準備と相談
『紅蓮の魔女は災いの申し子』
『王家に他国の血を入れるな』
『売国の犬』
『この国から出て行け』
屋敷に届いた嫌がらせの手紙の数々に俺はため息をつき、思わず愚痴をこぼした。
「読むのを止めてしまいたくなるわね」
とは言えそうもいかない。念のため内容および相手の筆跡を覚えておけば(正確には思い出せるようにしておけば)何かの役に立つかもしれない。
メイドによる検閲は終わっているため剃刀の刃などの危険物は入っていないし、ここは仕事の一つと考えて頑張るべきだ。
と、山のように積まれた手紙をアンナが睨んで、
「酷すぎます! いったいリディアーヌ様が何をしたと言うんですか!」
これらの手紙は全て俺宛てだ。
多くは平民の手紙配達人を介している。彼らは基本的に急ぎの依頼(特急料金が必要)以外は半日分~数日分をまとめて届けるので「これを持ってきたのはどんな奴だった?」とかいちいち憶えていない。
依頼者の情報を売る配達人も一部いるため、対策として無記名の手紙も珍しくない。逆手に取ればこっそり嫌がらせができる。
金を握らせて「顔を憶えておけ」と頼むこともできるが、別の平民をさらに間に挟むケースもある。
情報として逆に利用することも考えれば結局、受け取って確認するのが一番である。さすがに無記名の小包とかは開けずに捨てるが。
「まあ、挙げていけば結構色々やったわね」
今はやっていないが昔はメイドをいじめていたし、その関係で一人平民落ちさせている。
第三王子の婚約者となって同世代の令嬢中心にグループを結成。新たな服飾部品やデザインを生み出して産業を活性化させたり、テロ対策を手伝って褒賞をもらったりもした。
さらに第一王子や第二王子とも親交があるうえ、先日の試合ではアルベールといい勝負をして武力をも見せつけた。
この国一番と言っていい魔法使い&魔道具製作者であるオーレリアを抱えており、その薫陶によって俺自身もいくつもの魔道具を製作している。
「だからって『出て行け』なんてあんまりです。リディアーヌ様が齎すはずだった利益を損なうことにだってなるんですよ?」
「ありがとう、アンナ。でも、嫌がらせをしてくる奴らからしたら『わたしが利益を上げること』自体が気に食わないのよ」
例えば、第一王子派と第二王子派にとっては俺に消えてもらうことで推している王子を相対的に躍進させられる。
服飾関連に力を入れている貴族家にとって公爵家は目の上のたんこぶだろうし、戦いは男の領分だとする頭の固い男&万一にも「戦え」などと言われたくない女にとっての俺は「余計なことをする女」だ。
誰かが得をすれば誰かが損をする。
他人を下げてでも得したいと思うのはおかしなことではない。野球でもサッカーでもオリンピックでもいいが、応援しているチーム(選手)に勝って欲しいがために相手のミスを願った経験はきっと多くの者にあるはずだ。
「だから、放っておきましょう。……まあ、差出人の見当がつくものは情報をまとめておくし、内容に嘘の交じっているものは対処するけど」
俺がいなくなれば純血派も大人しくなる、と本気で信じている者も中にはいそうだ。
資金や武器の提供がなくなって活動に支障が出たりはするかもしれないが、末端の人間は単に「貴族をぶっ潰したい」とか思っているだけなわけで。完全に活動が止まることはおそらくない。
「……最近、少しずつ荷物を纏めているんです」
ふと、アンナが声のトーンを変えた。
「最低限の服や日用品を鞄に詰めて持ち出せるようにしています。いつ、急にこのお屋敷を出ることになってもいいように」
タイミングを考えれば、どうしてそんなことをしているかは明白だ。
俺は顔を上げ、大切な専属メイドを見つめて尋ねた。
「アンナ。もし、わたしがこの国を出ることになったら、一緒に来てくれる?」
「当たり前じゃないですか!」
感極まったようにぎゅっと抱きしめられる。
「リディアーヌ様のお世話は私が一番上手いんです。見知らぬ土地で一人ぼっちになんて絶対にさせません」
「たぶん、オーレリアも来てくれるけど」
「二人きりには猶更できません」
きっぱり言われた。
まあ、俺の世話は仕事だからやってるだけで、取り繕う必要がなくなったら全部魔法で済ませそうだしな……。俺がツッコミ役という時点で明らかに破綻している。
もちろん、今すぐ国を追われるようなことがあるとは思えない。
嫌がらせに嫌がらせで返すことはあっても国外追放レベルの犯罪なんてやった覚えもない。国王と宰相がこちらの味方なのだから、これで濡れ衣着せられたら洗脳を疑うべきである。
ただ、俺に国を出て欲しいと思う者は利害の対立する者以外にもいるようで。
「対話の機会を与えていただき、感謝いたします。リディアーヌ・シルヴェストル様」
「頭をお上げください。教国の全権代理様となれば国の第二位と言っても過言ではないお立場です。敬意を表さねばならないのはわたしの方でしょう」
一週間ほどのインターバルの後、再び転移してきた教国の使者は城内に用意された応接間にて俺と向かい合うとまず最初に頭を垂れた。
こちらの国の人間による監視付の状態。
噂にでもなれば教国の公式的な態度として扱われかねないというのに、だ。
そして、彼の恭しい態度は顔を上げても変わらなかった。
「いいえ。使徒の血を色濃くお持ちの貴女様は我々にとって尊敬し、尊重すべきお方。この場にいるのが私ではなく教皇であったとしても同じ態度になるでしょう」
「過分なご配慮、心より感謝いたします」
せめてもの礼にこちらも深く頭を下げてから、何気ない風を装って尋ねる。
「あの。例えばのお話ですが、隣国の国王とわたしであれば、あなた方はどちらに敬意を尽くされるのでしょうか?」
かなりクリティカルな質問だったと思うのだが、使者の表情はさして動かなかった。
「かの王は古より続く国を良く治め、時代へ残そうとしているという意味では尊敬に値します。……ですが、血の尊さで申し上げればリディアーヌ様が上でしょう」
「っ」
長年君臨してきた為政者への敬意と信仰から来る敬意は別、ということか。
であれば。
「私は、正しき血はあるべき場所に帰るべきだと考えております。神代から遥かな時が流れ、使徒の血が散逸してきた今だからこそです」
ある種の熱狂を含む真摯な瞳が俺を見据える。
「先日いただいたお手紙はそのようなお考えからのものだったのですね」
「お返事を受け取るのが遅くなってしまい申し訳ございません。政としての判断について本国への共有も必要だったものですから」
おそらく、大きな混乱は起こらなかったのだろう。彼の涼しい顔からも、国内の様子からもそれが窺えた。
しかし、国の中枢=宗教団体と言ってもいいかの国においても政治的判断と宗教的な判断は必ずしも一致しないのか。
俺はさりげなく室内の様子を確認する。城から付けられた使用人や騎士たちはポーカーフェイスのまま待機している。今回、部屋の外への盗聴防止は実施しているが彼らへは会話が筒抜け。一番動揺しているのが俺の傍に立つアンナという若干不思議な状況になっている。
「わたしが隣国へ移りたいと願うのならば支援していただける……と、思ってよろしいのでしょうか」
「物的・金銭的支援をお望みであれば答えは否です。ですが、貴女の血の正当性を証明し、教皇からの親書を用意する程度であれば喜んでお手伝いさせていただきます」
十分すぎる。というか、むしろ代えのきかない部分で支援を受けられるのだから破格の申し出である。
「お望みとあらば早急に手筈を整えますが」
「申し訳ありません。今のわたしはこの国の貴族でありリオネル殿下の婚約者です。国王陛下に忠義を尽くし、国の利益のために働くのが役割。国同士のやり取りが始まらないうちはなにもお答えすることができません」
「これは大変失礼いたしました。……ですが、ご安心を。我々の立場と見解は易々と変わるものではございませんので」
さすがの教国も他国に強い圧力をかけられるほど向こう見ずでも強大でもない。だから俺の身の振り方を強制はしないが、彼らとしては「血統に従うべきだ」という考えを変えることはない、ということだ。
「……という魔道具を考えたんですが、どう思いますか?」
教国の使者との会談から数日後。
俺はオーレリアとの夜の語らいの時間を利用して新しい魔道具の構想を話した。
基本的な考え方は公爵領の牧場に埋めた自動型・半永久稼働の魔道具と同じ。自然発生する魔力を地中から回収、それを用いて魔法を発動するというものだ。
今回はその発動する魔法を豊穣ではなく防御に使う。
例えば門壁の一部として魔道具を地中に埋めれば、魔力の続く限り門・壁への攻撃を自動防御してくれる魔道具になる。
魔法戦は基本的に先手必勝。先に有効打を入れた方が勝つ。ここで重要なのが防御の手数。つまり、自爆テロが来ようとも最初の一発さえ防げればかなり対処が用意になる。そこで考えたのがこの魔道具である。
「いくつか懸念と疑問があるわね」
俺の説明を黙って聞いていた師は静かに口を開いた。
「まずは魔力の供給量。公爵邸の敷地全体から引き出すとしてもそう大した量ではないでしょう。攻撃に反応する半自動型とするとしても時間経過による魔力の消耗が痛すぎる」
「業腹ではありますが、新型魔石を用いることで消耗は回避できます。攻めるためではなく守るためですし、必要になるような事態が発生しなければ永遠に発覚しないので心情的にはまあ、アリですね」
新型魔石なら時間経過で魔力はほぼ減らないので、充電しておいて攻撃が来た時に防御効果を発揮することができる。
「なら、次に防御範囲。門と壁全体を対象とするとおそらく範囲が広すぎるわ。東西南北で四つくらい魔道具を作れば緩和できるでしょうけど……今度は製作時間と費用の問題が出てくる」
「防御は門に限定してもいいかもしれません。壁はそれ自体が一度きりの防御魔法のようなものですから、壁の破壊に最初の一撃を割いてくれるのであれば目的は十分に果たしています」
我が家には土属性の使い手が複数いるので、その気になれば壁の増設や補修も簡単だ。
ここまでの回答にオーレリアは頷いて、
「じゃあ、一番の問題。既にできている門と一体型の魔道具を地中へ新設するっていったいどうするのかしら?」
「……まあ、それなんですよね」
門を新しく作り直してもいいが、それだと「何か細工をしました」と言っているようなものである。警戒されては防御効果は半減以下。
門の下に魔道具だけ埋めようとしてもあまり変わらない。誰かに見られて情報を広げられたら同じだし、夜に工事なんてしたら近所迷惑である。
「それについては根本的な解決が思いつきません。門、というのは一例なので、屋敷の正面扉に設置するという手はあるかもしれませんが」
「賊が馬鹿正直に正面扉から侵入してくれればいいわね」
「ですよね……」
普通に窓から侵入してくる可能性も普通にある。というか、事前に下調べをしてターゲットの部屋に直行する可能性が高い。
オーレリアが額に指をあてて考え込む。
「防御ではなく警報の魔法具にする……いえ、家人とそれ以外の判定が複雑すぎるわ。発想はいいけれど、なかなか実現は難しいんじゃないかしら」
「そうですね。単純に窓ガラスを強化するとか、そういった方向性のほうが有用かもしれません」
窓ガラスなら魔法で二重三重にするだけでもある程度の対策になる。あとは間にフィルムを挟むんだったか? 詳しくは憶えていないが、割れにくくなれば侵入は難しくなるだろう。
家族の部屋だけに限定しても結構大変そうなのはまあ、なんというか必要経費と割り切るしかないか。
「貴女がいなくなった時の対策?」
漆黒の瞳に見つめられた俺は「それだけではありません」と苦笑した。
「現状でも自爆の魔道具に狙われる可能性はあるでしょう? 守りを少しでも固めておくのは悪いことではないはずです」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
師も多くを尋ねてはこなかった。彼女もアンナと同じく非常用の荷造りをしていることを俺は知っている。というか俺自身、最近は先を意識した魔道具作りで忙しい。
いったい、この先どうなるのやら。
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