第15話 イリアムのいない日々
「……広いわ」
イリアム様が遠征に出てから早くも一週間が経過した。
私は毎朝自室の大きなベッドで目が覚める。私のベッドもイリアム様のものに負けず劣らず大きい。
嫁いだ日にイリアム様と眠った時は、そのまで広く感じなかったベッドも、今は寒々としており途方もなく広く感じる。
「ソフィア様、おはようございます」
ベッドから起き上がり、カーテンを開けて朝日を室内に取り入れていると、静かに扉がノックされてエブリンが顔を出した。
「おはよう、エブリン。今日もいい天気ね」
「はい。今日は中庭をお散歩しませんか?きっと気分も晴れますよ」
「ええ…そうね、ありがとう」
鏡の前に座ると、エブリンは「失礼します」と言って私の髪をとかしはじめる。
私は目を閉じてエブリンに身を任せる。目を閉じていると、どうしても物思いに耽ってしまい、私はまたイリアム様のことを考える。
イリアム様が出立してから、私は毎日彼の無事を祈っている。私との触れ合いにより、魔力が驚くほど凪いでいると言ってくれたイリアム様だけれど、その後変わりはないかしら?
イリアム様が不在の間、私は初代当主様の本を読み耽っていた。他にも、公爵家の書庫への立ち入りを許してもらい、この国の現状について知る努力をした。
本で得た知識によると、魔力は外的要因に大きく影響を受けるという。とりわけ負の感情に影響を受けやすく、人々の不安や恐怖、怒りといった感情が高まると、互いに干渉し合って魔力が暴走しやすいのだとか。手遅れになると、身体の内側から炎に焼かれたり、激しく放電して焼けこげたり、魔力の暴走によって惨たらしい死を迎える。
魔力の暴走による死者が多い地域は、恐らく負の感情に満ちているはず。
近年、作物の実りが悪く、農村を中心に貧窮した状況が続いているらしい。通常であれば、減税や食糧の支給など、国による施策が施されるはずなのに、どうやらこの国の王族たちに税を下げるつもりはないらしい。
離宮には王家を讃える書物ばかりが置かれており、『この国は富に溢れ、国民たちは豊かな暮らしをしている』と教え込まれてきた。
ところが離宮を出てから、私がいかに王家にとって都合のいいことしか教えられてこなかったかを知った。
国民たちが貧しい思いをして暮らしていること、魔力の暴走による死者がここ数年急増していること、王族たちは国民を顧みることなく私腹を肥やしているということ――
私は、何も知らずに鳥籠の中で呑気に暮らしてきた自分を恥じた。
「はい、いいですよ」
「わあ、ありがとう!エブリン」
エブリンの声にハッとして目を開けると、淡いブロンドの髪は緩く編み込まれながら後頭部でまとめられていた。鮮やかな赤いリボンが一緒に編み込まれており、少しでも私が明るく過ごせるようにというエブリンの優しさを感じる。
身支度を整えて朝食のために広間へ向かうと、にこやかな顔をしたスミスさんが近づいてきた。イリアム様の執事で、困ったことがあればなんでも教えてくれる頼れる人だ。
「ソフィア様、こちらを」
「なあに?これは…手紙?も、もしかしてっ」
差し出されたのは一通の封筒。慌てて差出人を確認すると、少し斜めに傾いた癖のある字で『イリアム』と書かれていた。宛名には私の名前が書かれている。
「あ、開けてもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
逸る気持ちを抑えながら、スミスさんに許可を取ると、丁寧に封筒の封を切った。
手紙にはまず、私の身を案じる言葉が並んでおり、続いて遠征の内容について簡単に記されていた。そして最後に、『俺は無事だ。元気に過ごしている。ソフィアの力が俺を守ってくれているのだろうな。必ず無事に帰るから待っていてくれ』と記されていた。
忙しい中、急いで書いてくれたんだ……
走り書きのような疾走感のある文字で、そこまでして手紙を
私は三度手紙を読み返してから大事に封筒に戻すと、ぎゅっと封筒を胸に押し当てた。
「あの…こちらからお手紙をお届けするのは、難しいでしょうか?」
「ええ…いつどこの視察に向かうかは伏せられておりますので…こちらからの便りを届けることは叶わないのです」
私の申し出に対して、スミスさんが悲しそうに眉間に皺を寄せて首を振った。その返事にしょんぼりと肩を落としていると、スミスさんは優しく諭すように声をかけてくれる。
「イリアム様が無事にお戻りになったら、ソフィア様からのお手紙をお渡ししましょう。ですので、ソフィア様さえよろしければ、この手紙に対するお返事を書いてあげてください」
スミスさんの提案でパァッと視界が開けたように感じた。
そうだわ、今のこの気持ちを手紙に残そう。
どれほど嬉しくて、幸せで、でも心配で…色んな感情が渋滞しているけれど、今感じていることを書こう。
誰かに手紙を書くなんて初めてでドキドキする。
イリアム様は喜んでくれるかしら?いや、きっと喜んでくれるわ。彼ならいつもの優しい眼差しで手紙を読んでくれる。
「ありがとう!スミスさんっ!私、早速手紙を書いて来ますっ!」
「え、ちょっと…今からですかっ!?」
私は居ても立っても居られずに、スミスさんに頭を下げると自室へと駆けた。
慌ててついてきたエブリンに、『廊下は走らない』『朝食はしっかり取れ』とこっぴどく叱られてしまったのは言うまでもない。
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