カウンター悪役令嬢への道 5
「オーレリアさま? わたしは今まで魔法の勉強を禁じられていて、今日初めて本格的に教わり始めたのですが……」
「あら。駄目だと言われて素直に受け入れていたの? それに、教わっていないからできない、と?」
「む」
勉強効率の向上を魔法でなんとかしろ。
明らかに無茶を言われているのだが、こうもあからさまに挑発されるとイラっとくる。
何か良い方法があるだろうか。
考えるだけ考えさせておいて「残念。そんな事は不可能よ」なんて時間のもったいないことをする人にも思えないので、何か彼女なりの回答はあるはず。
「時間の流れを遅くして勉強時間を増やす……のは、さすがに無理ですよね?」
「魔法に不可能はない、と言いたいところだけれど、まず無理ね。事象として規定するのが難しすぎる上に必要な魔力量が膨大になりすぎる」
「なら、短い睡眠で疲れが取れるようにする──いえ、休息は魔力回復のためにも必要でしょうから、魔力を使って実現しては本末転倒ですね」
「無理だとか言いながら案外思いつくじゃない。でも、もっと単純な方法があるでしょう?」
「単純……記憶力を上げて一度で憶えられるようにするとか」
勉強時間の大半は覚えるための反復練習。だから一度で頭に叩き込めればそれだけ効率は上がる。進度が良くなれば自由時間の捻出も夢ではないだろう。
しかし、この方法にも難がある。大量に頭へ詰め込んでも必要な時に思い出せなければ意味がない。それに、知識を頭に叩き込むイメージというのも作りにくい。
それなら、
「憶える助けではなく、思い出す助けとして魔法を使う?」
「正解」
「私、そのようなお話は聞いたことがないのですが……」
アンナが困惑した様子で呟く。
「それはそうでしょうね。とっておきの魔法は誰しも秘匿するもの。使っても人目に触れない魔法なら猶更。私も自分以外に使い手がいるかどうかは知らない」
「では、どうしてわたしに教えてくださったのですか?」
「貴女なら自力で到達するだろうから。そうなる前に、私にも貴女のやり方を教えて欲しいから」
「なるほど」
こくんと頷いて了承を示した。もともとそれが交換条件の一つだ。
俺は「思い出すための魔法」について少し考えて、
「属性としては心の魔法、ということになるでしょうか」
「そうね。自分の心に働きかける魔法。自分への魔法には防御が働かないから特に有効であると同時に、危険な魔法でもある」
「そ、そんな危険な魔法をリディアーヌ様に使わせるのですか!?」
「この子は既に一度、いえ、二度も『自分への魔法』に成功しているでしょう? だから、貴女が真似するのは止めておきなさい。廃人になりたいなら別だけどね」
アンナがぶるっと震えて口を噤む。おっかない話だが、自分の心を弄るのだから当然だ。とはいえ、
「記憶を引き出すだけの魔法ならそう大きな危険はないかと」
「そう? なら、貴女にはもう具体的な想像が出来上がっているのかしら」
「そうですね。わたしなら、一つ一つの記憶を箱に例えます」
「箱?」
「部屋でも構いません。そして、関連のある部屋同士は通路で繋がっている。例えば『りんご』の部屋からは『赤』の部屋に行くことができます。赤の部屋は『薔薇』『ワイン』などの部屋にも繋がっているでしょう」
「ふむ」
俺の説明にオーレリアはしばし、目を細めて内容を吟味。
その後で「なるほどね」と頷いて、
「思い出すという行為は通路の繋がりを辿って目的の部屋へと到達すること、というわけね」
「はい。たくさんの通路と繋がっている部屋──記憶ほど思い出しやすいことになります。思い出したい記憶に関する事柄、地名や人名、日時などと合わせて想像を膨らませれば、普通に記憶を引き出すよりもずっと簡単になるかと」
「いいわね。これからはその方法も試してみましょう」
「そう言うオーレリアさまはどういった想像を?」
「私は本棚ね。記憶ごとに別々の本として棚に詰まっているの。それを背表紙頼りで手に取って、ページをめくる感じ」
そのイメージもなかなか良い感じだ。特にラベリングをするという発想がすごい。
俺たちのイメージの良いとこ取りをするなら、PCにおけるファイルとフォルダの関係、ディレクトリ構造だろうか。これならファイル名でラベリングもできるし、なんなら検索機能を利用して欲しいファイルをさっと探し出すこともできる。
行けそうだ。面白い思いつきに一人頷いていると、黒髪の美少女は探るような視線を俺に向けてきて、
「さらに何か思いついたのかしら?」
「いえ、さすがにそこまでは。ただ、これなら勉強が少しは楽になるな、と」
俺が思いついた新しい方法についてはオーレリアにも内緒にすることにした。電子的な概念を説明する自信がないし、イメージの曖昧な魔法に危険が伴うのなら師を危険に晒すことになりかねない。
この天才少女ならそれくらいすんなり乗り越えてしまいそうな気もするが。
当のオーレリアは椅子から身を乗り出して俺の頭に手を置いて、
「優秀な弟子というのはなかなか可愛いものね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、教師としての務めは果たしたし、私の助手をしてもらおうかしら。まずは──」
「絶対、そのために無茶な時間短縮をしましたよね?」
弟子扱い&子供扱いで褒めてくれたかと思えばさっさと身を翻し、うきうきと山積みのがらくたを漁り始めるオーレリア。
彼女が《漆黒の魔女》の名に相応しい悪女なのかどうかはまだわからないが、生活力のない駄目人間であることは間違いなさそうだ。
俺はジト目で彼女を眺めて、
「その前にまともな服を着ていただけないでしょうか。その格好で居られると気が散ります」
「何よ。ドレスなんて着ていても動きにくいだけだし、いっそ裸になりたいくらいなのだけれど」
「いいから身嗜みを整えなさい、この痴女!」
こんな美女の裸を見慣れてしまったら、男だった頃のプライドがいよいよピンチである。
「……なんだか、どっと疲れたわ」
「半日足らずの時間が永遠のように感じられましたね……」
家に帰り付いた俺とアンナは学園寮で体験した出来事を思い返して深い息を吐いた。
あれから日が暮れかけるまで研究の手伝いをさせられた。終わってみれば授業をしてくれた時間はほんの僅か。果たして俺は勉強しに行ったのか手伝いに行ったのか。そのくせ成果はこれでもかと山積みされているので怒るに怒れない。
「リディアーヌ様。くれぐれも危ないことはなさらないでくださいね。身体に異常を感じたら魔法はすぐ中止してください。それから、部屋を壊したり汚したりしないように」
「わかっているわ。わたしはオーレリアさまと違って常識はあるつもりだもの」
「もちろん、私も信じています。でも、あそこにいるとリディアーヌ様がどんどん影響されてしまいそうで……」
確かに影響がないとは言えない。
なにしろ、オーレリアは格好いい。いや、だらしない格好とか散らかった部屋はともかく。他者に阿ることなく自分を貫く姿勢には強く憧れる。『そうね。オーレリアさまだったら、お養母さまにもはっきり宣戦布告しそうだもの』。
もちろん、今の俺に同じことができるとは思えない。それでも参考にすることはできる。あの人のような強さを手に入れるにはもっと強くならなければ。
「無理のない範囲で頑張ることにしましょう。身体を壊したらまた何日も寝込むことになるものね」
「はい、是非そうしてください。私もできる限りお手伝いしますので!」
「ありがとう。でも、アンナも無理はしないでね」
それから部屋で身支度を整えたらすぐに夕食だ。
「リディ。オーレリア・グラニエに変なことをされなかったか!? あの女が妙な動きをするようなら後見人に監督不行き届きを申し入れるから、必ず言うのだぞ」
「ありがとう、お父さま。でも、心配し過ぎよ。身体には傷一つないわ」
顔を見せるとすぐに父から確認を受ける。笑って答えれば彼はほっと安堵の表情を浮かべて、
「そうか。指一本触れられなかったのだな?」
「え? 触られるくらいは普通にあったけど?」
「……おのれ。やはり野放しにしておくのが間違いだったのだ。次回からは護衛をつけるべきか。いや、しかし、下手な者を付ければ逆に利用される恐れが……」
「旦那様。そもそも殿方、しかも平民となれば女子寮への出入りにも制限がかかるかと」
怪我よりも篭絡の心配をしているように見える父。暴走しかける彼にセレスティーヌがさらりと待ったをかけた。
警備の兵とはドレス切り裂きの一件から変わらず仲がいい。部屋前の警備は終了したが、庭へ散歩に出た時などに顔を合わせて少し話をしたりする。だから頼めばついてきてくれるだろうが、兵たちの中に女はいない。執事とかならともかく戦闘要員の出入りは難しい。
「心配ないわ、お父さま。オーレリアさまはわたしに研究を手伝わせたいみたいだから。むしろ丁重に扱ってくれるはずよ。腕が良いのは間違いないし」
「む、そうか。リディアーヌがそう言うのならいいのだが」
「まあ、服装がだらしないのはいただけないけれど。今日なんて男性には見せられない格好をしていたわ」
「え、あの、お姉様? オーレリア様は王族なのですよね?」
「ええ。王族には個性的な方が多いのかもね」
しかし、あの服装はなんとかしたい。今日はとりあえず着てもらったが、次回からも素直に応じてくれるかどうか。
「いっそのことオーレリアさまにドレスをプレゼントしましょうか」
「リディアーヌ。僕には何もくれないのかい?」
「え? お兄さまもドレスが欲しいのですか? ……髪を整えればきっとお似合いになるとは思いますが」
「そうじゃなくて。プレゼントされるオーレリア様が羨ましいと思っただけだよ」
女装がよっぽど嫌だったのか、アランは慌てて弁解してきた。うん、まあ嫌だろうな。前世の俺だったら「死んだ方がマシだ」と思うところだ。
アランの場合は似合うからまだマシだと思うが、変な扉を開かれても困る。
「では、お兄さまにも何かプレゼントいたします。せっかくだからシャルロットにも何か贈りましょうか」
「いいのですか? ありがとうございます、お姉様」
「リディ? 私には何もくれないのか?」
「もちろんお父さまにもあげるわ。お養母さまには……サシェでもお贈りしますね」
見舞いを匂い袋一つで済まされた件をちらりと匂わせると、セレスティーヌは「それは楽しみです」とにこりと微笑んだ。ちっとも動揺しない辺りが憎い。
さて。
養母には本当に匂い袋でいいとして、他の三人に贈る品は悩みどころだ。採寸で出会った貴族出の職人・ナタリーに面白いものがないか相談してみようか。ドレスのデザイン画もそろそろ上がってくるだろうからちょうどいい。
そうしたら、ナタリーと会う時間を捻出するためにも勉強を進めなければ。
「少し試してみましょうか」
夕食の帰りに書庫へ寄って、読んだことのない本を一冊借りてくる。
本を最初から開き、ひとまず読み返したり深く考えたりすることなくさくさく読み終えたら、アンナに本を渡して問題を出してもらった。
答える際は魔力を頭へ流しながら、ついさっきの記憶を検索するイメージ。
「古い歴史を持つ王家の紋章にはある共通した特徴がありますが、それはなんでしょう?」
「それぞれ異なる架空の動物が使われていること。我が国は
「正解です。では……現在も多くの国において魔力を持つ貴族が国を支配する体制が築かれていますが、この理由として最も強いのは?」
「魔力持ちは魔法への耐性を持っているから。要職にある者が魔法で洗脳されて国が滅んだ、なんて笑えないものね」
「これも正解です。では、もう一問。魔道具に用いられる魔石は石から作られますが、魔石に加工可能な石の種類は?」
「なんでもいい。石によって向き不向きはあるようだけど、その辺の石ころでも魔石に加工することはできる。だから、無理に宝石を使う必要はないわけね」
「正解です。リディアーヌ様、本当に流し読みしただけで覚えてしまったんですね……!?」
「覚えたというか、ずるをして思い出してるって感じかしら」
通常、勉強の際は反復によって頭に刻み込む──部屋の通路を整備するが、一度見聞きした時点で部屋と通路自体は形作られている。だから、狭くてがたがたの道であっても道順さえ調べることができれば部屋まで到達できる。
「これ、思ったよりも使えるかも」
翌日もオーレリアの部屋へ通い、明けた平日。俺はさっそく記憶探査魔法(仮)を試した。
すると座学では効果覿面。一応メモは取るものの、その気になれば思い出せるので「書き終わるまで待っていてください」と言う必要がない。さっとメモした程度でも教師の質問に答えられるので授業がさくさく進む。
実技に関しては身体に覚え込ませないと意味がないのでそこまで効果はなかったものの、教師による実演を正確に思い出せるので十分に役に立つ。あるいは、会心の出来だった時の感覚を反復することもできるので、やり直しをさせられる回数がぐっと減った。
結果。
俺は家庭教師から褒められ、授業の速度が向上。こうなったら行けるところまで行こう、みたいなノリになった教師たちが授業予定とか関係なくがんがん先の内容まで教えてくるようになった。
こんなはずじゃなかったと思いつつも、進度的に余裕があるのは事実なのでお願いすれば授業を早めに終わらせたり、あるいは午前中だけお休み、とか対応してもらえるようになった。
空いた時間は魔法の練習やナタリーとの話し合い、リオネルとの遊び(一応デートか?)などに充てる。
こうして、日々はあっという間に過ぎていった。
自宅以外の場所で着替えるのは初めてだ。
控え室として王宮内の一室を与えられた俺は、若干落ち着かない気分を味わいながら総勢五名ものメイドによる着付けと化粧、ヘアメイクを受けた。
身に纏うのは自身の髪色にも似た紅のドレス。丁寧に櫛を入れたストレートの髪には贅沢にあしらったバレッタを留める。まつ毛を整えられ、唇に桜色の紅を載せられ、頬にさっと色を入れられたことで白人系のはっきりとした顔立ちがさらに強調される。
既に婚約自体は承認を受け事実となっているため、今回は殊更清楚さを強調しなくてもいい。むしろ白い肌とのコントラストを魅せることや前に着たドレスとの差別化も考え、むしろパーソナルカラーの赤と黒をしっかりと主張していく。
この国の人間は白を尊ぶ傾向があるらしい。また、王家に迎えられる女性は伝統的に金髪を持っていることが多いという
それを考えるとセレスティーヌやシャルロットのような人間が歓迎されるはずで、俺はそこから外れているのだが──俺に赤と黒を纏わせたい、というセレスティーヌの提案を歓迎してくれたのは他でもない、この国の現国王だった。
『伝統に縛られる必要はない。其方には赤や黒が良く似合う』
国家元首の承認はこれ以上ない後押しだ。
ナタリーに注文した新型ドレスは予想通り間に合わなかったものの、代わりとして選ばれたこのドレスも負けず劣らず豪華で煌びやかなデザインである。ふわりと広がったスカート、子供だからいいだろうとばかりにこれでもかと取りつけられたフリルとレースは俺の容姿と相まって強烈に人目を惹きつけるだろう。
その威力はアンナやマリーに交じって着替えを手伝ってくれた王城のメイドたちのうっとりするような表情を見ればよくわかった。
「本当にお美しいです、リディアーヌ様」
「これならリオネル殿下もきっと惚れ直してくださいますよ」
「ありがとう。……でも、リオネル様はきっと『また派手なドレスだな』と仰るだけではないかしら」
ちょっと着飾ったくらいではあのお子様はノーダメージだろう。くすりと笑って「仕方のない殿下」といった雰囲気を出すと、メイドたちもくすくす笑ってくれる。室内に和やかな空気が流れたところで、部屋のドアがノックされる音。
「今日のドレスもまた派手だな、リディアーヌ」
ほら見ろ。
入ってきたリオネルは「女の着替えは本当に面倒だな」とでも言いたげに褒めてるのか貶しているのかわからない感想を述べてきた。本人も白いスーツに身を包み装飾品で飾り立てられ、美少年ぶりをさらに高めているのだが……まあ、所詮お子様なので馬子にも衣裳といったところか。
俺は苦笑しながら「とてもよくお似合いです」と賛辞を返して、
「お前も似合っているぞ。この前の白っぽいのよりもずっとこっちの方がいい。せっかく顔がいいのだから似合うドレスを着ろ」
『な……っ!? ちょっと不意打ちはやめなさいよ、馬鹿王子!』
これにはメイドたちが小さな歓声を上げた。なんだかんだこの二人はラブラブなのだ、みたいな誤解は勘弁して欲しい。俺はあくまでリオネルから「おもしれー女」枠で重宝されているだけであって、別に惚れられてはいないのだ。
まあ、それはそれとして笑顔で「ありがとうございます」とお礼は言ったが。
「さて。心の準備は良いか、リディアーヌ」
「はい。一生に一度の晴れ舞台です。楽しんで参りましょう」
さすがにエスコート云々はしっかり練習させられているということか、さっと差し出されたリオネルの手を取り、俺は歩き出す。
今日はリオネルの九歳の誕生パーティー。
多くの貴族が集められたこの場では同時に王子の婚約者が広くお披露目されることになっている。ここから親世代と合流した俺は国王らと並んで壇上に立ち、衆目に晒されながら挨拶をする。
華々しい社交界デビュー。
これまで狭い世界で生きてきた分だけプレッシャーはかかるが、同時に胸が躍るような気持ちもある。一生懸命高めてきた俺の実力がどの程度通用するのか、今日この日である程度確認できる。
『やってやろうじゃない。わたしはわたしらしく、国中に存在を知らしめてやるわ!』
ああ、その通りだ。
心の中の自分の声に小さく頷いた俺は、魔法を使って自分の体温を僅かに高めてやる。意図的に生み出された高揚が緊張に勝って一種の集中状態を作り出す。
そうして俺──リディアーヌ・シルヴェストルの、カウンター悪役令嬢としての真の第一歩が始まった。
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