Ep.10
闘士と呼ばれている超人たちはスポンサー契約と呪いのアイテムの契約を掛け持ちしたうえで戦いに勝たなくてはならない。呪いのアイテムとの契約に関してもスポンサーが良いものを提供してくれるわけだ。底辺の貧民街から闘士としての生活を始めるエニシィは次第に不安な気持ちになっていた。デイジーは金を借りる契約を済ませたようで気が大きくなっているようだ。不躾にエニシィを呼んだ。
「エニシィ。書類なんか後で読めばいいんだよ!スポンサー契約はまだ遠い先の話だがバイトがいくつかあるみたいだから三つくらいは役所で紹介してもらえよ。お前はまだ靴を履いていないだろう?それに例の宅配で送ってきたブツの件がある。というのもブツを送ったやつの店には変わった指輪が多いんだよ。指輪との契約はタダだ譲渡するだけで仲介手数料がかかるんだ。使えるからあとで店に行こうじゃないか。そういうことで何かと物入りなわけだから仕事をしてくれや。俺は仕事中に怪我をしたやつの面倒を見る。お前は怪我をしたやつの代わりに働く。そういうこともできるんだぜ」
異世界で大暴れするのは遠い先の話になりそうだ…エニシィはまだ知識のない契約闘技のプレッシャーから解放された。それと同時に貧民街で働く必要が出てきたのだがそれに関しては好奇心がわいた。アルバイトはしてみたかった。
「この世界で…いやセントラルカジノシティで仕事中に怪我をする人なんかいるのかい?デイジー。レジの機械に指を挟むとか、座っている時間が長くて、いぼ痔になるだとかそんなところなのかな?」
デイジーと公務員の女は唖然とした表情のまま顔を見合わせた。そして二人は同時にエニシィをジロリとみた。先ほど口論していた二人はなんだかんだ仲良くやっているようだがこの世界では異世界から来たことをいうべきではないとエニシィは直感で悟っていた。口をはさんだ公務員の女の物腰はやわらかかった。
「こんばんはエニシィ殿。私はセントラルカジノシティブラウン庁舎、闘士申請職業紹介係、係長「セレナ・ルネイド・アデル」です。どうやら頭を打ったか何かで記憶がないようですね。あなたは地下街の生まれだと書類には書いてあるのですが」
デイジーはエニシィを睨みつけて軽く下顎を前に出している。要するに地下街では天井が落ちてくる可能性のある場所での工事や危険を伴う仕事があるのだろう、そうに違いない。デイジーは医師免許を偽造することに加えてエニシィの出身もでっちあげたようだ。
「ええと、セレナさん?アデルさん?」
「セレナで良いですよ」
「ああ、セレナさん。ちょっと今頭が痛くて。心臓が止まっていたから血が足りないのかな?思い出した。そうだった。いややっぱり思い出せないや」
「そうですか。では貸付の契約も済んだことですし試しに契約した女神の懐中時計の力を試してみましょう。現在地下街の大衆食堂調理場の方で皿洗いに使う水の温度が下がらないと通報が来ています。水というよりは沸騰した状態のお湯が調理場にあふれているようです。ガスに加えて水道管。そして排水管の工事が終わるまでに2時間はかかると思われます。食堂の営業が再開に貢献できればそれなりの報酬がもらえますよ。あなたは手術の傷を一瞬で直したとのことでしたが。具体的に女神にお祈りをしたりするだとか何かの条件はあるのですか?」
胸の中にいるアリスはまだ眠ったままだった。
「時間を進めてくれ。といえば傷がいえるみたいです」
セレナは鼻先に指をあててから目を見開いた。
「それは心の中でも唱えることが出来るのですか?」
そういえばそのことをアリスに聞いていなかった。
「それはわかりません。最初は声に出して傷を治してくれと唱えました」
デイジーはテーブルから離れて壁にもたれかかった。
「たったそれだけでいいのか。何の代償を支払うんだ?」
一年以内に名誉を手に入れること。曖昧でなおかつ具体性のない力の代償についての疑問がエニシィの頭によぎった。それと同時に何かが心を抑制した。
「それは――」
心の中でアリスが叫んだ。
「エニシィ!彼らには名誉のことは言ってはならぬ!彼らにとっての名誉は貴様が手に入れるべきものとは違うのだ。それは言えないといえばよい」
それを先に言ってくれよ。少し黙り込んだエニシィは数秒してから重たい口を開いた。
「それはいえない」
セレナは書類をわきに挟んでから机の横にある電話の受話器をとってからダイヤルを回した。デイジーは「ほほう」とつぶやいてから財布をコートの内ポケットにしまった。
「代償を他人に言えない。かあるいは非契約者には言えない……珍しいケースですね。まあいいでしょう。ガスマスクを手配します。お湯とはいえ煮えたぎった水が水道管を通ると鉄サビの毒が蒸気になって噴出しますからね。あなたの喉がつぶれてしまうことは危険と判断します。私にはお金を貸すだけではなくあなたの生存率をあげるという義務があります。デイジーさん一人では50万ドーラ―を返す見込みはないですからね。借金を返すのであれば契約闘技で勝つか街の仕事をこなすかの二つしかないので、エニシィ殿にはそれを理解していただけるとありがたいのですが。今回の仕事が終わり次第、わたくし「セレナ・ルネイド・アデル」とのセカンドマネジメント契約のお話をさせていただきます。以後お見知りおきを」
セレナは古い映画でしかみない黒電話のダイヤルをまわしはじめた。
「僕は水道管の修理をするのですか?そんな技術はないのですが」
デイジーがあくびをしてからエニシィに近づいて背中をポンとたたいた。
「地下街の出身だけど頭を打ったわけだから仕方がないよな。水道管の毒くらいなら換気扇でどうとでもなる。だが皿が洗えない。わかるよなガスマスクをしたコックは料理を作ることが出来る。でも非契約者では皿洗いができないんだよ」
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