一話

ガラスというのは偉大だ。

窓一枚で、雨風がしのげる。凸レンズ一枚で、火がつけられる。

そして、伊達眼鏡のレンズ一枚は、視界から変なを消してくれる。

同級生の後ろ、ニコニコ笑うおばあちゃん。英語教師の首にめぐる植物の紋。疲れ気味の顧問の背後で蠢く影。用務員のおじさんから生えた二又の猫の尻尾。

何の変哲もないガラス一枚。

伊達眼鏡のレンズ、一枚。

それは、俺の視界をなものに変えてくれる。

しかし、反転させたものが更に反転。つまり元通りになってしまうらしい。

眼鏡をかけていても、ガラスや鏡に映っているモノとは、目があってしまうのだ。

例えば目の前のガラスに反射して映り込んで見えちゃった、俺の背後にいる地縛霊とか。


「という訳で、聖戸ひじりとさん。ヘルプです。」

『えー?大丈夫だろう。イッパシ君』

電話を通じて、女性の声が無気力な雰囲気を伝えてくる。

「……一橋いつはしです。」

えぇ?と、相手は大げさに驚いた。

『イッパシ、ケゲン君だろ?』

「………一橋いつはし結弦ゆづるです。このやりとり、もう何回してると思ってるんですか。」

カラカラと、向こう側で女性が笑った。

俺は窓ガラスから目を離さない。

いや、離せない。

もしここで視線を逸らしてしまったら……。

『イッパシ君は、きちんと反応してくれるから、楽しいんだよ。』

「迷惑ですよ。」

視て、しまって。バレて、しまったからには。

目を逸らしてはいけない。

ベッタベタにベタで、よくあるタイプだが、髪を振り乱した女性とばっちり目があってしまったのだ。

俺も窓を見つめながら電話をする、よくあるタイプの人間になった。

『イッパシ君なら祓えるでしょ。それこそ、拳なり蹴りなりで』

俺は言葉に詰まった。

確かに、その通りではあるが。

「女性、なので。」

『はいはい、レディには手を上げられませんってか。』

「そういうことです。」

しばらくの間、聖戸さんは考えていたが納得してくれたらしい。

ため息が一つ聞こえると、

『“お姉さん、お姉さん。君のお相手はその子じゃありませんよ。”』

その声に、窓ガラスからこちらを睨んでいた霊は、ふっと消えた。

ようやく息が楽になった。

また見えてはたまらない。俺は、窓から目を逸らした。

「助かりました。」

お礼を言うがそれどころではないらしい。

何かと揉み合う音。争う音。

ばきん。と荒っぽい音が、電話の向こうから聞こえて__。

それで、お終いになった。

聖戸さんの重いため息が響く。

「すいません」

『貸しにしとくよ。じゃあ、またね。』

「はい、それでは。」


ぶつッ、つー、つー、と。通話の途切れたスマホを仕舞い込む。

あぁ、ようやく終わっ___

振り返りざまに、俺は背後をた。

忍びよってきた黒い影が、一瞬で霧散する。

拳を握ったり、手を開いたらしながら、俺は首を回した。

「別に、女性レディじゃなきゃ問題ないんだよな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る