第16話 護衛騎士ジェイル

 イリアム様は、週に一度手紙を送ってくれた。


 手紙の到着は、彼の無事を表してもいて、手元に届くことで大きな安心感を与えてくれる。

 私は手紙が届く度に返事を書いて、木箱にしまった。イリアム様が帰って来たら、読んでもらおう。そう思いながらペンを走らせる。


 思いつくままに書いているので、文章はとても拙く突拍子もない内容になってしまう。前後の文脈なんてめちゃくちゃだわ。でもそれでもいい、ありのままを伝えたいから。


 私はイリアム様を想ってペンを動かし続けた。



◇◇◇


 イリアム様が居ない間、私は積極的に使用人のみんなと交流した。

 始まりは王家とイリアム様の利害の一致による結婚だけれど、せっかくラインザック家の一員となったのだもの。一日でも早くイリアム様の妻として認めて欲しくて、そして純粋に、同じ屋敷に暮らす者として仲良くなりたかった。


 公爵家の使用人たちはみんな優しく、イリアム様が選んだ人ならと私にとても良くしてくれた。あまりのもてなしにくすぐったくなることもしばしばで、ほわりと心が温かくなった。


 立派な公爵夫人への一歩として、スミスさんにマナー指導や公爵家の歴史や経理を教えてもらうようにもなった。

 スミスさんは忙しいので、毎日一時間。少しずつ気長に続けていきましょうと言って嫌な顔ひとつせずに私の教育に付き合ってくれている。学んだことは繰り返し復習し、気になることは本でも調べた。スミスさんは教えるのも上手で楽しく学ぶことができている。



 公爵家の屋敷は広く、立派な中庭がある。私は天気がいい日は中庭に出て散歩を楽しんだ。イリアム様が無事に戻ったら、一緒に季節の花を楽しみながらお話ししたいな…なんて思いながら。


 散歩に付き合ってくれるのは、もちろん、侍女のエブリンと護衛騎士のジェイル。

 離宮にいる頃からこの二人とはずっと一緒に居たから、実の兄妹のように仲が良い。


「ねぇ、ジェイル」

「なんだ?」


 私が名前を呼ぶと、ん?と首を傾げて要件を尋ねるジェイル。


 ジェイルは私の五つ年上。濃くて茶色い短髪に、同じく濃い茶色の瞳をしている。護衛騎士なので鍛えられた体躯をしているけれど、身長はそこまで高くはない。

 私に対しての砕けた言葉遣いは、エブリンが直そうと躍起になっていたものの、今では諦めたのか何も言わなくなった。私とジェイルが話している時は、何とも複雑そうな顔をしている。


「私の護衛騎士になってくれた日のことを覚えてる?」

「あ?忘れるわけねぇだろ」


 私の問いに即答するジェイル。言葉は荒いけれど、思いやりに満ちた優しい人だということは、長年一緒に過ごして来た私が一番よく知っている。


 ジェイルは幼い頃から魔力の扱いが不得手で、よく魔力の暴走を起こして倒れていた。

 騎士見習いだったジェイルは、魔力量こそずば抜けていたものの、王家の騎士として必要不可欠な魔力の制御ができなかった。魔力量が多いとその分扱いも難しく、魔力のコントロールにとても苦労していたらしい。


 魔力をうまく扱えないと、膨大な魔力は徐々に持ち主の身体を蝕んでしまう。ジェイルも例外ではなかった。


 私が七歳でジェイルが十二歳のことだった。

 ジェイルは騎士団所属の医師に長くは生きられないと言われ、騎士団見習いから雑務係への異動を命じられていた。


 偶然その場に居合わせた私は、歳の近い男の子が不条理にも大人たちに見捨てられ、先の見えない未来に恐怖する姿が見ていられなかった。とっさに自分の護衛騎士になって欲しいと嘆願した。

 出来損ない同士、傷の舐め合いでもするのかと姉にはなじられたけれど、普段わがままを言わない私が断固のとして引かなかったため、私の無茶な要望は認められた。



 それからというもの、ジェイルはいつも私を側で守ってくれている。エブリンと同じぐらい大事な人である。


「俺を救ってくれたのは姫さんだからな。俺はこの命尽きるまであんたに忠誠を誓ってるんだ」

「ジェイル…」


 真っ直ぐなジェイルの言葉が胸に沁みる。


 胸に手を当ててジェイルの言葉を噛み締めながら、私は確かめたかったことを話題にあげた。


「そういえば、離宮で暮らしてからかしら?あなたの魔力、随分と落ち着いたわよね?」

「ああ、そうなんだよな。成人を迎えられないと覚悟してたんだが、姫さんの側にいると不思議と魔力が落ち着くんだよ」


 ジェイルの膨大な魔力は、今日まで暴走する気配は見せていない。

 長くはないと言われてから、もう十年以上経つ。ジェイルは二十三歳になっていた。歳を重ねて魔力が安定して来たのかと思っていたけれど、もしかすると私の側にいたことが関係しているのかもしれない。


「離宮で魔力の暴走を起こした事例はなかったわよね?」

「そうだな、みんな健康そのものだったと思うぜ」


 私はイリアム様に出会うまで、魔力の暴走は稀有な事象であると信じ込んでいた。なぜなら、私の身の回りでそのようなことが起こっていなかったから。

 ジェイルについては魔力量が多く、彼も幼かったため、魔力を支える器が未成熟だったのだと考えていた。


 離宮には老若男女問わず色んな人がいた。魔力の大小もさまざまだったので、今考えてみると一人や二人魔力の暴走の危険に侵されてもおかしくはなかった。


「そう言われると不思議ですね。私もジェイルほどの魔力はありませんが、私の魔力はいつも南国の海のように穏やかですよ」

「あー分かる。すげー心地いいんだぜ」

「公爵家のみなさんも、ソフィア様がいらしてから魔力がいたく安定して落ち着くとお話しされているのを見かけました」


 考えに耽る私を挟んで、エブリンとジェイルが平穏な雰囲気で語り合っている。


 離宮で魔力の暴走事例がなかったこと。

 エブリンとジェイルの言う通り、魔力が凪いでいたということ。


 もしかすると、幼い頃から…或いは生まれた時から、私は魔力を抑える力を有していた――?


 無自覚ながらも誰かの役に立てていた事実は、私の心にじんわりと温かな熱をもたらした。

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