快復と事後報告
起きたら丸一日以上経っていて滅茶苦茶驚いた。
翌々日の朝のようで、窓からは朝日が射しこんでいる。倒れた時に日付が変わっていたのであれば翌日と言うべきか。どちらにせよ二十四時間以上は寝ていたということに変わりはない。
「リディアーヌ様、お加減はいかがですか!?」
「倒れられたと聞いて心配しておりました。不調等、僅かでも気になる点があれば仰ってください」
「すぐに食事の用意をさせますので少々お待ちください。何か食べられそうなものはございますか?」
母の部屋のベッドに寝かされていた俺は、目覚めるなりアンナ、エマ、ソフィからの集中攻撃を受けた。どうやら相当心配させてしまったらしい。
「ありがとう。疲労と魔力不足が重なっただけだから身体は大丈夫よ。むしろ、お腹が空いて仕方ないくらい」
答えると、アンナにぐっと顔を近づけられた。
「だけ、じゃありません! 体力も魔力も酷使した状態なんてとても危ないんですよ? お怪我がなかったのは良い事ですが、もっと身体にも気を付けてください!」
「ごめんなさい」
深く謝った上で大盛りの朝食をいただく。普段の二人前くらいを平らげ、食後のお茶を飲んでひと息ついたところで部屋のドアがノックされる。
ソフィによって招き入れられるなり早足で入ってきたのはクロード、アラン、それからシャルロットにクロエだった。
「シャルロット! 無事で良かった、怪我はない? 怖い思いはしなかった? もし上手く治らない傷があるようならわたしも試してみるわ。それでも駄目なら早く帰ってオーレリアに──」
「お姉様! あまり無茶をなさらないでください!」
救出作戦の時は義妹の顔を見られずに倒れてしまった。だから無事を尋ねたのだが、泣きそうな顔のシャルロットは返答の代わりに俺の身体を抱きしめてきた。
安心する温もり。
顔にも肌にも目立った傷は見られない。どうやら大丈夫だったらしいとほっと安堵し、
「お姉様とノエルのお陰です。助けてくださって、本当にありがとうございました」
「大した事じゃないわ。わたしがしたいからしただけ。令嬢としては絶対褒められないような行動だしね」
シャルロットの背中と髪をそっと撫でながら答える。
「お兄さまや皆さまにも心配をかけてごめんなさい。わたしはこの通り、疲れて倒れただけで無事よ」
「ああ、無事で良かった。もしリディに何かあったら父上がここに来るところだった」
「お父さまが!?」
「念話で報告したらそれはもう心配されてね。そのまま旅の支度をしかねない勢いだった」
我が父ながらさすがすぎる。『わたしの行動力はお父さま譲りね、絶対……』。
「すまなかった、リディ。僕とクロードの二人共同時に離れるなんて軽率過ぎた」
「気にしないで。二人がたまたま離れた時に起きたんじゃなくて、奴らは機をずっと窺っていたはずよ。だったら、多少状況が変わっただけで襲撃は発生したでしょう?」
「それでも、いや、だからこそだよ」
「ああ。理由がどうあれ、女子を危険に晒したのならそれは男の責任になるんだ」
父も含め保護者達からはきついお叱りがあったらしい。
もし、俺かシャルロットにもしもの事があった場合は跡継ぎの再考さえありえたという。二人も少しでも汚名返上しようと戦いへの参加を申し出たものの、屋敷で指揮を取ったり後方支援を行うのが仕事だと許してもらえなかったとか。
あらためて貴族の男子の責任が重い。そりゃあもう清らかなご令嬢の一人や二人嫁に貰わないとやってられない。
男女平等を訴えても大した意味はないだろう。
男女に生物としての性能差があるのは当然。男に子が産めない以上、出産を担当する女を守るのは理に適っている。身体能力において女に勝る男が戦いを担当するのもまた当然の成り行きである。社会の認識を変えていくには長い時間と大きな労力がいる。
「ごめんなさい、お兄さま、クロード。わたし、出すぎた真似をしたわ」
「いや、むしろお礼を言わせてくれ、リディアーヌ」
アランとクロードの手が俺の頭にぽん、と載せられる。
「シャルロットを守ってくれてありがとう」
「無事に戻ってきてくれてありがとう」
じわりとした温かい感動と共に、自分は役に立てたのだという実感を覚えた。
泣きそうになった俺は、アランたちが「謝るよりお祖父様達に元気な顔を見せてくれ」という頼みに笑顔で頷いた。
あの夜、数十名からなる敵の一団に挟撃された俺とノエル。
結論から言えば、戦いは十分もかからずに終わった。
俺がとっておきである光属性の攻撃魔法を使って一気に無力化を図ったからだ。
「リディアーヌ様。あの魔法は一体、どういった原理なのですか?」
公爵邸にいる一族全員が集まっての昼食時。
早めに食堂へ赴いた俺はみんなから声をかけられたり、祖父やジェラールに無茶な行動を謝ったりした後、食事の時間と食後のお茶の時間までかけて報告を余儀なくされた。
ノエルからも一通りの報告はされていたようだが俺からの報告も欲しいということである程度細かく順を追って説明し、それが終わったところでまず、一緒にいたノエルから質問を受けた。
あの時は時間が押していたし、シャルロットの乗った馬車へ追いついて敵を無力化したところで俺が倒れてしまったので詳しい説明をする暇はなかったのである。
(なお、気絶した俺や救出されたばかりのシャルロット、足を痛めたギー、さすがにいっぱいいっぱいだったノエルは追いついてきた公爵邸側の部隊によってまとめて保護され、無事に公爵邸まで帰り着いたとのことである)
「説明してしまえば大した魔法じゃないわ。熱量を持った光を束ねて直線的に照射しただけ」
「待ってください。簡単に言われても原理がわかりませんし、全く簡単には聞こえません」
「簡単よ。ルーペで太陽の光を集めると紙が燃えるでしょ? あれと同じ事」
前世知識で言うとレーザーである。
貴族家なのでみんなレンズの類は見たことがあるようで「ああ」という顔になった。
「でも、お姉様? 燃えるのなら火の魔法なのでは?」
「光の原理なんだから光の魔法じゃないかしら。……正直、わたしは火も光も属性を持っているから区別がつかないのだけれど」
太陽の光が温かいというのはみんな知っていても、その光が攻撃に転用できるほどの熱量を持つというのはあまり実感が湧かないらしい。
魔法によって「明るいだけで熱くない光」を作り出せる弊害かもしれない。俺としてはしばらく点灯しっぱなしにした電球とか熱いのが当然なので「光は熱を帯びている」と感覚的にわかるのだが。
「太陽って『光と炎の塊』みたいなものだと思うの。ということは太陽の光も火と光の複合なのかもしれないけれど、重要なのは光が熱いっていうことと、光は風よりもずっと速いってこと」
「光が、速い?」
「そう。暗いところで明かりを灯すと瞬く間に遠くからでもわかるでしょう? つまりそれは、光の攻撃魔法なら瞬く間に敵を焼けるということ」
「っ!?」
一同にどよめきが走った。
一瞬にして敵を焼けるのなら剣で斬るよりもずっと速い。理屈としては理解できても「そんなの反則だろ」となるのはある意味当然のことだ。
ここでノエルが頷いて、実際に見たことを証言してくれる。
「確かにリディアーヌ様は瞬く間に何人もの敵を焼き──というか、私でも『焼いた』と理解できない方法で倒し、敵に混ざっていた魔法使いまでも無力化なさいました」
「炎を防がれるんじゃ、ああでもしないと多勢に無勢だったもの」
ちなみに魔法使いは一応生きていたらしい。適当に全員動かなくなったところでノエルともどもシャルロット救出に向かったのでケアしている暇がなかったが、応援の兵達がきっちり拘束して回収してくれたそうである。
敵は今のところ屋敷内で拘束中。
魔法使いに関しては特に厳しく、目隠しと耳栓と猿轡、手枷足枷をつけた上で腕と胴体をまとめてぐるぐる巻きにし、足は重り付きの椅子に括りつけた上、窓の無い部屋で常時二人以上の監視を付けている。
「……恐ろしい話だ。リディアーヌ、まさかそれはオーレリア・ルフォールの奥義か?」
「いいえ。わたしの独自魔法よ。オーレリアも似たような魔法を使えるかもしれないけど」
祖父が「もはや理解不能」とばかりに首を振ってため息を吐いた。
「捕らえられる限りは捕らえたはずだが、魔法の原理が目撃者から漏れない事を祈るばかりだ」
その発言は同時に「本件は他言無用」という意味を含んでいたが、俺は「大丈夫じゃないかしら」とある程度楽観する。
「現場を見たところで、光った次の瞬間には敵が倒れているもの。理屈と合わせて考えたところで効率よく再現するのは困難でしょう」
見た目に「光って終わり」だからと言って詳細なイメージが不要にはならない。イメージが簡素になればなるほど魔力効率は悪くなり制御も難しくなる。
前世でレーザーやビームなんて腐るほど見てきた俺でさえ魔力消費高めかつ制御の難しい魔法なので、そう簡単に広まることはないと思う。
最強の魔法とは使わない魔法。
魔法法則上、この定義はおそらく絶対だがその上で「使っていい魔法の中で最も最強に近い」のは「見せても真似されない魔法」だろう。
食事を終え、お茶まで飲み終えたシャルロットがほう、と息を吐いて、
「光の魔法なら、私も護身用に覚えたいです」
いや、護身用というか威力的には殺傷用なのだが、
「シャルロットには光魔法の才能があるから、ゆくゆくは使えるようになるかもね」
あの光による救助要請を思い出しながら、俺は義妹に答えた。
ただしもちろん、釘を刺しておくのも忘れない。
「でも、魔法の練習は一人でしちゃ駄目よ。あの時は緊急時だから仕方ないけど、引き続きわたしの指導に従ってね」
誘拐騒動の際に馬を貸してくれた荷運びの男性には公爵邸から十分な謝礼が贈られたそうだ。
現場になった雑貨店の方にもどん! と見舞金が贈られている。工芸品なんかは戦闘の際に壊れてしまったものも多く、それと店の修繕費を合わせた金額である。
とはいえそれだけだと再オープンまで大変かもしれない。そこで、俺は店に残った無事な商品をまとめて私費で買い取った。
もちろん値段は割り増しで。
「そ、それは助かりますが……本当によろしいのですか?」
「ええ。お土産は多くても困らないもの」
知人・友人へのメインの土産は宝石or羊の角による自作加工品と決めたものの、貴族のお土産や贈り物というのは前世における旅行のお土産とはレベルが違う。公爵家ともなれば親交の深い家にはあれやこれやどっさりと物を贈ってもいいくらいだ。
まあ、雑貨店の商品が貴族家への贈り物としてどこまで使えるかは難しいところではあるものの、安い商品ならそれはそれで屋敷のメイドや警備兵など使用人達へのお土産にしてもいい。特について来てくれた兵士達には奥さんや娘さんに渡す土産が必要だろう。
足りない分の土産は周辺の他の店から買って迷惑料代わりにさせてもらう。
「ノエルも本当にありがとう。何かあらためてお礼をさせてもらうから」
少女騎士にそう告げると、彼女はふっと笑って首を振った。
「いえ、そんな。護衛対象に戦わせるなど騎士失格でしたし、正直、私も楽しかったので」
「もう、ノエルったら。……でも、わたしの罪滅ぼしも兼ねてちゃんと贈らせて」
するとノエルは少し考えた後で自らの首を指さした。そこには卒業パーティーの時から貸しっぱなしのチョーカーがある。
「でしたら、これを正式にいただけませんか? 今回もお守りとして非常に助かったので」
「駄目よ。だって、それは間に合わせのお守りだもの。もっとちゃんとした物を作って学園の入学祝いにするから」
「なら、それで十分なのですが」
「それも駄目。……そうね、じゃあ予備の剣でも造らせましょうか。魔石入りで何か魔法が発動するものを」
これにノエルは苦笑した。
「リディアーヌ様。それは絶対に予備の剣ではありません。宝物として保管するか、重要な任務でのみ用いるとっておきです」
でも、物凄く嬉しそうだったので、彼女へのお礼はそれに決定する。
あと、一緒に頑張ってくれたギーにはたっぷりのエサと、それから新しい蹄鉄をプレゼントすることにした。
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