第21話 ステージ[森] エリア4 Boss《中編》
《ラデラマイト・クォーツ=ゴーレム》は、全長約12メートルの大きさを誇る人型の岩の塊だ。小さなドーム型の頭に不釣り合いなほど横幅のある大きな胴体は、ずんぐりとしたフォルムのせいでどこが腰に当たるのかいまいち分かりづらい。双肩から伸びる太い腕は、驚くほど短い脚を補うように地面に手を着いている。移動の際は松葉杖をつくように手と足を交互に動かし地響きを立てて向かってくる。移動速度も腕の振りも一見して遅く見えるが、実際に目の前を通り過ぎていくと侮れない速さで、尚且つその質量の破壊力は言わずもがなだ。
そんな相手を前に疲れているからと言って気を抜くことは一切許されなかった。
ナビィの指示はこうだった。
1つ。
倒れてへし折れた木を片っ端から【フェイクテクスチャー01】に納め、魔素を生成し貯めていく。
2つ。
【ショット】、または【ワイド】を使って牽制攻撃を常に行う。できれば、敵の関節部に向けて撃つ。
3つ。
腕を横薙ぎに振るうゴーレムの攻撃は【フロント・ウォール】を使って防ぐ。
4つ。
無茶をせず、以上の三つを繰り返ししていく。
5つ。
【フロント・ウォール】の行使に慣れてきたら、ナビィの新たな指示に従う。
以上の5つだった。
私はナビィの言う通りに片っ端から折れた木を回収して魔素の生成を優先的に行なっていった。
【テクスチャー・アイ】を使用し、最も注意すべき攻撃をしてくる太い腕をターゲットにセットし、接近してくる予兆がある時だけ振り向いて《ガード》をする。それ以外は【アジリティー】で早足に地面を駆けながら【ショット】をゴーレムの関節に向けて“ながら撃ち”していく。そして、すれ違う木っ端に手を触れていき更に回収する。
【フェイクテクスチャー01】で抽出された魔素の分配はナビィが裏で術式を新たに構築してくれているお陰で、息切れを起こさずに立ち回れた。特に【アジリティー】と【フロント・ウォール】に力を割いてくれているようだった。生存第一、ということだろう。
走って。
撃って。
防いで。
また走って。
繰り返し、繰り返し。
ゴーレムにダメージが通っている手応えは全くなかった。私には倒せる兆しがまるでイメージできなかった。
「………………?」
そうして進展しない攻防の中で、私の脳裏にある疑問が
体の疲れが全く感じられない。
運動不足を懸念していた私は、初めに戦った《ボロドファゴ》の時には息をするのもやっとだった。その後も、数回に渡り魔物に遭遇し戦って何度も魔法を使った。いくら余剰分の魔素を生成したとはいえ、私は今日初めて戦闘を経験し、魔法を連続使用している。
それで、なぜ今こんなに息も上がらず動けているのか。
脚も遠の昔に限界にきていたはずである。
それなのに、この無謀な相手を前にして今が一番体の調子が良い。
私はいったいどうしたというのだろうか?
そんな折り。
ゴーレムが腕を振り上げ、縦に腕を下ろし、地面を叩き割るように私に攻撃を仕掛けてきた。
私はそれを見て【ショット】を【キャプチャー】に変更すると、ゴーレムが振り下ろす反対の腕に向かって放った。重たい腕を地面に振り下ろすゴーレムはバランスを取るため、反対の腕を後方へと振った。その動きに合わせて私は引っ張られ、攻撃の回避に成功する。
『【リーフ】の循環率が…………。これがエルフの“黄金の血”ですか』
そして。
勢いで宙に放られる前に【キャプチャー】を解除し、地面を滑るように着地すると速度を殺さず迂回して背後へと回っていった。
(すごい。ぜんぜん動ける)
折れて倒れた木が行手を邪魔するが私は構わず突っ込んでいき、その全てを《ストレージ》に入れていった。そうして距離を詰めながらゴーレムの肩と胴の繋ぎ目に目掛けて【ショット】を連射していった。
ゴーレムはそんな私を小さな丸い頭にある赤い球体の目で絶えず捉えてきていた。身体を急いで反転させ、振り向き様に腕を横長に振ってくる。
だが、私の方が早かった。
「ナビィ!ありったけよ!力を回して!」
ゴーレムの軸となる足下に滑り込むと、その足下に向かって【フロント・ガード】を発動させた。
初めは、腕を振る攻撃を少しの間
「よしっ!」
巨体が。
ほんの数瞬、宙に浮いた。そして、轟音を立てて地面に倒れていく。
「ナビィ!チャンスは今しかないわよ!」
『無茶をしないように言ったはずですが』
前のめりになって言う私はナビィにそう言われてはっきりと首を横に振った。
「無茶なんてしてないわよ。できる予感がしたのよ」
『体の影響……記憶された感覚でしょうか……』
「分からないけど、今すごく調子良いのよ。って、そんなことよりほら、今しかないわよ!どうしたら倒せるの!」
私は土煙を立てて無様に転がったゴーレムを見て、ナビィにその方法を教えるよう催促する。私は決着をつけるには今しかないと思っていた。この機を逃すわけにはいかない。
すると、ナビィがやれやれといった口調で言ってきた。
『《ガード》も使い慣れてきたようですし。分かりました。では。倒れたゴーレムの上に乗り、肩関節に【フロント・ガード】を行使してください』
「それってもしかして」
『想像の通りです。【フロント・ガード】は起点座標固定型の具現化魔法です。それを傷付いた関節部に発動させればどうなるか』
「守るために使わないなんて乱暴ね」
『既に御自身でやっていたじゃないですか』
「それはそれよ」
私はすぐさま飛び乗り、肩関節の隙間に先ほどと同じように【フロント・ガード】を発動させた。すると、立ちあがろうと腕を動かしてジタバタしていたゴーレムの腕が真横に射出されたように弾け飛んでいった。
ゴーレムはバランスを崩し、また地面に伏した。そして、反対の腕も同じように盾が出現する勢いで胴から切り離すことに成功する。
「大きな胴体にこんな短い足じゃ、もう絶対に立ち上がれないわね」
私は倒れた塗り壁のようなゴーレムを横から眺めて言った。
こんな状態ではもう何もできない。
そうなれば、後はあの驚くべき破壊力を持った【ショット】のタメ撃ちをお見舞いしてお終いだ。
「余裕でチャージできるわね。まったく。よくも怖い思いをさせてくれたわね。全身全霊で吹き飛ばすわっ!」
そうして私は右手を翳して構えを取り、【ショット】を行使しようと準備に入った。しかし、そこへナビィが待ったを掛けてきた。
「どうしたのよ。私にはこれくらいしか強力な魔法はないわよ?もしかして、このまま放っておこうってつもりじゃないわよね」
『私がなんで関節を出来るだけ攻撃するように言ったのか。理由は他にもあるんです』
どういうこと?
と問うとナビィは淡々と告げてきた。
『ラデラマイト・クォーツとは魔素の伝導率が非常に高いことで知られています。が、一方で魔素の飽和性湾曲変動率も高いことで有名です。つまり、一定以上の魔素を通過させると力のベクトルを歪めて放出してしまうんです』
「てことは……うそ!?」
『放出系統の魔法を受けると跳ね返ってきます。それも四方八方に向けて飛び散るようにです。全力の【ショット】を放てば、あなた諸共ここら一帯が消し飛ぶでしょうね』
「それ早く言ってよね!」
調子に乗ってやっちゃうところだった……。
この森と心中するつもりは毛頭ない。
「でも、それならどうしたらいいの?やっぱり放っておくの?」
私がナビィに不安気に聞くと、ナビィはいいえとはっきり否定して言った。
『お忘れですか。お師匠様に証拠を見せるのでしょう?あのお方は魔法に関する研究を熱心にしているとお見受けします。ですから、骨董品ではありますが、このゴーレムの一部を持って帰るのが一番かと。認めてもらうことに加え、手土産にもなります』
「そっか!無断外出のお咎めを少しでも緩和させるには絶好ね!」
ナイスアイデアよ、と私はナビィに言うと早速お土産になりそうな部品を探していく。しかし、素手で取れそうな部品は中々見当たらなかった。
『ゴーレムの目が最適ですよ。腕を吹き飛ばした時のように、首の隙間に【フロント・ガード】を行使してみてください。そうすれば頭の裏側から眼球を取り出すことができます』
「なんだか、やけに詳しいわね?。もしかして、キリアの記憶にこれと戦った経験でもあったの?」
『まあ、そうですね、そんなところでしょうか』
「ふーん」
はっきりと答えないナビィに私は首を傾げつつ、ゴーレムの頭部のところまで歩いて近づいていくと、胴体とドーム型の頭の間に隙間がないか探した。
(なにが首よ……どこよ……)
そうしてぐるぐると見回して探していると、まだゴーレムの本体は生きているようで赤い球体の目がぎょろぎょろと私を追って見てきていた。
やり辛さを感じて、私は無意識にその目に触れて視界を塞ぎながら隙間を探していく。
おそらく。
それがいけなかったのかもしれない。
『これは……?まずいっ!キリア、離れて!』
ナビィが頭の中で切羽詰まった声を出す。
だが、もう遅かった。
「ーーーっ!!?……ぁぁあ、ゔっ……む、胸が……痛い」
心臓の辺りが急に激痛を訴え、私は胸を抑えるように蹲っていった。
『まずい、まずいですよ!!キリア、急いで!何してるんですか!?立って!応戦を!』
しかし、私はナビィの言うことを聞けなかった。
胸の痛みに耐えるのが精一杯だった。
『まさかまだこんな機能を持っていたなんて。私が誘導した時には半分壊れてた癖に!』
ナビィが何やら頭の中で言っているが、そんなことに構っている余裕はなかった。
まるで胸の中に手を突っ込まれて内臓を握りつぶされているような感覚だ。
『キリア、しっかりして下さい!!』
何度も何度も頭の中でその声が聞こえる。それと同時に先ほどまで静かだった周囲から足音が聞こえてきていた。落ち葉や枝、土を踏み締める音。それが数えきらないほど。
何かが来てる。
それは分かる。分かるのだが……。
(あ……れ……)
足音がやんだ?
いや、胸の痛みもだ。
『手遅れだ。これに勝てる実力は今のキリアにはない……』
突然止んだ胸の痛みと、聞こえてこなくなった足音に私はようやく立ち上がり、状況を把握するためにその周囲を見渡した。
「なに、この人たち……」
私は自分を囲む大勢の黒い影にたじろいだ。
『人じゃない。人の、残り
ナビィの諦めに満ちた言葉をもはや理解することはできなかった。
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