救出
「間違いない。シャルロットの魔法だわ」
空へと斜めに伸びる光の束。
眩い輝きは母の部屋のバルコニーにいる俺の目にもはっきりと届いた。
「敵の陽動という可能性もありますが」
「まさか。あんな綺麗な光、悪党どもに作れるわけないじゃない」
斥候部隊の帰還はまだだが、これはもう確定だろう。
「色々と手間が省けたわ。さすがはシャルロットね」
「リディアーヌ様。お疲れではありませんか?」
「大丈夫。少し仮眠を取ったし食事もしたもの」
着替えは済んでいる。
昼間のようなドレスではなく剣術の稽古着。これなら思いっきり暴れても下着が見える心配はない。
時間短縮のため、ノエルに抱いてもらって地面まで飛び降りた。着地するのと同時、玄関前に繋がれていたギーが「乗れ」とばかりにいななく。
さっと相乗りしたところで、
「行け、ギー!」
走り出すノエルの愛馬。さすがと言うべきか、昼間乗った馬より断然早い。
「行ってきます!」
「リディアーヌ様、どうかお気をつけて!」
「ええ、あなたたちも屋敷をお願い!」
周囲を警戒していた兵や出撃のために待機中の兵に敬礼で見送られ、丘を駆け下りる。
夜と言っても真っ暗闇ではない。シャルロットの救援要請はもう消えてしまったものの月明かりはあるし、街の表通りには公爵邸の使用人が準備してくれた魔法の明かりがあちこちに灯っている。人気のない通りを駆けるのに支障はない。
蹄の音が近所迷惑なのは一大事ということで許してもらおう。
位置がバレたのは向こうも承知のはず。早く到着しないと逃げられてしまう。できるだけ止まらずに駆け抜けたい。
「っ!」
突如飛来してきた矢がギーに命中しかけ、自動生成された防御障壁に阻まれる。念のため鞍に物理防御の魔道具をくくりつけておいて正解だった。
方向がわかれば発見するのは難しくない。次の矢を装填しようとしている狙撃手に雷を撃って確実に意識を奪う。
魔道具に魔力を補充しつつ、二人目、三人目と現れる狙撃手も撃ち落とした。
次第に門が近づいてきて、
「開門!」
普段、夜間は開かれることのない門が音を立てて開いていく。
空いた門の向こうには夜闇に紛れるようにして四、五人の武装した不審者。
「私が!」
ノエルが言って、片手を彼らへと向ける。手のひらから放たれた大ぶりの火球が中央に着弾、炎の華を咲かせると共に轟音を響かせる。
爆風が街の中にまで入ってきそうだったので俺が風を生み出して押し返した。
焦げ焦げになった悪党どもは地面に倒れてぴくぴくしていたり、必死に武器を持ち上げようとしていたり、とても戦える状態ではなさそうだったのでそのまま勢いよく駆け抜ける。はずみで一人をギーが踏んづけたが、変なところに倒れているのが悪い。
「ノエル、方向はわかる?」
「もちろんです!」
門の外はさすがに暗い。持ってきた照明の魔道具を起動して左手で掲げる。足は止めずに可能な限りのスピードを維持。
「覚悟しろ、リディアーヌ・シルヴェストル!」
数分ほど走ったところで前方に馬車。幌付きの荷台からは弓を構えた男が三人顔を出している。
さらに御者台に座った男が馬に鞭を入れ、右手の腕輪を構えてくるが──放たれた矢と火球は俺の風魔法で全て散り、追ってノエルが放った火球によって馬車はあっさり炎上する。
慌てて馬車から飛び降りて武器を構える敵たち。『って言っても、馬鹿正直に相手する必要あるかしら?』。
全部で六人。うち二人にはノエルが風を乗せた短剣を投げてさっさと黙らせる。進行方向にいた一人はそのままギーに撥ねてもらい、残った三人には雷をぶつけた。
「雑魚ですね」
「さすがにその言い方はひどくないかしら……?」
敵は決して弱くない。魔法がなければとても対処しきれないし、魔法が使える者──例えば騎士だって矢を一発でも受ければ大きな痛手だ。毒でも塗られていた日にはすぐに治療しないと命に関わる。もしも平民の私兵中心で攻めていたら妨害の度に数を減らしていたはずだ。
一気呵成に片付けられているのは荒事に慣れているノエルと魔力量の多い俺が息を合わせているお陰。
「まあ、この程度で私を殺すつもりだったのなら笑っちゃうけどね」
光の放たれたポイントに近づくにつれて妨害は強くなった。
立ちはだかる人数が増え、木立ちの隙間からも狙撃が来る。本当にどこからこれだけの人数を集めたのか。前回、卒業パーティーを襲ったのは学園に忍び込ませられる人数、あるいは王都に動員できる人数に過ぎず、純血派の主力はいまだ残っていると見るべきか。
『もう! 例の女暗殺者はまだ姿さえ見せていないっていうのに……!』
走っている馬に横合いからの矢なんてそうそう当たらない。当たっても魔道具で防げるのでこの際無視する。直接足止めしてくる敵には火球+烈風のコンボでさっさと殲滅。
ようやくたどり着いた目的地周辺は、
「牧場ですね」
昼間は羊がのんびり過ごしているであろう、柵に覆われた広いスペース。奥には羊小屋や管理人たちの住居などがある。シャルロットが捕らわれているとすれば建物のどれかだろう。この際、ギーには柵を飛び越えてもらい、そのまま近寄ろうとして、
「なっ──!?」
「ギー!?」
着地したギーが再び走り出そうとしたところで、その身体がぐらりと揺れた。前足で踏みしめた地面が陥没。落とし穴だ。
横転するギー。慌てて飛び降り、なんとか助け起こす。骨折してはいないようだが足を痛めている。辛そうな顔をしており、これ以上無理はさせられない。「すまん」と言うように鳴く彼を優しく撫でてやる。
「十分よ。ご苦労様」
「貴方はここで待っていて。後は私とリディアーヌ様で」
ここまでするか。
向こうは殺す気なのだからこのくらいは当然だが、動物を痛めつけられるとどうしても怒りを覚えてしまう。それが交流のあった個体なら猶更。その上、シャルロットが痛い思いをしていたらと思うと……。
唇をぎゅっと結んで装飾剣を引き抜く。
移動しながらだと使えなかったが、これがあれば魔力効率はぐっと良くなる。
「リディアーヌ様、魔力は」
「さすがに辛くなってきたけど、残ってる奴らを片付けるくらいなんとかなるわ」
柵の内側に落とし穴があると見るべきだ。俺たちは柵の外に戻って迂回する。
ノエルが持続する照明魔法を用い、頭上二メートルくらいのところへ浮かべる。周囲が明るく照らし出され、建物の方からこちらへ向かってくる二十人規模の集団を見た。
お決まりの火球をノエルが投げると、向こうから風が飛んできて威力を相殺される。さすがに対策されるか。いや、というか。
「貴族がいるの……!?」
「もぐりの魔法使いかもしれません。存在の噂だけは聞いたことがあります」
貴族社会から排斥を受けた者が市井でひっそりと生き延び、裏の用心棒になる。
魔力を持って生まれてきた平民の子を隠して育てて平民寄りの魔法使いとして用いる。都市伝説レベルだがそういう噂は囁かれているらしい。
あくまでも噂だと思いたいところだったが、可能性としては十分にありえる。もちろん下級貴族が協力しているだけかもしれないわけだが、
「わたしはリディアーヌ・シルヴェストル! 妹のシャルロットを探しに来たの! 居場所を知っているなら教えなさい。知らないなら邪魔をしないで。邪魔をするなら悪いけれど容赦はしないわ!」
敢えて名乗る。これで名乗り返して来なければ「貴族なんていなかった」ものとして処理する。
そして、貴族としての名乗りはなかった。
「公爵令嬢! お前の妹はこっちで預かってる! 殺されたくなければ大人しくその首を差しだしてもらおうか!」
「死ぬのが嫌なら身体で払ってくれてもいいぜ! こっちとしてはその方が楽しめるしな!」
「止せよ。ガキができたら『穢れた血』との混血だぜ? 貴族増やしてどうするんだ」
「そうそう。要は汚せばいいんだから木の棒なりナイフなり突っ込んどきゃいいんだよ」
「……下衆が」
ノエルが瞳に炎を浮かべて吐き捨てる。俺としては不快にこそ思えど燃え上がるほどの怒りはない。ただ、これでより一層、遠慮する理由はなくなった。
「妹はここにいるのかしら?」
「ああ。だから大人しく──」
集団の中から一人が答えようとした時、少し遠く、国境方向に一キロほど進んだところからあの光がまた上がった。
思わず笑ってしまう俺。逆に敵たちは舌打ちし、あからさまに動揺を表す。
「本隊がわたしを足止め。最悪目的を達成できなくても、牧場を調べている間にシャルロットを別の場所へ移送して立て直しを狙う、か」
「くそっ! 嗅がせた薬の量が少なかったか! ……仕方ない、かかれ!」
号令と共に一斉に動き出す敵たち。さらに背後の茂みからがさりと音がして増援。
さすがに、この数を二人で相手するのはなかなかきつい。
「……リディアーヌ様。後ろの敵をお願いできますか?」
「いいえ。ノエルが後ろをお願い。前の敵はわたしがやるわ」
「え……?」
ここまで来れば出し惜しみは必要ない。
警戒していたあの女はいないようだし、ここは一気に片付ける時だ。
返事を待たずに一歩踏み出し、装飾剣を横に構えながら大きく宣言する。
「これでもくらいなさい、悪党ども!」
生み出された複数の閃光が夜闇を切り裂き、悪を焼き払った。
◆ ◆ ◆
「大人しくしてろって言っただろうが、このガキ!」
「っ!!」
馬車の中。目覚めたシャルロットは、家の馬車とは段違いの揺れに顔を顰めるより先にもう一度、己の居場所を伝えようと魔力を振り絞った。
眠らされる直前、男達は姉が来たと言っていた。ならきっと近くにいるはずだ。自分で逃げ出せない無力さを嘆きながらも必死に光を生み出して夜闇を照らす。
もちろん、監視していた男がすぐに気づいて蹴りつけてきたものの、初めて感じる暴力の痛みも縛られたままの不自由も死の恐怖に比べればなんでもなかった。滲む涙をできる限り堪えながらただ祈る。
そんな態度が気に食わなかったのか、シャルロットの身体が持ち上げられる。
ぎしぎしと食い込む縄が痛い。
「残念だな。お前の姉は今頃死んでるよ。……そしてお前はもう一度、お前の家に脅迫するための材料になるんだ」
そんなわけがない。
胸に広がる不安を振り払おうとするシャルロットだったが、気絶している間にどの程度移動したのか見当もつかない。本当に助けは来るのか、用済みになった自分はどうされてしまうのか。不安は不安を呼び、ついにはぽろぽろと涙が溢れ出した。
涙は目隠しを濡らして不快感を余計に高める。監視の男は泣いたシャルロットを見て溜飲が下がったのか手を離してくれた。
成す術もなく馬車の床に転がったシャルロットはただ、泣きながら時を過ごした。
(お姉様──!)
そしてある時、何かがきらりと光った。
「がっ!?」
「おい、どうした──ぐあぁっ!?」
誰かの悲鳴。声を上げた監視の男もまた続けて悲鳴を上げ、どさりと倒れ込む。最初の悲鳴は御者のものだったのか、何かが馬車から落ちる音と共に馬車の軌道が乱れ始めた。
何があったのか。
疑問は、誰かが馬車に飛び乗って来る音と、ふわりとシャルロットを抱え上げる腕の感触に上書きされた。
一瞬の浮遊感。
シャルロットを抱えた誰かは地面へ着地すると、手、足、口、顔の順に拘束を解いてくれる。
「お姉様……?」
「ご希望に沿えず申し訳ありません、シャルロット様」
「ノエル」
助けてくれたのは姉ではなく、姉の護衛騎士であるノエルだった。
無理をしたのか、顔には疲労の色が濃い。それでもにこりと笑いかけてくれる彼女に、シャルロットはとにかく尋ねた。
「ノエル、お姉様は!? お姉様は、無事なのですか!?」
「ご安心ください、シャルロット様。リディアーヌ様もご無事です」
そこまで答えてから、ノエルは「ただ」と表情を曇らせた。
怪我をしているのか。
不安を覚えたシャルロットは、少女騎士に抱きかかえられたまま少しの距離を移動した。暗くてわかりづらいが、そこには一人、小さな人間が倒れている。
自由になった手で胸のペンダントを引き出し、明かりを生み出す。すると、地面に広がる赤いものが見えた。悲鳴を上げかけてから、それが血ではなくリディアーヌの髪であることに気づいた。
耳を澄ませると、聞こえてくるのはすーすーという寝息。
「限界まで魔法を使われたようで、先程の光の攻撃魔法で悪党共を倒した直後に気絶なさいました。公爵邸からの応援を待って運んでいただくしかないかと」
「そう、ですか。……良かった、お姉様」
地面に下ろされたシャルロットは地面の上で眠る姉に駆け寄り、その手を握った。
「ありがとうございます、お姉様。このご恩は一生忘れません」
そして、今度は自分が姉を助けられるようになろう。
眠る姉の顔を見下ろしながら、シャルロットは月明かりの下で誓った。
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