妹の奮闘

 未使用の魔石には余りがあったので、魔道具の試作品はあっさりと完成。

 一定範囲内にある牧草に栄養を供給する効果を籠めた。ただ、普通の魔道具だとこまめに起動しないといけないので、そこを自動型魔道具の応用で対処している。

 魔力は大気や大地、貴族以外の生物(平民や動物)も微量ながら保有している。自分の体内以外にある魔力は通常利用できないが、魔道具を大地に直接埋めることで自然から魔力共有できないかと考えたのだ。これが成功すれば特に何もしなくても牧草の生育が良くなるはず。

 アランに父と連絡を取ってもらい、実験許可を入手。

 クロードと相談の上、街の近くの牧場主に相談、牧場の一角に埋めて試してみることになった。他の用途がない魔道具だから盗まれる心配もないだろう。


「供給できる魔力も少ないし、すぐに成果の出る魔法じゃないから気長に待つしかないわね」

「悪影響が出るようなら撤去を命じるよ」

「お願いね、クロード」


 俺たちの滞在中に成果が出るかはわからない。

 いずれにせよ、もしも目に見えて効果が上がるようなら追加を頼むかもしれない、とクロードは言ってくれた。


「ああでも、リディアーヌ製の魔道具じゃ費用がかかりすぎるかな」

「暇を見て作れる程度の量ならタダで送るわ。羊たちが喜んでくれたらわたしも嬉しいもの」

「それは助かるよ。持つべきものは優しい親戚だね」


 他家の貴族相手なら絶対やらない、自分の家の利益になるからこその安請け合いだ。クロードももしそうなったら何かちょっとしたお礼をくれると約束してくれる。お礼を言った上で「微妙な気分になるから羊肉以外でお願い」と言っておいた。


「それにしても魔道具で業務の補助か。俺にはなかった発想だな」

「クロードも作ってみたらどう? なにか面白いものができるかもしれないわ」

「魔道具製作は経験が物を言うからな。なかなか難しいよ。なあアラン?」

「ああ。魔力消費が激しいのも辛い」


 十分な魔力量を持つはずの公爵家男子二人が顔を見合わせて笑う。俺はシャルロットと視線を交わして首を傾げた。


「寝る前に作業するとしても夜間に襲撃がないとは限らないだろう?」


 万が一を考えたら魔力を多めに残しておくのは当然の備えだと言う。

 一日の分は使い切らないと勿体ない、という考えは守ってくれる人の多い女子だからこその発想だったらしい。そういえば王国トップクラスの魔道具製作者であるオーレリアも女である。

 魔道具製作は女子の内職にちょうどいいのかもしれない。


「土の魔法は便利だから他にも魔力を使いたい」

「戦闘用の訓練も定期的に必要だ」


 土魔法は土木作業に重宝する。荒れた土地をならしたり、逆に穴を掘ったりと重機代わりに使えるので領地外壁の補修以外にも大活躍である。

 公爵家に土属性が多いのは領地の広大さや主産業ともマッチしている。『それに引き換えわたしの火属性は応用の幅が狭いのよね……』。

 火属性は燃やす、熱するといった使い方をするしかない。生活に応用するならぱっと思いつくのが料理だが、自ら料理をする貴族は極めて稀である。下手したら剣術の稽古を始めた時以上に止められるかもしれない。

 光属性も明かりを点けるか消すかがメインだが、ぶっちゃけ「照明になる」というだけでお釣りがくるくらい便利なのでそっちはあまり残念感がない。


「……あれ? もしかして、地面から供給する魔力量によっては夜間照明が作れるんじゃないかしら?」


 魔力を自動で補給し、夜だけ点灯する照明。屋敷の傍に何本か立てておけば防犯効果がありそうだ。

 するとシャルロットがぱっと笑顔になり、アランは逆に苦い顔になった。


「光属性の魔道具なら私でも作れるようになるでしょうか」

「リディ。少しその発想を分けてくれないか」


 ちなみに夜間照明に関しては現在も手動で似たようなこと(メイドが照明の魔道具に魔力供給して発光させる)をしているので、これも費用対効果的なつり合いが取れるかどうか微妙だということだった。






「あの、お姉様? この間のお話なのですが、お姉様はもし殿下との婚約が破談になったらどうなさるおつもりなのですか?」


 こっちに来てから二度目の魔法授業の後。

 シャルロットが何気なく投げかけてきた質問に、俺は「そうね……」と少し考えてから答えた。


「適当に性格が良くて家柄的にも悪くない男を捕まえるか、いっそ平民にでもなろうかしら」

「平民に? お姉様は本当にそれでよろしいのですか……!?」


 驚きに目を丸くするシャルロット。もちろん、何の問題もないわけではない。


「できれば避けたいのは確かよ。だって、身分が平民になったら貴族の命令に逆らえないわけじゃない? 反撃したら処刑される生活とかストレスが溜まって仕方なさそう」


 平民になったからと言って魔法の力がなくなるわけではない。となれば俺の魔力を狙った貴族がちょっかいかけてくるのは必然なわけで、俺が反撃して相手を怒らせるのも規定路線である。

 純血派みたいな連中がここぞとばかりに命を狙ってくるかもしれないし、逆に祭り上げられて幹部にされてしまうかもしれない。

 するとシャルロットは真剣な顔で頷いて、


「お姉様は絶対平民になるなんて考えないでください。お母様にもお伝えしておきます」

「大丈夫よ。最悪の話だからそうそう実現──」

「絶対にしないでください」

「はい」


 しおらしく頷いたらようやく「ありがとうございます」と笑顔になってくれた。シャルロットにはできるだけ笑顔でいて欲しい。


「でも、急にどうしたの? 今の答えで参考になったかしら?」

「はい。……大した事ではありません。ただ、お兄様も将来について考えていらっしゃるようだったので」

「なるほどね」


 人には立場や能力によって選べる選択肢、選べない選択肢がある。

 その中で自分にとって最もいい道を模索するのは当然のことで、いざという時に最良の道を選ぶためにはあらかじめ心の準備をしておくことも重要になる。


「考えておくのはいいことよ。わたしだって先のことはわからないもの」

「お姉様ならご自分で道を切り開いていけそうですけれど……」

「どうかしら。案外、一度崩れたら立ち直れないかも。シャルロットみたいな子の方が土壇場では強いかもね」

「……お姉様は、いつもそうやって私を褒めてくださいますね」


 自分に自信が持てないのだろうか。義妹は胸の前で手をぎゅっと握り合わせ、複雑な表情を浮かべる。


「本心だもの。本当の強さっていうのは喧嘩に勝てることでも財力でも、ましてや権力でもない。間違っていることを間違っていると言えて、その気持ちをどんな時でも持ち続けられること。そういうのが本当の強さなんだと思うの」


 前世の俺にはできなかったことだ。

 俺は自分の出会ってきた女たちが間違っているのを、間違い続けるのを止められなかった。今世でもちょっとしたことから自分自身の道を踏み外し、自ら「嫌な女」になってしまった。

 今の俺は過去の反省から少しでも正しい道を進もうと必死になっているだけだ。


「シャルロットならきっとそれができるわ。あなたは優しくて強い子だから」

「……私は」


 噛みしめるように瞳を閉じ、しばし沈黙したシャルロットは、ゆっくりと目を開けると俺の目を真っすぐに見て言った。


「お姉様。私、クロードお兄様との仲についてはっきりお答えしようと思います。応援してくださいますか?」


 もちろん、答えなんて一つしかなかった。


「もちろん。わたしはシャルロットの味方よ」






 一日三度の食事を十日間も繰り返せばそれは習慣になる。

 公爵邸のシェフも十分に優秀な人材揃いで、食べ物が合わないということも経験せず済んでいる。強いて言えば『加工前』を見た後だと羊料理に妙な気分を覚えて辛いというくらいか。

 大人数での夕食は勉強にもなる。それぞれが何の気なく口にした噂話が後々何かに使えそうだったり、彼ら彼女らの話題運びが参考になりそうだったり。それから短期間に何度も会う相手に対する情報の出し方・制限の仕方の練習もできる。

 相手は相手で俺たちに対して色々と考えているのだろう。情報を引き出そうとするあの手この手の話題は日常的に繰り出されてくるし、簡単には欲しい情報を口にしてもくれないが──同じ顔触れが何日も続くとお互いどうしても油断が出てくる。


「王家の方々には金髪の女性を尊ぶ風習があるのですよね」

「ええ。セレスティーヌも王族からの評価は高かったものです」


 夕食時。

 表面的には和やかに見える会話が続く中、一族の令嬢によるさりげない発言をブリジットが拾った。件の噂自体は間違っていない。王族であるリオネル自身からも話を聞いたことがある。


『金髪は周りに多いし、見慣れているから親しみやすく思えるな。確か、意味合いとしては天馬の目だか毛並みだかになぞらえたとか、そんな話だったか』

『我が国の象徴ですものね。……けれど、それでしたらわたしの髪色は不服ですか?』

『ん? お前の髪に不満はないぞ。綺麗だからな』


 しかし、国王も欲しがったという母アデライドを娶り、美しい金髪のセレスティーヌを後妻にするとか、父の女性関係は各所から恨まれてもおかしくなさそうな充実ぶりである。この辺の怨恨が元で国王から見放されたりしないことを祈る。

 それはともかく。彼女たちが真に言いたいのは「シャルロットには他にも相手がいるだろう」ということだ。この手の「攻撃と思わなければ攻撃にあたらない」言葉は日常的に出てくる。


「シャルロット様もお母様に似て綺麗な金髪をお持ちですよね」


 二人のキャッチボールにクロエが乗って、さらに当のシャルロットへと水を向けたことで攻撃力がさらに増す。

 答え方によっては「あの時こう言っていたじゃない」と後々の攻撃材料にもなる。本当、そんなことばっかりしていて楽しいかと言いたい。

 いい加減イラっとしてきた俺はここぞとばかりに口を挟む。


「ブリジットさまはセレスティーヌさまと仲がよろしいのですね」

「リディアーヌ様? どうしてそのような事を?」


 ぴくりと反応しつつも冷静に返してくるブリジットに、俺もまた笑顔で、


「わたしやお兄さまはお屋敷にいらっしゃる前のセレスティーヌさまを知りませんが、ブリジットさまはまるで友人について語るような口ぶりでしたので。的外れでしたら大変申し訳ありません」

(訳:今のセレスティーヌさまは公爵夫人なのですが理解していらっしゃいますか? 上位者に対して失礼なのでは? もちろん、親しい仲であれば別ですけれど)


 敬称の省略を不快に思っていることは伝わったらしい。さすがに少し慌てた様子を見せながら、それでも笑顔を浮かべるブリジット。


「セレスティーヌとは一時期、義理とはいえ姉妹だったのですもの。もちろん仲良くさせていただいていたのですよ」

「あら、そうだったのですね」

「ええ。……ねえ、シャルロット? 貴女はお母様から聞いていないかしら?」


 そこまで積極的に会話へ加わらないか、当たり障りのない回答に終始していたシャルロットは、メインディッシュである羊肉ときのこのソテーを切り分ける手を止め、こてんと可愛らしく首を傾げた。


「私は特に何も……。お母様からは『初対面なのだから外部の方と同様に』と言われてただけです」

(訳:上位者となったお母様が下手に出ているのに、ブリジット様は随分とご自分に自信がおありなのですね)

「……っ」


 難しいことのわからない、体のいいサンドバッグだと思っていた少女からの反撃に領主補佐夫人は一瞬とはいえ確かに絶句した。

 次いで目を吊り上げ、感情的に言い返そうと口を開き──ギリギリのところで踏みとどまって視線を下げる。アランや祖父が威嚇、あるいは値踏みするような視線を送っていることに気づいたからかもしれない。

 クロエや他の令嬢複数人から刺すような視線が飛んでくるも、そちらには俺が笑顔を返してやる。うちの妹に用があるなら聞いてやる、という意思が伝わったのか、彼女たちもあっさりと攻撃的な表情を引っ込めた。


「私の髪は王族の方々に好まれるのですね。実は、私もお姉様のように王族に選ばれるような立派な女性になりたいと常々思っているのです」


 ここぞとばかりに表明された「クロードには興味ない」宣言。

 またしても勝手に振られた青年は苦笑を浮かべたものの、きっちりと自分で対処してみせた幼い少女に対して「よく頑張ったね」とウインクをしてくれた。

 この後、シャルロットを恋のライバルとみなした女たちからの攻撃は大きく数を減らし、食事の時間は俺たちにとってぐっと平和なものになった。

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