺は少し考えながら答えた。
そして。
「本日からはリディアーヌ様の専属となるにあたり必要な知識を蓄えてもらいます」
「知識、ですか?」
「はい。リディアーヌ様が勉強熱心かつ魔法に長けている事は昨日の時点で理解できたはず。ですので、貴女達にはその補佐ができるように勉強をしてもらいます」
教育係にはエマがつき、別室で猛勉強である。ただ俺の傍に立たせておくよりはその方がよほど役に立つというわけだが、これに案の定噛みついてくる者が。
「勉強なんて……! 食事のメニューや紅茶の銘柄なら実地で覚えられます! 今さらわざわざ座学なんてする必要が──」
「では、主要な宝石の種類と名前、その性質。それぞれの石を魔石にした場合にどのような属性と親和性を持つか、知っていますか?」
俺は魔石づくりに宝石を多用するので結構重要である。「サファイアを取ってくれる? ……ああ、違うわ。それはブルートパーズ」とかいちいちやっていたらキリがない。
が。
「魔道具の製作なんて正妃様の仕事ではありません。リディアーヌ様がなさる必要はないと思います。そもそも、向こうに行ったらそんな暇──」
「ああ、そう? なら貴女、もう帰っていいわ」
言っても聞かないのでとりあえず「クビ」を宣言した。
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