リディアーヌと慌ただしい日々
二人だけになった後、リオネルとこんな話をした。
「リディアーヌ。お前は父上が魔道具を使って戦争を始めたら、本当にそれを潰すのか?」
「最後の手段としては考えていますが、実際そうすることになるとは思っていません。止めようと訴えることも、代案を示すこともできますからね」
不安だったのだろう。穏便な手段もあると伝えたところ、リオネルはあからさまにほっとしていた。
「ん? ……ちなみに、代案というのはなんだ?」
「個の力で戦況を変えうると示すこと。要するに魔道具がもたらすはずだった戦果をわたしが持ってくれば文句はないわけでしょう?」
「待て。どこの世界に先陣を切って敵をなぎ倒す王族がいる」
「この世界の歴史に時々いらっしゃったと思いますが……まあ、これも非常手段ですね」
兵器開発の行く末は核だのバイオ兵器だのドローンだのが示している通り、自国の兵を損耗することなく相手の兵──あるいは都市を破壊する戦争だ。そんなものあってはならない、というのは変わらない俺の信念である。
「もし、そんなことになればリオネルさまにもご迷惑をおかけしてしまいますね。……やはり、わたしは婚約者に相応しくないかもしれません」
すると、少年の手がぽん、と俺の頭に乗せられて「気にするな」と明るい声。
「お前が我が儘なのはずっと前から知っている。殺戮を望むのならともかく、人死にを減らしたいという望みくらい俺が一緒に叶えてやる」
「……リオネルさま」
「だから、その、なんだ。婚約者に相応しくないだの婚約を解消するだのと気軽に口にするな。そういうのは他に好きな男ができた時にとっておけ」
なんというか、思ったよりも俺は大事にされているらしい。
ややこしくて冷たい考えに沈みかけていた胸に温かい火が生まれる。俺はくすりと笑って「はい」と答えるとこう答えた。
「リオネルさまに好きな女性ができた時まで、婚約解消の話はとっておきます」
俺の誕生パーティーから数日後、養母セレスティーヌが出産を迎えた。
陣痛が始まったのは平日の午前中。
出産の対応は医師と助産師が協力して行い、メイドたちがその手伝いにあたる。人手は足りているし誤って怪我でもしたら大変だからと俺やアラン、シャルロットは手伝えることもなく、事が終わるのを部屋で待つことしかできない。
「せめて一緒の部屋で待ちませんか?」
シャルロットの提案により、俺たちは食堂に集まって時を過ごすことにした。
どうせ勉強なんて手に付かない。お茶を飲んだりチェスをしたり、食事をとったりしているうちに知らせを聞いた父が仕事を放りだして帰ってきた。
「父上、城の方は大丈夫なのですか?」
「部下に任せてきた。アラン、家族の一大事に駆け付けるのは家長としての役目だ。それができないようならいっそ仕事など投げ捨ててしまえ」
「もう、お父さまったら。任された部下は大変でしょうに」
「でも、お母様はきっと心強いでしょうね」
なお、父はやたらそわそわしながら何度も妻の様子を見に行った挙句、メイドたちから「どうかお部屋でお待ちください」と食堂に戻された。
まあ、セレスティーヌとしても夫の顔を見られて多少気が楽になっただろう。
なおも落ち着かない様子の父に兄妹で声をかけ、話をしたりチェスに交ざってもらったりして時を過ごした。
「その時」はなかなかやってこなかった。
出産には時間がかかる。陣痛の間隔が短くなっていって、みたいな話は知っていたが、待つ方としてもこの長さは精神的になかなか辛い。
もしかしたら当事者の方があっという間かもしれない。ただその分、えんえんと痛みが続くわけで……やっぱり出産なんてしないで済ませられるならその方がいい、と思ってしまう。
『アルベール殿下の「騎士を増やす」政策って、女に余分に産ませる話なのよね……』
人口を増やすには医療の進歩が必須かもしれない。とはいえ前世の日本でさえ出産は一大事だったので、どこまで行ってもお手軽簡単とはいかなさそうだ。
「いっそのこと早く出て来てくれないかしら」
「まあ、こればかりは子供の機嫌にもよりますからねえ」
侍女のマリーによるとなかなか出てきたがらない子、さっさと出てきてくれる子、というのはいるものらしい。さすが経験者。
さて。
結果的に、俺たちの新しい弟は早くもなく遅くもなく、極めてマイペースに生まれてきた。
残念なことに産声は食堂まで届かなかったものの、メイドたちが活気づいたことで「その時」が来たのはわかった。
父が真っ先に立ち上がり、シャルロット、それから俺の順で後に続く。アランは「行くべきか待っているべきか」という顔で視線を彷徨わせていたので「さ、お兄さま」と俺が彼の手を引いた。
で、四人して食堂の入り口でマリーに止められ、
「出産は無事に終わりました。セレスティーヌ様もご無事でございます。皆様、どうぞこちらへ」
知らせに来たメイドの後に続いてようやく養母、それから弟と対面した。
「旦那様」
「良く頑張ったな、セレスティーヌ。無理せずゆっくり身体を休めてくれ」
「はい。……シャルロット。リディアーヌ。アランも、良く来てくれました。どうか弟に挨拶してあげてください」
セレスティーヌはさすがに疲れ切っていた。少女のようだった肌も普段ほどの艶がなく、微笑む表情もどこか弱々しい。
それでも気丈に振る舞おうとする彼女には寝ているように伝え、乳母に抱かれた赤ん坊の前に立つ。
「可愛い! ね、可愛いですよね、お姉様?」
「え、ええ、そうね」
やっぱり俺にはあんまり可愛らしさがわからなかったが、ともあれ俺たちの弟は元気そうだった。
「初めまして。私が貴方のお姉様ですよ」
「だー」
シャルロットが声をかけると言葉にならない声で反応を示す。そういう仕草はどことなく動物的で、確かに可愛いと思える。
「父上。この子の名前は決まっているのですか?」
「ああ。……レオンだ。レオン・シルヴェストル」
「レオン」
噛みしめるように頷くアラン。それから四人で弟に「レオン」と呼びかけ、母と弟が疲れ切ってしまわないうちに退室する。
レオンの世話は主に乳母が担当する。それを手伝うのはメイドの仕事だ。
セレスティーヌは基本的に授乳だけを行うことになる。母乳の出る者を雇っているのでいざとなれば乳母が全て済ませることもできる。
「お母さまもこれで少しは休めそうね」
「そうだな。……夜泣きで起こされることはどうしてもあるそうだが」
おしめを替えたりあやしてやれば済む場合はともかく、お腹が空いているのであればどうしようもないという話。
『ミルクも代用品があればいいのにね。粉ミルクとか。……あれってどうやって作っているのかしら?』
首を傾げてみても知らないものは知らない。少なくとも牛乳を粉末状にしただけではないだろう。それで済むならみんな牛乳をあっためて使う。
その辺がわかれば自分の時にも役立ちそうなのだが、残念なことに特に思い当たることはなかった。
「リディアーヌ様。見てください、これ。凄いですよ」
俺宛てに届けられた『贈り物』を確認したアンナがどこかはしゃぐような声を上げた。
つられて覗んだ俺は「あっ……!」と思わず歓声を上げてしまう。
工具箱のような金具付きのしっかりした箱。中には仕切りがされ、柔らかな布で念入りに保護された上で色とりどりの石が収められている。
宝石である。それも大粒の。
部屋で作業中のオーレリアも呼んで一緒に見てもらう。集中しているところを邪魔された師は若干不機嫌そうだったが、箱の中身を見た瞬間に表情を変えた。漆黒の瞳を爛々と輝かせながらすっと細めて、
「いいじゃない、これ。どうしたの?」
「シャルル殿下とアルベール殿下連名での贈り物です。友好の証に、ということで……」
この間会った際、二人から「欲しい物はないか?」と尋ねられた。なんでもいいというので「大粒の宝石」と答えた結果がこれである。
『宝石か。やはりリディアーヌ嬢も女の子なのだね』
『いえ。もちろん綺麗な宝石は好きですが、今回は魔石の製作に使いたいと思いまして』
『ふっ、ははは! 魔石か! さすが、オーレリアの弟子だけはあるな!』
アルベールからは爆笑、シャルルからは苦笑されたが、二人は律儀にお願いを聞いてくれたらしい。
「我が家と言えどもこの大きさの石は気軽に買えないもの。お二人にはお礼状を書かなくちゃね」
「そうですね……。カットはされていませんし透明度も均一ではありませんが、それでもかなりの高額になるはずです」
「私でも私費で買うのは躊躇するわ。原価が高すぎて売りづらいもの」
どんな宝石がいいかと聞かれた俺が出した要望は特定の属性と相性が良いことと、サイズが大きいこと。サイズは籠められる魔力量に影響するので重要である。
欲を言えば高純度かつ均質な品だと魔力効率が良くなるのだが、そんな宝石は観賞用としても高い。その点、今回贈られた石は加工賃がかかっておらず、質が一定でない分だけ値段は抑え目のはずだ。その代わりに全部で八つも用意してくれている。
「ねえ、リディアーヌ。これ、私にくれないかしら?」
「トパーズ以外なら構いませんけど……なにを作るおつもりですか?」
「特にないわ。作りたい物が思いついた時のために持っておきたいだけ」
「それでしたらご自分で買ってください」
毎週、城へ魔道具を納品しているオーレリアはぶっちゃけ物凄く儲けている。公爵邸と侯爵邸に部屋があって生活費はほぼかかっていない以上、宝石の一つや二つ気軽に買えるはずである。
「リディアーヌ様。トパーズでお作りになるのは『石畳を作る魔道具』ですか?」
「そのつもりだったのだけれど、どうせ公爵領へ送るのなら優先すべき魔道具ができてしまったのよ」
俺の手元には完成品のファスナーがある。職人が必死に作り上げた見本を基に父が魔法で作った品──をさらに俺が見ながら自分で作ったものだ。
作ってみて実感したが、魔法で生成するのもなかなかに骨である。特に毎回精密なイメージを形作るのが辛い。「一日一個寝る前に作れ」と言われたら夜が嫌いになりそうなレベルだ。
というわけで、せっかくの大きなトパーズは魔力さえ注げば自動でファスナーを作ってくれる機械──もとい、魔道具の素材にした。
残りの石についてはひとまず保留である。
贈られてきた石の中にひとつだけ属性相性のフラットな石があったので、これは俺の魔力に最適化して便利遣いするのがいいかもしれない。今使っている装飾剣にひとまず不満はないので、国王におねだりした剣が出来上がったらそれに合わせてカスタムしようと思う。
「あと、問題はこの石ね……」
八つ中七つの石は特定の魔法属性と相性が良い品だった。
七つの魔法属性には一つだけ他とは一線を画する属性がある。つまり、贈られてきた石の一つも魔石にするなら相当、特別な品になるということだ。
その石、見方によって虹色の輝きを放つウォーターオパールはひとまず厳重保管しておくことにする。他の石は俺の寝室に置いた金庫(重くて持ち運べない。魔道具化しており俺が触れない限り絶対に開かない仕様)に入れておくが、このウォーターオパールだけは金庫の底に備えた隠しスペースに入れた。
そのうち何かに使うことがあるかもしれない。それまで大事に眠っていて欲しいものである。
魔道具作りと並行して、俺は国にとって自分にできることがないかを考え始めた。
極めて利己的な発言をしてしまった罪滅ぼしというわけではないが、国王や父が頑張っているのをただ見ているだけでは申し訳ない気がしたのだ。
特に気になるのは平民から貴族への心証。
全員が全員ではない。ただ、一部の平民が貴族に対して反感を抱いているのは事実。おそらく純血派はそういう人間の心をさりげなく──世間話や酒場での雑談レベルで煽ることで対立ムードを盛り上げているのではないだろうか。
平民側に立って扇動しているからこそ、これは効果的だ。
貴族側からこの動きを止めるのはかなり難しい。いや、止めるだけなら「国政や貴族への不満を言っただけで罪」とかやればいいんだが、それだと明らかに圧政である。
何かもう少し穏便な手段で平民感情を掴めないか。
考えた末、ひとつのアイデアを思い付いた俺はある日の夕食時に父へと相談した。
「お父さま。平民向けの学校を作ることはできないかしら?」
結論を言うと、学校設立のアイデアには難色を示された。
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