心音の秒針 アリス・ハート

北木事 鳴夜見 

Ep.1

 もういい。やめてくれ心臓しんぞうマッサージなんていらない。そんなことしたら心臓が壊れてしまうじゃないか。そんなにむねをどつかないでくれよ。少しだけ長く生きる必要なんてないよ。


 ぼんやりとした病室の天井と必死ひっし形相ぎょうそうで声をかける担当医の姿が見える。心臓病しんぞうびょうってこんなに早く死ぬものなのだなと豊田エニシは思った。心臓病って、そのままの名前をした病気があるなんて思いもしなかった。


 あんたの名前はなんだっけ。いつも無表情むひょうじょうでよくわからない治療ちりょうをたくさんしてくれたけどさ。本当に名前が思い出せないんだ。ああそうかもう死ぬんだ。だから全てを忘れてしまうんだ。俺は天国に行けるのかな。


 視界しかいの外に母親の顔が見えた、ぼんやりとしてはいるけどわかる。母さんの顔はかなしみでゆがんでいる。


 あ、母さん、さよなら。父さんはやっぱり仕事で来れないんだね。まあしかたがないよね。一人っ子なのに死んでごめん。そんなに泣かないでくれよ。


 まだやりたいことがたくさんあったな。そこそこの学力だったけど、偏差値へんさちの高い難関なんかん校に受かったのは奇跡きせきだったな。だからバチが当たったのかな。


 友人の顔が次々にフラッシュバックする。エニシは部活などしたことがなかったのに無理してバスケ部に入った。素人が見てもすさまじいプレーをする同級生どうきゅうせい先輩せんぱい達。その猛者達をながめながら過ごした日々。後から知ったのだけど俺が入った高校は地区大会で三位にはいるくらいの実力があったらしい。


 一週間ほどして先輩たちから見放された余った補欠ほけつの俺と後藤、そして吉永はルールブックを渡されて体育館の下駄箱前げたばこまえでスマホの動画どうがを見ることになった。


 百年に一度の無能と言われた俺たちはバスケを一から勉強することになったのだ。下駄箱前特有とくゆうのゴムの匂いがするなかで、バスケのプロ選手の動画を見るだけのゆっくりとした時間がなつかしい。あいつらは俺の葬式そうしきで泣いてくれるのかな。


 もちろん、女子にもモテないし学業も中の下だった。それでも帰りに夕陽ゆうひに包まれるコンビニでソーダ味の青いアイスを食べたのはまぎれもなく青春の一ページだった。これから大学模試だいがくもしの小さな結果けっかについて話したりバスケ部をやめて自分たちらしいダラダラした帰宅部きたくぶになってしまおうか。だとかなんとか、やれることも話すことも、なんでもいくらでもあったのに。


 高校生になって半年で、しかも家の中でたおれた俺はそれ以降学校にはいけなくなった。


 帰宅部といえばクラスで誰ともコミニュケーションを取らない黒髪ロングヘアーの美少女の顔が思い出される。確か恩田シエラとかいうハーフっぽい子。彼女が誰とも会話せずに学校から家に直帰していた様子はアイドルみたいだったな。補欠仲間ほけつなかまの後藤と吉永が言っていたな。あのキレイな子はゲーム配信とかコスプレをやっているのではないかという説。最近はよく話題になったっけな。でもこのイメージは頭の中にあるもののようだ。


 もっとたくさん思い出さなきゃ。やばい死ぬ。


 まじで死ぬ時って目が見えなくなるんだ。それにすごく寒い。いや、だからもう俺の心臓を動かそうとしないでくれよ。


 さよなら世界。


 





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