多分「聖女」として異世界召喚されたと思うんだけどすぐ横に上位互換がいた件

こしこん

多分「聖女」として異世界召喚されたと思うんだけどすぐ横に上位互換がいた件

「せ、成功だ…!!」

「本当に呼べたぞ!!」


 私、加井アザミは目の前で歓喜するファンタジー系コスの集団と伊勢のテーマパークのような日本離れした光景に困惑を禁じ得ないでいた。


 これはまさかまさかの異世界召喚というやつだろうか?


 看護師だった私は地獄の連勤を乗り越えて家で寝ていたはずだ。


 起きたら撮り溜めていたアニメとブクマしていた小説を一気見することを夢見ていたがその明日はもう訪れそうにもない。


「えっと…」


 元の世界に帰れるかどうか分からない以上この状況をどうにかするしかない。幸いその能力はあるようだ。


「町長…町人…」


 こちらを見る群衆の頭に浮かぶ文字を読み上げていく。


 ネット小説を読み込んだ経験から察するに【鑑定】というやつだろう。


 その能力は私自身にも有効なようで私が持つ能力も見えた。


「鑑定と治癒…」


 衆目の中で呼び出されたこととこの能力から察するに私は…


「いやぁ!よく来てくださった!」


 頭上に町長という文字が見える男性が私の手を握ってきた。


 間違いない…これは、


「せ、聖女ものっ!?」

「はっ?」

「私が聖女かぁ。看護師は白衣の天使って言うけど本当に聖なる存在になっちゃうなんてねぇ…」

「あのっ…」

「ってことは私の能力を見初めた貴族とか王子様とか出てきちゃう?何その乙女ゲー展開!うおぉっ!夢なら覚めないでーっ!!」


 誰もが一度は憧れた異世界転生にテンションアゲアゲッ!!


 そのテンションのままこちらを見る群衆をぐるりと見渡す。


 さぁ!目に焼き付けるといいわ!!私こそがこの世界に降り立った聖じ…


「…はっ?えっ?」


 私の視線は群衆の中にいた二人の女性に釘付けになった。


 サラサラの金髪が眩しい旅人と言った恰好の二人は控えめに言っても超絶美人!


 見たところ姉妹のようでお姉さんはドラマや雑誌に出ててもおかしくないくらいスタイル抜群の金髪美人!妹ちゃん?も現代にいたらアイドル事務所から即スカウトされるだろう。


 二人から目が離せなくなったのは美人だからというだけじゃない。二人の、特に妹ちゃんの鑑定結果がありえないものだったからだ。


 職業 空巫


 そらみ?くうみ?


 所有スキル 蒼術そうじゅつ勇胤ブレイガリア、n%$&a#!in?、刃片衞装フラグマ


 何か文字化けしてる!?ってか専門用語多すぎて全然分かんないんだけど!


 具体的に何ができるかとか分かんないの!?


 そんな願いが通じたのか妹ちゃんの頭上に見える文字がどんどん変化していく。


 実現可能な事象 天気予報、危険予知、傷病治癒、風の操作、欠損の再生、死者蘇生


 …おいおいおいおいおいおいおいおいおいっ!!!


 ちょ待てよ!百歩譲って天気予報とか傷病治癒はいいよ?後半二つ何!?


 死者蘇生!?欠損の再生!?


 えっ!?何!?この子いたら死なないの!?神じゃん!!


「というわけでして…。あの、聞いてますか?」


 町長が何か言ってるけど私の耳にはもう届かない。


「…」


 私が呼ばれて崇められてるのは誰もあの子の力を知らないから。


 もし知っていれば何が何でもあの子を聖女に仕立て上げるだろう。


「えっ?」


 突然目の前にやって来た私に妹ちゃんがきょとんとした表情を見せた。


 私はそんな彼女に跪いて懇願する。


「お願いします!聖女代わって下さい!!」


 私の上位互換様に…




 それがほんの少し前のこと。そして今は…


「所属と名前を言いなさい!他に仲間は!?イルをどうするつもり!?」

「ひぃーーっ!!?」


 お姉さんに物陰に引きずり込まれて銃のようなものを突きつけられてます!


 お姉さんこわっ!?もう戦士の顔じゃん!


「待ってお母様!」


 おっかあ様!?わっか!


「その人、危ない人じゃないわ」


 イルと呼ばれた女の子はお母さんの服の袖を引いてなにやら作戦会議を始めた。


 しばらくして銃を納めた母親と女の子が戻ってきて頭を下げた。


「すみません。なんとお詫びすればいいか…」

「こっちこそ変なこと言ってごめんなさい。助けてくれてありがとうね。えっと…」

「イルタです」

「私はマリリナ。イルの母です」

「アザミです」


 マリリナさんが右手を差し出してきた。あっ、握手か。


「何かあったんですか?」

「うん。あのね…」




 異世界から来たという事を伏せて事情を説明するとマリリナさんは何かを考え込み始めた。


「そんな魔術聞いたこと…。でも会ったばかりの人がイルの力を知ってるわけないし…」

「アザミさんはその聖女?っていうのをやりたくないんですか?」


 上目遣いで顔を覗き込んでくるイルタちゃん…


 きゃ…きゃんわいいいいいいっっっ!!!


 かわいい!能力だけじゃなくて存在がもう聖女!!


 ジェラピ○のウサギさんパジャマとか似合いそう!


 いや、モフモフの羊さんも捨てがたい…


「アザミさん?」


 おっと…


「やりたくないってわけじゃないよ。でも、ちょっと自信なくしちゃって…」


 いきなり上位互換なんて現れたら自信だって木っ端微塵にもなろう。


 例えるなら転校生がサッカーの天才だった時のサッカー部の先輩だ。


「…そうだわっ!ねぇお母様…」


 イルタちゃんは何かを思いついたのかマリリナさんとひそひそ話を始めた。


 少しして戻ってきたイルタちゃんは私の手を握り満面の笑みで提案した。


「そのお仕事、私達も手伝います!」


 あ、ありがとう…。でも目潰れるからいきなりそんな笑顔見せないで。




 イルタちゃんとマリリナさんという頼もしい仲間を得た私は早速聖女っぽいことをしに町に繰り出した。


 最初のターゲットは転んで怪我したらしい小さな男の子!


「うええええんんっっ!!!」

「今治すから待っててねー」


 擦り剥いて血が出ている膝小僧に手を掲げて力を送る。鑑定のおかげで治癒の使い方は分かっている。


「蒼術?でも効能は療術に似てるわね…」

「まぁすごい!ヒーリアみたい!」


 少し時間はかかったものの男の子の傷はすっかり完治。


「おばさんありがとー!」

「元気になって【お・ね・え・さ・ん!!】嬉しいよ!」


 元気に走り去っていく男の子を見送っていると二人が嬉しそうに近づいてきた。


「お見事でした」

「すごいです!療術士りょうじゅつしみたいでした!」

「りょ…?あははっ、ありがとねっ」


 心から褒めてくれてるのは分かるのに素直に喜べない。


 二人ならもっとうまくできただろうなぁ…


「車輪がはまって馬車が動かせねぇんだ。すまねぇが手伝ってくれんか?」

「お安い御用です!…ふんっ!んんんーーーっ!!…はぁっ、はぁっ…だ、ダメだぁ」

「ぬんっ!!」

「よいしょー」

「マッスル親子!?」


 それからも…


「こいつはクレーヌ王女も愛用してるカヌレーニュ王室御用達のティーカップ!今なら5万ゴードだ!!」

「や、安い!買いま…」

「200ゴードのティーカップ愛用してるなんて涙ぐましい王女様なんですねぇ」


 私は…


「ジャムの蓋が開かなくてのぉ…」

「お任せあれ!…ふんっ!あああああああっっっ!!!!」


「ポチがいなくなっちゃった!」

「犬探しだね!…えっ!?猫!?」


 聖女として町の人達の…いやほとんど力仕事じゃん!?


 鑑定と治癒一回しか使ってないんだけど!?



「つ、疲れたぁ…」

「お疲れ様です」

「涼しい…。ありがとねぇ」


 一通り町を回って疲れた私は広場のベンチで一休み。


 イルタちゃんが風を操って冷たくて気持ちいい風を送ってくれる。


 まるで冷房に包まれているみたいな心地よさに癒されているといかにもといった風体の男達が近づいてきた。


「人助けしてる姉ちゃんってのはあんたかい?」

「えっとぉ…はいっ」

「俺ら懐が寒くて困っててよぉ。ちょいとばかし助けてくんねぇか?」


 ステータス、チンピラカス


 口悪いなおいっ!?


 身も蓋もない鑑定結果に突っ込んでいるとマリリナさんがすっと立ち上がり…


「額で晩酌したくなかったら今すぐ消えなさい!!」


 さくっと解決してくれました。


「さーせんしたーーー!!」

「ひいいいいっっ!!」


 銃とマリリナさんの迫力に負けた男達は一目散に逃げていった。


「ふぅっ。やっぱりこれに限るわ」

「流石お母様!」

「教育に悪過ぎませんかねぇ!?」


 イルタちゃん…絶対真似しちゃダメだよ。




 人助けをするうちに日も暮れていき、私達は町を一望できる高台で健闘を称え合った。


「今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ。楽しいひと時をありがとうございます」

「聖女の自信つきましたか?」


 期待を込めた青い瞳が夕焼けより眩しい…


 そんなキラキラした輝きから目を背けるように夕焼けを見る。


「やっぱり私なんかよりイルタちゃんの方が向いてると思う」

「…そうですね」


 認めるんだ!?


「でも、私達はずっとここにいられません。明日には発つつもりです」

「えっ…」

「この町で皆の手助けができるのはアザミさんだけです。だから代わってあげることはできません」


 今までのぽやぽやキュートなイルタちゃんからは想像もできないような真剣な目に何も言い返せない。


 私よりうまくできるから、私より強い力を持ってるから…


 そんなの全部私の都合だ。


 イルタちゃんが私の上位互換だとしても二人には二人の事情がある。


 二人の事情を無視して自分の都合ばかり押し付けていた自分が途端に恥ずかしくなった。


「こんな小さな子に甘えて…。みっともないなぁ」

「そんなことはありませんよ」


 そう言ってマリリナさんが私の後ろに視線を向けた。振り返ると…


「探しましたぞ!」


 町長さんとたくさんの町の人達がいた。


 その人達の何人かには見覚えがあった。今日私達が助けた人達だ。


「初日から働いて下さったそうで…。本当にありがとうございます!」

「ありがとねおばちゃん!」

「いえ、そんな…。後お姉さんね!!」

「あんたらのおかげで配達間に合ったぜ!ありがとよ!」

「あのジャムがないと朝が始まらんでなぁ…」

「危うく騙されるところでした!ありがとうございます!」


 私を囲んで次々にお礼を言う皆に思わずたじたじになる。


「本当に、いいんですか…?」

「はいっ?」

「私よりももっと力が強くて色んなことができる人はたくさんいます。なのに私なんかがここにいていいんでしょうか…?」


 思わず出てしまった本音。


 それを聞いた町長達は顔を見合わせて静かに首を振った。


「そうかもしれません。ですが、呼びかけに応じて私達のために動いてくれたのはあなただけです。例えあなたより優れた方がいたとしてもその恩を忘れません」

「…っ!」

「今日は皆の手助けをして下さりありがとうございました。これからも町のために尽力していただけますか?」


 皆が認めてくれた!


 その嬉しさを伝えるべく後ろを振り返る。


 でも、マリリナさんもイルタちゃんももうそこにはいなかった。


「…ありがとう」


 そして私はこの町で働くことになった。




 …町医者として。


「いや医者かい!!」


 後で聞いて分かったんだけどあの魔術は都会の病院みたいなところに人が流れて医者不足に頭を悩ませた町長がどうにか話をつけて雇った遠方の医者を呼ぶためのものだったらしい。


 つまり異世界召喚でもなんでもない魔術で全く関係ない私が呼ばれたということ。


 とんだとばっちりだけど今の生活に満足しているからまぁ許してやろう。


「こっちの方が天職かもね…」


 命を預かる責任は重いけどそれは看護師だった頃と変わらない。


 それに皆に崇められて国を救う聖女なんかより小さな町の医者の方がよっぽど身の丈に合っている。


 どんな時代、どんな場所にでも自分よりも優れた存在は大勢いる。


 それは現代でも異世界でも同じ。


 でも、今ここで力を尽くして誰かを助けられるのは私しかいない。


 いない上位互換なんかより今ここにいる私の方が…


「ここの先生聖女様らしいぜ!」

「海を割って海底を歩けるらしいぞ」

「石をパンに変えられるそうよ!」

「先生!うちのフランソワちゃんの具合が…」


「た、たちけてイルタちゃーーんっっ!!」

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