魔法教師と里帰りの相談
「実のところ、シャルロットの教師探しは難航しています」
シャルロットは約一か月前──卒業記念パーティー襲撃の夜に魔法へ目覚めた。妹の才能開花を喜ぶと共に、寝ている時に身体が光るという平和的な発現方法に心底ほっとしたものである。
さて。
魔法が使えるようになったからには教師が必要になる。当然、セレスティーヌも伝手をあたっているものの、結果は芳しくないらしい。
「魔法の教師は常に不足しているものなのです」
子供の魔法は暴走しやすいため、これを抑えられるのが最低条件になる。子供と同じ属性だとか、最低限の治癒魔法が使えるとかはサポートの助けになる。
ただ、条件の良い教師は引く手あまただ。
頼もうと思っていた相手が他の生徒で手いっぱいということも多いし、派閥の関係で頼みづらい相手というのもいる。
我が家には第三王子の関係者筆頭がいるので第一王子派や第二王子派は呼びづらいだろう。『って、またわたしのせいなわけ!?』。
「一年間等の期限付きであれば比較的融通が利くのですけれど、シャルロットには長期指導の可能な教師を付けたいですからね」
言って、娘へ愛おしげな視線を注ぐセレスティーヌ。
相変わらずシャルロットにだけは妙に甘い。俺やアランが叩かれて伸びるタイプだから、というだけではない。やっぱり実の娘というのは可愛いのだろう。
金髪に緑の瞳、母とよく似た容姿の義妹は微笑によって母に応え、それから意を決したように口を開いた。
「あの、お母様。オーレリア様にはお願いできないでしょうか?」
「それは……」
養母の視線が俺に向く。
任せるということらしい。こくりと頷いてシャルロットを見る。なお、当のオーレリアは魔道具製作のために部屋に籠もっている。ある程度こちらの裁量で返答が可能だ。
「今のオーレリアなら命じられれば断れないとは思うけど、やめておいた方がいいわ。王家からの依頼で忙しくしている身だもの」
メイド修行の時間を充てれば不可能ではない。
ただ、下手をすれば「魔法教師のせいで魔道具の注文を滞らせている」などと噂になるかもしれない。そうなると教えを受けているシャルロットにまで悪評が及びかねない。
ちなみに俺の指導に関しては以前からの継続案件なので例外である。
これにはアランも深く頷いた。
「魔法に関してはかなり気難しい人物なのだろう? シャルロットにも必要以上にきつくあたるかもしれない」
「ああ、私もアランに賛成だ。そもそもリディの教師につけるのも反対だったのだからな」
「お父さま、まだその話をなさるのですか」
「仕方ないだろう。奴は腕はともかく人格に問題がある」
うん、それは俺もそう思う。
「いっそのことお養母さまが教える──と、いうのも難しいのでしょうね」
「はい、お姉様。今のお母様に無理はして欲しくありません」
こくりと頷くシャルロット。妊娠がなかったとしてもセレスティーヌはかなり忙しい。お茶会やパーティー、夜会に出向いたり各所へ手紙を出したり、人を使って情報収集にあたったりと見た目以上にせわしなく動いている。その上、魔法の教師まで行うのはオーバーワークだ。
セレスティーヌもこれに眉を寄せて、
「属性も同じですから教える事自体は可能ですが、教育については素人です。初歩だけならまだしも継続的に教えるには向かないでしょう。それに、シャルロットとは似ているからこそ私の魔法観を押し付けることになりかねません」
「魔法には自由な発想も必要だものね」
「リディが言うと説得力があるね」
できないと決めてかからずとりあえずやってみろ、そうすれば何か方法が見つかる……というのはオーレリアから教わったポイントだ。
安全のためには基礎と常識が重要だが、魔法の使い手として大成させたければ幼少期の発想力は潰さないほうがいい。
ここで父が話をまとめて、
「今後数年にわたって対応可能で、住み込みが可能であること。派閥の問題がないこと。シャルロットと属性が被っており、治癒や防御の魔法を使えること。シャルロットにきつく当たらず、なおかつ同性であること。条件としてはこんなところか」
「父上。同性は絶対条件ではないと思いますが……」
「お兄さま。お父さまとしてはシャルロットが心配なのよ」
「当然だ。お前達はみんな私の大事な娘だからな」
特に照れるでもなく頷く父。彼のこういうところは本当に格好いいと思う。妻に頭の上がらないヘタレだし、少々過保護すぎるのが玉に瑕だが。
「でも、確かにこれは簡単には見つからなさそうだわ」
「……条件に該当する、という意味であれば私は今、一人思い当たりました」
「え? お母様、どなたですか?」
きょとん、とするシャルロット。彼女は母の視線を追うようにしてこちらへ向き、俺と目を合わせた。
「お姉様、ですか?」
「お養母さま? 確かに条件としては合いますが、住み込みが可能なのも派閥の心配がないのも当たり前ではありませんか」
家族なのだから同じ家に住んでいるのは当たり前だし、懸念されていた派閥問題も俺自身なら大丈夫に決まっている。
「あれ? お姉様は火属性なのでは……?」
「わたしは火と光の二重属性なの。全属性のオーレリアに比べたら大したことはないし、属性なんてそもそも大きな問題じゃないと思うけど」
自分の力を自慢するのが普通に恥ずかしい俺は笑って誤魔化しながら肩を竦めて、
「というか、一歳しか違わないわたしに教えられるなんてシャルロットが嫌でしょう?」
「それは……どうですか、シャルロット?」
俺とセレスティーヌから見つめられたシャルロットはしばらく考え込んだ後、言いづらそうにしながらこう答えた。
「わ、私はお姉様に教えて欲しいです。そうすればお姉様の魔法に少しでも近づけるかもしれません」
「リディアーヌのやり方は真似しないで欲しいのですけれど」
「お養母さまはわたしを教師に据えたいのか据えたくないのかどちらですか。……でもまあ、そうですね」
俺は自分のスケジュールを振り返ってみる。
最近、座学に関しては前もって教本を暗記し、授業時間は教師への質問等に充てている。その方が時短になると気付いたからだ。お陰で前以上にどんどん進む。
数学なんて既に教わることがないレベル。日常生活では四則演算ができれば十分だし、連立方程式とかになると「学者でも目指すおつもりですか?」という世界。
礼儀作法やダンスに関しては相変わらずみっちり練習させられているものの、以前よりも体力がついてきたせいか練習が捗るようになった。
ノエルに剣を教えてもらうようになってから日常的に身体強化というか「身体の成長を調整する魔法」をかけているのも原因かもしれない。具体的には細く女性らしい見た目のまま力と体力があって、日焼けや病気に強く丈夫で、傷が治りやすくて(以下略)といったイメージ。
常用する関係で消費魔力は控えめにしているが、ないよりはマシのはず。
人と会う予定も依然として減る気配はないものの、学園へ通う必要はなくなった。移動時間が削れるうえに師との会話を夜の自由時間にズラせるので、週に二、三度、一コマ分程度の時間は作れる。
「あまり長くは無理だけど、少しなら時間が空けられると思うわ。……シャルロットさえよければ、他の先生が見つかるまでわたしが魔法を教えましょうか?」
「いいんですか? ありがとうございます、お姉様!」
ぱっと表情を輝かせたシャルロットが飛び上がらんばかりに喜ぶ。食事中でなかったら抱きつかれていたかもしれない。
それを見たアランが「少し羨ましいな」と呟く。
「では、アランお兄さまは今度、わたしの剣の稽古に付き合ってくださいませ」
「剣か。リディと剣を交えるのは怪我をさせそうで怖いんだけど……いいよ、やろうか」
「嬉しい。約束ですよ、お兄さま?」
こうして、シャルロットの魔法教師はまさかの俺──リディアーヌ・シルヴェストルが務めることになった。
この件をオーレリアに告げたら「その歳で教師なんて快挙じゃない」とからかわれた。
学生で弟子を取った人間に言われたくはないと思ったが、アンナには「どっちもどっちです」と言われた。
そしてそんな折、我が家をさらなる事件が襲った。
「父上が限界を迎えているらしい。以前から定期的に届いていた『孫に会わせろ』という要求がいよいよ危険な域にまで到達している」
ある日の夕食にて父が俺たちへ告げた言葉。それが俺を前代未聞の体験へと誘う最初のきっかけだった。
「お父さまのお父さま……ということは、わたしたちから見たらお祖父さま、ということよね?」
「ああ、そうだ。アランとリディの実の祖父──シャルロットにとっても親戚筋にあたる。そして、前王国宰相でもある」
シャルロットの父、つまりセレスティーヌの前夫は父の従兄弟にあたる人物。よってシャルロットから見ると俺やアランの祖父は「祖父の兄弟」ということになる。
それを考えると俺とシャルロットは全く血が繋がっていないわけではなく、親同士がいとこ、すなわちはとこの関係だったりする。二人揃って母親似なので公爵家の特徴をあまり受け継いでいなかったりはするのだが、
「シルヴェストル公爵家の人間は頑固で一筋縄ではいかない人間が多いのだが、父はその典型例だ。一度本気になったら簡単には引かない。無視すれば毎週のように文が届く事だろう」
心の底から面倒臭そうに告げる父を見ながら、俺とアラン、シャルロットは顔を見合わせた。
「お父さまも間違いなく公爵家の血を引いているわね」
「そうだね。お祖父様も女の子に甘いのかな」
「お父様をより強力にしたような方、ということでしょうか」
ここで父が泣きそうな顔になったので俺とシャルロットで協力して「お父さま大好き」攻撃を仕掛け、なんとか機嫌を治してもらった。『もう、お父さまったら。そんなだから気難しいって言われるのよ!?』。
「父上、限界というのはお祖父様の我慢が、ということでしょうか」
「うむ。父は引退後、シルヴェストル公爵領で隠居している。せわしない宰相職から解放されてのびのび暮らしているはずだが、お前達には小さい時に会ったきりだからな。会いたいという欲が抑えきれなくなったのだろう」
会ったと言われてもまるきり憶えていない俺だったが、それもそのはず。生まれたばかりの頃に一度、祖父が屋敷へ来ただけらしい。それではアランも二歳とかだから憶えていなくて当然だ。
ちなみに、幼少期の記憶にはなるべく記憶探査魔法を使わないようにしている。情動が幼稚すぎて気持ちまで引っ張られそうになるからだ。赤ん坊の頃となると視覚そのものが未発達だから猶更遡る気にならない。
「お祖父様がお屋敷へ来られるのですか?」
「いや。向こうとしてもそれは最終手段だろう。現段階では孫達──特にリディを公爵領へ連れてこい、というのが父上の主張だ」
メイドを含めた一同の視線が俺へ集まる。
何故そこで名指しなのか。いや、わからなくはない。同性の子より異性の子の方が可愛いのは当然である。
念のために言っておくが性的な意味ではない。単に同性なら会わなくとも気性が知れるという話。俺だって、前世における姪っ子が甥っ子だったらたぶんさっさと蹴飛ばして黙らせていた。まあ、甘やかした結果が女性不信の加速に繋がったのだが。
「一度会いに行った方がいいかしら。……でも、今は時期が悪いのよね」
「ああ。公爵領までは馬車を使ってもそれなりに距離がある。私は休暇を取るのが難しいし、セレスティーヌを同行させるのも気が引ける」
向こうで出産まで済ませるのならむしろアリだが、そうすると今度は戻るタイミングが難しい。赤ん坊を連れての移動は危険度が跳ね上がる。父としてもセレスティーヌ&赤ん坊の顔を何か月も見られないのは大変なストレスになるだろう
しかし、祖父にここまで来てもらうのも心配だ。主に腰とか。
「……そうすると、わたしたち三人で里帰り?」
分家出身であるシャルロットは小さい頃は向こうにいたはずだが、俺とアランにとっては初の公爵領行きである。里帰りというより旅行という感覚が強い。
ちょっと楽しそうではあるが、電車で数時間とかならともかく宿泊込みでの大移動だ。純血派のせいで国内が荒れている今、少々不安が残る。
全員が沈黙すると、父はこほん、と咳ばらいして言った。
「まだ決まったわけではない。手紙で父を宥めてみるつもりだし、もう少しいい方法があるかもしれない。ひとまず気にせず生活を続けなさい」
しかし、こういう時の楽観視に限って裏目に出たりするものである。
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