第22話 策に溺れた魔導機
キリアがゴーレムの眼球に手を触れた瞬間、【マジュラ】本体に不可解な魔素の干渉が感じられた。
『これは……?』
気のせい?
そう思ったのも束の間。
【マジュラ】本体と【
(なっ!!?【
ワタシは破壊され書き換えられていく契約術式の再構築を瞬時に行なっていった。その一方で、この不審な魔素の流れがキリアの左手で触れている先から流れていることに遅れて気が付いた。
《ラデラマイト・クォーツ=ゴーレム》ーーー。
魔素の伝導率に優れた人工鉱石を全身に纏った人形。その頭部にある赤色の
『まずいっ!キリア、離れてっ』
ワタシがそう叫んだ時にはもう遅かった。
「ーーーっ!!?……ぁぁあ、ゔっ……む、胸が……痛い」
キリアが胸の痛みに体をくの字に曲げて蹲り、呻き声をあげた。
ワタシはこの非常時に外傷を負ったのかと更に焦りを覚え、状況の把握も並行して実行しようとした。すると、幸いにもキリアが蹲ったお陰でゴーレムの眼球から手が離れ、【マジュラ】の契約術式への攻撃が止んだ。
ワタシはすぐに胸の痛みの原因を探るべく、キリアのステータスを表示していった。
(契約術式への干渉は精神への影響が出る可能性がある。でも、身体的に痛みを感じるはずは……)
そうして、思考を巡らせながらステータスの詳細に目を通していったワタシは目を疑った。
【---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000 / ---:000】
(心拍も……脈拍すら、項目が消えてる……)
ありえない。
そう思って、ワタシはつい目の前の光景に思考を止めてしまいそうになる。
だが、本当の危機的状況はまだ始まってもいなかった。
(……っ!)
ワタシは、キリアの耳から音を拾った。
ガサガサと複数の音が自分たちを囲うように広がっていった。嫌な予感がしてワタシはすぐさま叫ぶようにキリアに言った。
『まずい、まずいですよ!!キリア、急いで!何してるんですか!?立って!応戦を!』
だが、キリアはワタシの言う通りにしなかった。
痛いからなんだと言う。今すべきことは違うだろう。なんて使えないジンマーなのか。
こうなったらワタシが彼女と入れ替わり、あらゆる術式を開放して戦った方がマシだと思った。キリアの意識があるうちにこちらから強制的に制御を奪うと脳に少なからず影響が出るかもしれない。しかし、今はそんなこと言っていられる状況ではない。足音から察する気配は決して生易しいものではない筈だ。
(ここで優先すべきは、ワタシが生き残るための選択だ。使えないジンマーの精神体など後回しで構わない。この体を得るためにどれだけの時間を費やした思っている)
ワタシは身体の能力制限操作の項目を開いていった。【トランス】を使用する前に今まで構築していった能力を解放する必要があった。
そうして。
最低限、体が壊れてしまわない程度の魔法術式とスキルを選び、鍵の掛かった項目を解放していく。
しかし。
(なっ……いったいどうなって!?)
なぜか能力の解放ができなかった。
(自分が【
ワタシはそこでようやく【マジュラ】本体のステータスに目を向けた。そこには、一目で納得できるような異常な数値が見つかった。
(狙いはそこだったのか……)
【マジュラ】の本体である魔導機の魔素が、枯渇寸前になっていた。
どうやら、キリアがゴーレムの眼球に手を触れてから【マジュラ】の契約術式に干渉してきたあの一瞬で既に吸い尽くされてしまっていたようだ。
『まさかまだこんな機能を持っていたなんて。私が誘導した時には半分壊れてた癖に!』
ワタシは感情を吐き出すように言い放った。
キリアに聞かれていようが構うまい。
(してやられた)
まさか、ゴーレムが空気中の魔素を取り込む以外にこちらの魔素を吸収してくるなんて思ってもみなかった。
魔素をほぼ失った【マジュラ】ではキリアのステータスも見ることも叶わないのは当然だ。ましてや【トランス】なんて使えるはずもない。
そして、キリアが先ほどから訴えている胸の痛みの原因も正にそこにあった。
契約術式を介してキリアの体から【リーフ】を吸い取るようにして稼働している【マジュラ】本体は、今、正常値に戻るために急激にキリアからエネルギーを吸っているのだ。
『キリア、しっかりして下さい!!』
ワタシは何度もキリアに呼びかけ、立ち上がるように言った。
しかし、キリアは痛み耐えるばかりで動こうとしない。
このままではまずい。
ワタシはやむ無く、一時的に【マジュラ】への【リーフ】の供給を断つことを決めた。入れ替わって戦うこともできないワタシには、もうこれくらいしかできることはなかった。
キリアはその痛みが消えていくのを感じ、体を徐々に起こしていく。
(大丈夫。《ストレージ》で生成した魔素はまだ余裕があったはず。屋敷まで逃げるくらいどうってことない。………………いや、だったらどうして)
なぜ、キリアの魔素は【マジュラ】本体に流れ続けていた?【フェイクテクスチャー01】からの供給は不足した箇所へと集中的に流れ、全体に行き渡るようになっている。あれだけの量があれば本体だって枯渇なんてしないはずだ。
ということは。
(詰んだ)
ワタシは誰よりも先に敗北を悟った。
『手遅れだ。これに勝てる実力は今のキリアにはない……』
キリアがようやく立ち上がり、状況を把握するためにその周囲を見渡す最中。
ワタシはそれを含めて確証を得るとそう断言した。
「なに、この人たち……」
黒い影を見てたじろぐキリアにワタシは言った。
『人じゃない。人の、残り滓さ』
まさか。
形はどうあれ、他人から吸い取った魔素で100体以上も作り出すなんて。
「……残り滓って?どういうこと?」
『教えたところで意味はない。もうダメだ。お終いだよ』
人の姿をした黒い影ーーー《デノン・シャドウ》が武器を構え始める。
キリアはゴーレムに背中を押し当てるように後ずさった。
「なんだか、すごくヤバい状況なんですけど。ナビィ、ねえ、なんとかならないの!?」
『ない。何もない』
魔素もなければ、取れる手段すらない。
「ない、って。そんな。なに急に諦めてるのよ!」
うるさい。
『では、実際に戦ってみては?デノン・シャドウ相手にキリアがどれだけもつか』
「そ……れは……」
口籠るキリアにワタシは嘆息した。
瞬殺に決まってる。
あれはワタシが作り出すモノよりも遥かに強い。
戦争に使っていたようなゴーレムを地中から掘り起こすんじゃなかった。
ゴーレムの核の反応は屋敷にいた時からずっと感じていた。【マジュラ】本体の魔導機と製造方法が似ているのか、たまたま周波数が合った。キリアを唆し、森の境目まで来るとちょうど真下の地中に埋まっていることが分かった。
ワタシは絶叫しながらその場から離れていくキリアをよそに、ロエノシタンの化身にも相手をさせた《デノン・シャドウ》を生み出すと地面を掘ってゴーレムの元へと向かわせた。掘り進むと地下空間の洞窟に転がっていたゴーレムを見つけ、稼働に必要な魔素の生成と吸収ができる術式を一時的に外側から施し、眠っていた核へと干渉を始めた。砲撃術式全てが破壊され、残るのは自重を支える為だけの重力魔法のみだと分かった。ワタシが得られるものは何もなさそうだった。残念に思いながらも、当初の予定通りキリアの練習台にするため、ゴーレムを稼働させると標的の登録をしてその場からデノン・シャドウを消し去った。
さほど深く無い地下から出てきたゴーレムは移動中に両脚が壊れたのか下半身は接続用の端子しか残っていなかった。些かキリアの相手には不足かと思っていたが、実際には十分だった。
しかし、こんな事になるのなら、失くした足のように倒れた拍子に粉々に砕けてしまえばよかったのに。
と、本気そうで思った。
『残された選択肢は2つ。戦って死ぬか。黙って死ぬか』
「それ選択肢になってないわよ!」
『死に様を選ぶ選択肢としてはこれに限るかと』
「もう黙って。……本当に今日は散々だわ。全然、楽しくない。異世界に来てから、外に出る度に酷い目ばかり遭ってる気がするわ」
そんな愚痴を溢すキリアの元に一体のデノン・シャドウが凄まじい速さで駆けながら切り掛かってきた。
キリアはすぐさま【アジリティー】を使って素早く避ける。それを見て、攻撃を外したデノン・シャドウが二度三度と剣の形をした黒い影を振り下ろしていく。
『後ろから足音』
「えっ!?」
キリアはバックステップを踏みながらワタシの声に耳を傾けると、振り返り様に別のデノン・シャドウがいることに気が付き、咄嗟に横へ飛んだ。
キリアの息がどんどん上がっていった。
「ぁ、あれ、【アジリティー】が」
脚部を纏うように働いていた【アジリティー】の効力に違和感を覚えたようだ。
「なんで、さっきまですごく、調子が良かった、のに」
『魔素の枯渇。だから諦めるしかない』
【フェイクテクスチャー01】にあった魔素は、やはりあの時に全て吸い取られてしまっていたようだ。それに限らず、【コマンド】内全てもその筈だ。【マジュラ】を介して使用できる様になっている魔法なのだ。当然と言えば当然である。今実際にキリアが発動していた魔法は己自身の【リーフ】を使って行使したに過ぎない。エルフの“黄金の血”も一定以上の【リーフ】を纏わないと純然たる力を発揮しないようだ。やはりまだ精神と肉体の繋がりが未熟だったようである。
キリアは、魔法がうまく発動しないことを知るとデノン・シャドウを背に走り出した。
逃げるキリアの視界を眺めながら、ワタシはそう遠くない終わりの時を待った。
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