Ep.5

 雪に包まれた異世界。ブランコのような一人用リフトにぶら下がって生を謳歌おうかする住民達、そしてその客に黙々もくもくと商品を売り払う商人達の姿。それに見惚みほれているうちに心が落ち着いてきた。エニシは無防備むぼうびな血まみれなうえに全裸ぜんらのままで窓のわくひじをつき、夢ごこちに飲まれていた。


 きっと俺の心臓しんぞうは何かしらの形で売りに出されるのだろう。アリスは「フーン」と声を上げてからブツブツと何かを言っている。


「貴様の心臓はまだ同じ場所にあるぞ。私の懐中時計かいちゅうが心臓の代わりに血を巡らせているのだ。なに、気にする必要などない。外付けとはいえ女神の懐中時計は立派なピースメイカーだ。貴様の鼓動こどうは遅くも早くもならぬ。闘技場とうぎじょうで貴様の三倍は大きいはエレメンタルに飲まれた者、文字通り「魔神まじん」を目の前にしても微動びどうだにせぬぞ。喜べ。まずは私と契約したことをほまれと思うべきだ」


「え?契約手術けいやくって心臓を摘出てきしゅつしたのではないの?アリス」


 「摘出!フン。心臓の代わりになるアイテムはあり得ぬ」アリスは胸の中でうなずいている。その相槌あいづちとは交わることのないチクタクと鳴り響く秒針の一定音がエニシィの胸の中で刻まれている。よくよく考えてみれば俺の本来ある寿命はもう終わったのだ。今自分の体がどうなっていようと生きていればこそなのだ。現実でも誰かが言っていたじゃないか「生きてるだけで丸もうけ」


「契約手術はだな、医者が国から税金をもらうための特別な仕事だ。この世界では契約者けいやくしゃの数が多くなったとて誰もそんはしないのだよエニシィ。特別な仕事とは言っても契約に失敗した場合は別の契約で命をつなぐこともある。契約がうまくいけば国から医者には交付金がおりる。腹が減っているのであればあの髭モジャにこづかいをもらえば良い」


「手術の代金は別料金べつりょうきんなのに?」


 アリスは「この子供は本当に外来人がいらいじんのようだな。存在するものなのだな」とつぶやいてから続けた。


「手術代は払うべきだろう。命を救ってもらったことには「敬意けいい」を示すべきだ。だがお前の手術を成功させたひげモジャは今現在どこにでも売っているナンバーズとかスクラッチで大金を得たようなものだ。あいつは今からブラウンと呼ばれている役所で新たな契約者をこの国に生み出した報告ほうこくを入れるのだ」


「じゃあ明日はデイズおじさんに連れられて役所に行くのか。出生届しゅっせいとどけみたいなものだな」


アリスは「ほう」と一言。


「お前の世界にある役所は夜に営業えいぎょうしていないのか?ドンキフォートはねむらない街だ。今お前がながめている商人達は半分ていながらにして店を切りりしているから休むことなどはないぞ。今からブラウン「セントラル庁舎ちょうしゃ」に向かうことになるだろうな。これは医者が手術しゅじゅつを成功させた場合はかならず行う昔からのしきたりなのだよ」


 夢の世界はとんでもなくブラックな世界だった。24時間営業の役所。契約に失敗した人間はゴミ箱に捨てられる。休みなしの商人は半分ている‥半分寝ているとは?非現実の世界を目の当たりにするうちに呼び起こされる現実世界の記憶はくだらない生活の知恵ちえだった。広く浅く色々なものを楽しんでいた俺にはこの異世界はうってつけなのかもしれない。


「じゃあ今から役所に行くわけだ。服はいいものにしたいな。アリスの言う通り俺は外来人がいらいじんなんだけど前の世界では古着もゲームもスケボーもスマホも、要するに好きなものは安くで良いものを手にいれる達人だったんだぜ。安いってだけじゃなくて使えるやつにしなきゃ。ああそうか契約次第しだいでタダ。仲介手数料ちゅうかいてすうりょうがいるってことだったね」


「スマホ、スケボー。なんだそれは魔法具まほうぐのことをいっているのか?服などと言ったものはどうとでもなる、小さな欲望に負けると、ただ働いて何かを買って過ごす非契約者のようになってしまうぞ。まあ闘士として生きていくためには更に契約をする必要があるから上手くやれそうなら悪くはないが」


非契約者ひけいやくしゃだって買い物をしたりご飯を食べたりしてその中に幸せを見出しているはずさ。正直に言うとだな俺は魔人と戦うのはいやだな。世の中は才能のある人ばかりじゃないんだぜ。俺なんか前の世界では……」


「まあいいや、アリス。みろよブランコみたいなリフトからおりて立ち食いそばみたいにカップ麺をたべているぜ。俺も食べたいな腹がへった」


 アリスはエニシィが言葉にした立ち食いソバというキーワードに少し戸惑ってから叫んだ。


「立ち食いソバ。ソバ。時空の向こうにはなにがあるのだ…不思議の国はエニシィがいた世界なのではないのか」


「フン、貴様は違うぞエニシィ。冷酷非道れいこくひどう邪悪じゃあくな人間よりははるかにマシだが。どのみち武器は持つべきかもしれぬがな、じゅうがいいのではないか。貴様は回復で時間を稼ぐことができるからな」


 やはり無限むげん回復力かいふくりょくだけで勝てる世界ではないようだ。俺より三倍大きな体格のエレメンタル魔神まじん。そのバケモノに懐中時計ごとかれたり切りきざまれたりするのだろうか。ゲームはメインシナリオだけクリアするタイプでやりこむ方じゃなかったけど最低限の対策たいさくる必要がある。


「契約にはどう言うものがあるの?「名誉めいよ」は代償だいしょうとしては大きい感じがするけど」


「それはいずれわかる。行く先々、肌で感じろ。武器ならいくらでもあるが、ハズレを引くなよ。厄介な呪いだけではなく生きている人間の思いがこもっているものは非契約者ひけいやくしゃが作ったものにですら「思念」の仕掛けがなされている。われが呑んだ「グリーンのサイダー」も調合ちょうごうされた薬ではなくて複数ふくすうの人間が目的を持ってして魔法まほうを込めたものだったはずだ」


 なるほどね。マニュアルではくくれないほど多様たような契約があるわけだ。


「もしかして良い目玉とか売っているのかな。契約が上手くいけばタダなんだろ。目利きがあれば強いアイテムがわかるじゃないか」


「いい質問しつもんだエニシィ。ほれ聞こえるか?今トロッコで戻ってくる闇医者やみいしゃのデイズはお前に手術をほどこした。要するにこの街ではアイテムと契約をするのに必要な施術せじゅつ儀式ぎしきをする仲介業者ちゅうかいぎょうしゃには代金を払う必要がある。ドンキフォート大陸には眼球がんきゅうを売っている商人など五万といる。しっかりと説明を聞いてから手に入れることをおすすめする」


 トロッコとはなんだろう。


「オッケー、品定めは得意とくいだ。ネットで画像を見るだけでいいものがわかる。状態確認じょうたいかくにんも得意だし値段ねだんからは独特どくとくの気配があるんだ。あやしい店主には要注意ようちゅういかもしれないけど。そういうバイヤーにもしっかりとしたヤツがいるものさ」


 現実世界でエニシィは買い物アプリで目当ての商品の名前を入力した後に安いもの順に並べるクセがあった。画面の中で並ぶ服の毛玉とくたびれた具合が見えるだけではなく同じブランドでも値段が違うかどうかでにおいの状態が見える。たったそれだけのことだけど。武器や魔法まほうの込められたアイテムにだって気配けはいがあるはずだ。そういえば俺は病気でたおれる前はネットと店を巡りながらギターを探していたんだっけ。八万円で買えるギターを探す旅。なつかしい現実世界をエニシは思い出していた。


貴様きさまは前の世界では買い物上手だったと言うわけだな。そう言った目利きは大抵が運次第うんしだいだとは思うが、期待きたいしているぞエニシィ」 


「まあ見てろって。どんなものがあるのかな、いいもの買うぞ」


 ドンドンドンドンと音が近づいてきた。どこか電車でんしゃを思わせるガタゴトとした音もじっている。この病院はおそらく三階だてくらいなのだろう。室内にブランコのような形をしたリフトはないのかもしれない。エレベーターでもない。これがアリスの言っていたトロッコの音だとすれば廊下ろうかはせんろになっているのかもしれない。


 ガシィィンと何かの音がした。ドアのかぎがガチャリと音を立てた。


「おう、起きたか。痛みはないようだな。契約者様はめぐままれていてうらやましいねえ」


 アリスの言っていた通りだった。内開きのドアの前にいるデイズはトロッコのようなものに乗っている。奥の方にある線路脇せんろわきの天井にはブランコ型のリフトが見えている。行きは音もなくリフトで移動して帰りはビルの中にある通路つうろにあるトロッコで移動したのだろうか。



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