Ep.7

 セントラルカジノシティ 18-5ブロックビル

 トロッコ停留所 電話ボックスエリア  


 一時間ほどが過ぎただろうか。デイズはトロッコを小さな停留所にとめ、電話ボックスが集まる場所にいた。こぢんまりとした線路とその上に並ぶトロッコは幼稚園生が乗る小さな列車のようにも見える。


「靴は後で買えやエニシィ。俺は電話をしてくる。セーターを破ってお前の胸にある懐中時計はよく見えるようにしておけよ。役所で見せなきゃならないからな」


 買ったばかりのセーターを破るのかよ。袖をちぎるよりかは幾分かマシだけどな。厨二病じゃないんだからさ。


「わかったよ。デイズのことをなんて呼べばいいかな。アンタ呼ばわりじゃ「敬意」が示せないだろう」


 デイズは服装と風貌に見合わない白く透き通った指で鼻を啜った。この不衛生な髭モジャは医師免許を剥奪されたとはいえ一応医者なんだな。


「デイジーと呼べよ。お前が闘技場で勝つまでは面倒を見てやるよ。もっと美人の女が良かったぜ。スペードセブン王国の姫様が外に出てくるといいのだが」


 俺はセーターを破るためにほつれた部分を手探りで探した。懐中時計のゴツゴツとした感触にはまだ慣れそうにない。


「デイジーか。オッケー。役所の申請の時は上手くやってみせるぜ。まかせてよ」


 オレンジ色の花みたいなニックネームだな。到底可愛いとは言えそうにない。


「へっへっへっへ頼んだぜ。お前、物分かりがいいな。これまではアリスの魂が封じ込められた時計に選ばれる人間はいなかった。女神の懐中時計はいわゆるゼロオーナーの懐中時計だったわけだ。ワンオーナーに選ばれるには魂の選定に合格する必要があるはずだからな。女神様と仲良くできそうじゃないか。そうそうあることじゃないんだぜ。「誉れ」というやつだ。俺には全く縁がないがね。へっへっへ」


 咳をしているようで腹の痛みを堪えてながらのようでもある笑い声でデイジーは笑った。150年に一人の契約者。格好いいな。転生して良かった。魂の選定ってなんだろう。そんなことあったかな。アリスが誰にも聞こえない領域で語りかけてくる。


「魂の選定はお前の無意識と私の無意識が融合可能かどうかを試すものだ。貴様が気を失っている間に合格判定が出たのだよ。こればっかりは私にもよくわからぬ」


 俺はアリスが何を言っているのかがよくわかった。何も聞こえていないデイズは髭をなでつけながらニヤリと笑っている。俺はニコリと笑い返した。


「じゃあ大人しく待っていることにするよ」

「そうしてくれよ。くれぐれも行商人とは会話をするなよ」


 停留所には気の利いた降車用の台などはなかったデイズは痩せた体を揺らして転ばないように線路の段差を避けながら電話ボックスに向かって歩き出した。電話ボックスは5階層の線路に沿って設置された狭い通路に十機並んでいる。どれもボロボロでそれぞれツギハギのパーツが使用されていてカラフルなアートのようになっていた。


 デイジーは緑色の電話機の黄色い受話器をとってコインを数枚入れた。そして黒色のダイヤルを回した。青色のカールコードは他のパーツと相反してツルツルとしている。


 俺は濃ゆい青色のほつれたセーターとフィットした黒いズタズタのジーンズを履いていた。上下で会計はしめて8ドーラー。おしゃれなSNSでよく見るグランジロックのスターって感じで悪くないな。俺は今金髪なのかな。商店街の店は白い壁のテナントばかりで鏡やガラスケースなどは何もなかった。全部駅のキオスクと街中のケバブ屋みたいになっていたな。テナントで暮らす人生か…何か抜け出すチャンスでもあるのだろうか。じゃなきゃあんな感じでロボットみたいには生きていけないはずだ。


 いまだに時計の中のアリスを見ることができていない。懐中時計の中にいる人形ってどんな感じなのだろうか。


 停留所の壁には低い天井と床にコの形にはみ出した大きな18の太文字が描れている。これもまた映えそうな先鋭的なタイプのストリートアートのようだ。


 停留所からは線路が一本だけ伸びているようだがこちらからは見えない。後ろを振り返ると無限にループした商店街から何かのフルーツを焼いたような甘い煙が流れていた。誰も匂いについての文句は言わないのだろうか。テイクアウトの飲食店と雑貨屋が混在しているのは不思議だ。


 上野ブロードウェイが延々とつづいているような異世界の中で立ち尽くした俺は古ぼけた18ビルの5階層にある停留所を見渡した。暖房は効いているとはいえタバコと酒、そして食べ物の匂いが立ち込める小さな世界は虚しさと寂しさに満ち溢れていた。閉所恐怖症じゃなくて良かったな。常時閉店前のパルコって感じ。


 他のトロッコを見ると例のブランコ型の昇降リフトがいくつかある天井にも床にも人が一人入れるくらいの溝が作られている。デイズは髭モジャなのに太っていないのには訳があるようだ。この街の商人は眠らないから太らないのかもしれない。


 背後の商店街線路からガタゴトと音がしている。行商人とは会話をするな‥。頭によぎったのは先程デイズが口にした忠告だった。俺は直感で何かの気配を察知してトロッコの中に隠れた。


 コロコロとした音がして、レバーがガチャンと振り切れる音がした。トロッコの中でしゃがんだまま振り返ったエニシィはトロッコから顔を鼻のあたりまで出した。


 上下セットのナイロン素材のようなスポーツ系のジャージに分厚いキャップ帽を被った男は咥えタバコを吸ったままトロッコから降りた。この男もランクの低いトロッコに乗っている。間違いなく貧乏人だ。異世界の住人は総じて現実世界と変わらない普通の格好をしている気がする。


「配達に参りました。コーレン・ドミニク・デイズ様。どちらにおられますか」


 ぶっきらぼうなダミ声で話す男は配達屋のようだ。宅配のスピードがやけに早いな。ノルマが厳しいのだろうか。配達屋の男はタバコを線路にプッと吐いてからポケットからケースを取り出してもう一本抜いた。


 電話ボックスから出てきたデイズが慌ただしい様子で財布を取り出した。30ドーラーで偽造の医師免許が買えるのか?服が8ドーラーだよな。電話ボックスの銀色扉がバシンと閉じた。


「配達ご苦労様。ミニサイズのゴールドバー1枚と10ドーラー、それとチップが5ドーラーだ。おい!何を隠れているんだシャイボーイ。特急配達のシガリロ殿にはいつもお世話になっているんだ。お前も挨拶しろ」


 エニシィはあたふたと立ち上がってから頭を掻いた。乾いた髪の毛の感触は紛れもなく自分のものだった。トロッコの車輪と線路の隙間がキィーと音を立てた。


 キンッ、金属音が通路に響き渡った。シガリロと呼ばれた男は擦り切れたライターでタバコに火をつけて一息ついた。手に持ったライターは動画でよく見かける戦時中のジッポーのようだった。この渋いオジサンも非契約者なのだろうか。


「ああ、デイジー。お前の本名なんか覚えていなかったよ。なんだお前医師免許を無くしたのか?このガキは見かけないな。地下街の住人のようだが」


 タバコをふかしながら眉間に皺を寄せたシガリロは俺をジロジロと見ている。


「首に乾いた血がついているな。そうか契約者が出たのか。良かったじゃないか。チップのことなのだが。お前はこれから少なくとも数万ドーラーを手に入れるわけだから少しはずんでくれないか?」


 これで偽造医師免許を手に入れることができた。チップ額の提示を最安値で吹っかけておいて良かった。フウと息をついたデイズは財布の中の紙幣を全て抜き出した。






 

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