裸拳の王様
超新星 小石
第1話
「父上」
アスベルはベッドの上に横たわるやせ細った父の手を握った。父の最後を、看取るために。
「アスベル。我が息子よ。後のことは任せたぞ」
最後の力を振り絞っているのか、父の声はいたって穏やかだ。とても死にかけているようにはみえない。否、アスベルの父を信じる気持ちが、そうみせているだけなのかもしれない。
「はい」
アスベルが頷き、父は微笑んだ。
「いまこの時をもって王家の秘術を解禁する。我がマッシブ王国に、栄光……あれ……」
父は穏やかな表情で目を閉じ、そのまま眠るように息を引き取った。
「父上!」
アスベルの呼びかけにも反応しない。白衣を着た宮廷医が脈を図るも、首を左右に振って「ご臨終です」と告げた。
神父が首に下げていた十字架を握って祈りを唱え、鎧をまとった兵士たちが嗚咽を漏らす。
「皆の者、聞いてくれ」
アスベルは立ち上がり、家臣たちへと振り返る。決意に満ちた顔で悲しみに暮れる者たちを見回した。
「今日から余が王となる。まだまだ若輩者だが、よろしく頼む」
涙を堪えて会釈をするアスベルに、家臣たちは拍手を送った。
皆が口々に「新国王、万歳」と叫ぶ中、大臣だけが自慢の黒髭を摩り、ふん、と鼻を鳴らしたのだった。
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【Q.最初の〈彼〉への印象は?】
「いやぁ、正直なにも期待してませんでしたね」
マイクを向けられたのは漆黒のスーツを纏った初老の男。目には三角形のサングラス。白いスカーフを肩から垂らすようにかけている。見るからに裏の人間だ。
【Q.なぜですか?】
「なぜってそりゃあんた、温室でぬくぬく育った若造が国を導くなんてできるとは思わないでしょう。年齢もありますが、前評判が悪かった。なにせ〈彼〉は、魔術も、剣術も、馬術もろくに扱えない、正真正銘のボンクラでしたからねぇ。ま、いまとなっちゃ
男は鼻の下に生えた白い髭を摩りながら答えた。
【Q.いまの印象は違う、と?】
「ええ、まあね。当時はあの若造を利用して国を裏から牛耳ってやろうだなんて燃えてましたがね、いまはもうそんなこと微塵も思っちゃいませんよ。ありゃ、そんなタマじゃない。他人がどうこうできるような道は歩いちゃいないと、あの日、あの時、わからされましたね」
【Q.その時の経験が、転職の決め手になったということでしょうか?】
「ええ、まぁ、そうですね」
【Q.あまり答えたくない?】
「そりゃそうでしょうよあんた。なんたって、国を乗っ取ろうとしてたんですから。まぁ儂だけではないですけどね。大勢があの若造の命を虎視眈々と狙ってた」
【Q.そのお話も興味がありますが、それよりもさきほどおっしゃっていた、道、とは?】
「道は道ですよ。いいですか、人ってのは道がなくちゃ生きていけないもんなんですわ。剣士なら剣の道、魔術師なら魔術の道、信者なら信仰の道。道ってのはいわば人生の指針なんですわ。儂の場合は金の道だったわけですけども、ははっ。だから大臣をやめてカジノ経営者に転向したわけでして」
そう語りながら、男はスーツの内ポケットから葉巻を取り出した。
【Q.では、〈彼〉の道とはなんなのでしょう?】
「そりゃあんた、あれは……」
男は葉巻を咥え、マッチで火をつける。
数度ふかして葉巻を口から離すと、腰掛けていたソファにふんぞり返って足を組み、にやりと笑った。
「王道、じゃないかね」
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父の葬儀が終わり、アスベルが国王に即位した日。
玉座に座る彼の前で、大臣が両手をこすり合わせながら愛想笑いを浮かべていた。
「そちは?」
「わたくしは財務大臣でございます」
「見ない顔だが?」
「ぐっ……。ま、まぁ、わたくしは裏方ですので。普段は事務所で国庫支出の取りまとめを行っております。ですがお父上とは旧知の仲でございますよ、はい」
あまりにも直球なアスベルの言葉に、大臣は顔をひきつらせていた。
「そうか。それは失礼なことを言った。許せ」
「いえいえ、お気になさらずに。さて、それでは国王様。さっそくでございますが、今後の国の方針について検討したいと思います。ああ、いえ、なにも国王様の手を煩わせるつもりはございません。なんなりとこの大臣めに一任していただければ……と、存じます」
大臣のあからさまな態度に、様子を見守っていた近衛兵たちがにやにやくすくす内緒話を始める。ここにいるものは全員、大臣側の人間。ようは賄賂を受け取っているのだ。
「ふむ。政治も大事だが、まずは皆の衆と仲良くなりたいぞ」
「ちっ……。それではすぐにでも新国王就任の宴をご用意させていただきます」
「いや、その必要はない」
アスベルは大臣の舌打ちを気にも留めず、玉座から立ち上がり大臣のもとへと歩み寄っていく。
「ええと、それでは各々自己紹介を」
「それも必要ない」
アスベルは大臣の目の前に立つとにっこりと微笑んだ。黒髪の童顔と相まって、それはもう天使のような笑顔だ。
そんな笑顔を向けられながらも、大臣は異様な寒気を感じた。
「そ、それでは、どのように親睦を深めるおつもりで?」
「決まっておろう」アスベルは左手で右の拳を包み、胸の前で鳴らした。「拳で語り合うのだ」
「衛兵ー! 王がご乱心だ! いますぐ取り押さえろおおおお!」
大臣の号令に素早く反応する十二人の近衛兵たち。賄賂をもらっている手前なにもしないわけにもいかない彼ら。とはいえ相手は国王。本気で襲い掛かるわけでもなく、アスベルを取り囲み「まぁまぁ」となだめようとした。
「へへ。国王様、どうか落ち着い----」
ブンッ、という蜂の羽音のような音と同時に、アスベルの背後にいた若い兵士が突如として意識を絶った。
「おいおい、なにをやってるん」
「お前、緊張しす」
近衛兵たちは彼が転んだだけだと思い呆れていたが、一人、また一人と倒れていく。
「なんだ! いったいなにが起きて」
「敵の攻撃だ! 魔術の類かもし」
「うわあああ! 隊長殿が」
身構える近衛兵たち。アスベルと大臣に背を向け周囲を警戒している。けれど大臣だけは、アスベルを凝視したまま固まっていた。
彼は気づいていた。誰かが声を発するたびにアスベルの腕が消え、同時に誰かが倒れることに。
「よ、ようやくおさまっ」
「まだだ! 気を緩め」
「畜生、なんだよこれ! どうすりゃ」
「どこだ! いったいどこから」
「だ、誰か宮廷魔術師を」
「はぁはぁ……ははっ。う、嘘だ。こんなの、夢に決まって----」
最後に残った近衛兵も倒れ、立っているのはアスベルと大臣だけになった。
「……っ! ……っっ!」
大臣は両手で口を抑え、ガタガタと震えていた。怯えきっている彼とは対照的に、アスベルは実に清々しい表情になっていた。
「うむ! 皆のことがよくわかった! 嘘つきばかりだ!」
「……っっっ!」
「どうした大臣? 言いたいことがあるのなら話すがよい」
「な、殴らないです」ぴたり、と大臣の顎の先端をとらえていた拳が止まった。「か?」
「殴る。が、少し待とう」
「ひぃぃ!? な、な、なぜ国王様は、我々をお殴りになられたのですか? ま、まさか、我々の目論見に気づいて……」
声を震わせて絞り出すように尋ねる大臣。この惨状は、間違いなくアスベルが招いたものだ。だが、なぜ彼がこんなことをしたのかわからない。
アスベルは大臣の問いかけに力強く頷いて「実によい質問だな」と答えた。
「余は殴り心地でその者が何者なのかわかるのだ。嘘つきか正直者か。努力家なのか怠け者なのかがな」
「は、はぁ。つまり、殴ることは国王様のコミュニケーションということですか?」
「うむ。それともう一つ」
「も、もう一つ、とは?」
「余の拳は、血に飢えておる」
ゴキリッ、とアスベルは指の関節を鳴らした。
「ひぃ! だ、だれか、助け----」
アスベルに背を向け出口へ駆け出す大臣。ところが三歩進んだところで、蜂の羽音が耳元で聞こえ、彼は前のめりに倒れたのだった。
十二人の近衛兵と一人の大臣。
彼らが後に「裸拳の王様」と呼ばれ、世界の国々から一目置かれることになるアスベル・ナックルライフ十三世の最初の犠牲者だった。
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