Ep.8

 セントラルカジノシティ ブラウンエリア庁舎 28階 闘士申請受付窓口

 交付金審査室


 トロッコから降りたエニシィとデイジーは駐車場にあるおびただしい数のリフトに乗り狭苦しい個室に案内された。この庁舎にはおそらく建物の外観などは存在しないのだ。

 

 デイズは出会った時とは全く違う営業マンのような話し口調でスタイルの良いソバージュ頭の黒人の女と口論していた。一応異世界の公務員である女は体にピタリとフィットしたカッターシャツに短いスカートをはいている露出の多いファッションだった。身長はデイズと同じくらいなのにヒールは高く縦だけならデイズに勝っていた。あまりに長い口論のためかエニシィの胸の中にいるアリスは黙り込んでしまった。


「デイズ様が契約の仲介を行った女神の懐中時計はカースドランクは高いのですが闘士としての力としてはまだ弱いです。何度も言っているように交付金の給付額は10万ドーラーが限界です。それが不服なのであれば後日ドンキフォートブラウン庁舎にお越しいただいてから…ああなんでしたっけ、そうトヨター・エニシィ殿に厳密な試験を受けていただきます。結果次第では給付額の増額が認められる可能性があるということになるので本日はこれで審査を打ち切らせていただきます!」


 デイズは引き下がる素振りを一切見せずに食いかかりつづけた。エニシィはあくびをしてから書類を何枚かめくった。「契約者様の新しい旅立ちを祝して!」とタイトルが書かれた書類は二十枚くらいはあるようだ。


「いや今日、アイツに試験を受けさせてほしい。見ろよあの契約者を手術の傷を!一瞬で自己治癒させたんだぜ。百回死んでも蘇れば誰にだって勝てる可能性があるじゃないか!」


「いいですかあなたは今現在もラジオで放送されている「契約闘技:コントラクトパンクラチオン」のナイターだとか闘士に関する新聞記事を見聞きしたことがないのですか?闘士は戦闘能力が高いだけではなく多重の武器契約と特殊なエレメント契約を結ぶ努力が要求されます。聞いたところではありますが、そこにいる15歳くらいの子供は現状ただゾンビみたいに蘇ることができるだけですよ!ただ無限に殺される闘士ですよ?しかも子供が痛ぶられる様子を会場にいるご観客の貴族様やラジオを聴いている一般聴衆が楽しめるわけがないでしょう!」


 その話はさっきも聞いた気がするなと気づいたエニシィはうなずいた。話題の論点をかえるしかないぞデイジー。


「これから強くなればいいじゃないか。できれば交付金のランクをあと2レベルだけ上げてくれないでしょうか!30万ドーラーでいいんだ。あの子供は可能性の獣じゃないか!体を代償にする武器や魔法だって他の連中より多く契約できる。アイテムを無限に所有することができるかもしれないでしょう!」


 次の反論の効果はあるだろうか。エニシィは読むかどうか迷っている書類をめくった。


 「アイテムと無限に契約できるかもしれない!」と叫んだ女は黒人のハリウッド女優並みのシャープな鼻から「フン」と息を吐いた。そして落ち着きのない様子で机に手をついてから目を輝かせた。汗を腕で拭いヒールの踵を何回か踏み直してからシャツの襟を直し始めた。そして首をかしげるような仕草でソバージュの髪をいじってから両手を机に乗せて前かがみになった。


 たった今まで彼女の頭の中はクレーマーへの対応プランマニュアルが高速で再生されていた。だがたった今市役所職員である彼女の思考回路が切り替わった。これから始まる仕事は呪いのアイテムや魔法契約といったような野蛮なものではない、公務員という名の営業契約だ。花形とも言える大型契約である「25マンスリー契約者担保貸付契約」の話を持ちかけることができる。


 なにが至高の格闘技コントラクトパンクラチオンだ!アホどもめ、負けたら八割方死んでしまう国技なんか消えちまえ。とはいえその格闘技のおかげで生まれた国の制度で役所は儲かっている。保険とは逆の位置付けである奨学金のような制度ではあるが。これぞ私の得意分野だ。年に2度はあるボーナスが2倍に跳ね上がるチャンスだ!


「なるほど、交付金とは別で契約者担保での貸付を希望されると言うことですか?」


 デイジーの目線は前かがみになった女の胸元から天井へと流れた。契約者担保での貸付…これでも外科医の端くれであるデイジーは医療学校時代に法律を学んでいた。頭の中ではまず優先順位の高い金に関する記憶が呼び起こされた。


 契約者担保での貸付は最高50万ドーラーの金が手に入る。返済額は月に2万ドーラー。そして契約者の仲介業者は側近のマネージャーとして仕事をする。マネジメントの報酬の三割は返済額に当てられる。報酬が返済額に達していない場合は次の月に倍の額を払う。更に担保となった契約者の死亡時には返済の総額は2倍に跳ね上がることとなる。確かそんなところだった。


「なるほどねえ。金を借りる権利は確実にあるというわけだ」


 髭を撫でながら何をするでもなく振り返ったデイジーは交付金審査室の白い扉を眺めた。ただの白い平坦な扉をあたかもカジノのポールダンサーを見るかのように下から上まで撫で回すように見たデイジーはため息をついた。


 小さな町医者としての仕事はいくつもこなしてきた。それでも月の医療報酬は3万ドーラーほどしかない。仮に借金をしたとしてまず最初の半年は貸付金そのものを返済に当てれば。エニシィの成長次第では完済することは夢物語ではないだろう。


 闘士のマネジメントをするにあたって医師としての仕事はできなくなるかもしれない。だが医師免許はすぐに再申請しなければこの先、医療報酬がもらえなくなる可能性がある。再申請の代金は30万ドーラー…残りは20万。少なく見積もって一年分の返済にあてる金が残るがこれではかなりリスクの高い借金に負うことになってしまう。デイジーに訪れた幸運とも呼ぶべき契約手術の成功は新たな災難を呼び込む可能性をはらんでいた。


 デイズが目を細めてパイプ椅子で座る細身の子供を睨んだ。背中を丸めて書類をじっと見ているエニシィから何も可能性は感じられない。そう、ラジオやニュースを見なくてもわかることだ。この国の国民的競技とも呼べる「契約闘技:コントラクトパンクラチオン」で戦う連中は通常の人間ではない。


 契約闘技:コントラクトパンクラチオンは国民が広い場所で楽しめる娯楽のひとつだ。非契約者であるデイズは医療学校時代に一度だけ契約者の死闘を観覧したことがあった。  

                  続く




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