第11話 第二王女(ガーネット目線)
「なんですってぇ!?」
ガッシャーン!!
「ひぃっ!」
王城の一室。特に豪奢なこの部屋は第二王女である私、ガーネット・ルイ・マルセイユの自室。一級の調度品、華やかな花、数えきれないほど豪華なドレスが収納されたウォークインクローゼット、お茶もお菓子も最高級品が揃えられたお気に入りの空間。
至福のアフタヌーンティータイムに王城の侍女から何気なく伝えられた内容に、私は憤怒した。
「もう一度言ってごらんなさい」
「ひっ、は、はい…その…ら、ラインザック公爵様が先日ご結婚をされたそうで…」
「はぁぁ!?!?どこのどいつとよ!!」
ガラガラガラッ!とテーブルの上のお菓子や皿を怒りのままにひっくり返す。侍女はすっかり萎縮してガタガタ震えているけれど、知ったことではない。私のお気に入りで自分の伴侶にと望んでいたイリアムが、他の女と結婚したという青天の霹靂とも言える報告に怒りが収まらない。
「そ、その………ソフィア様…でございます」
「ソフィアぁ?誰よその女」
ソフィア、ソフィア…
高位貴族の中にそんな名前の女はいたかしら?
見当もつかない私に、侍女は目に涙を浮かべながら、消え入りそうな声で答えた。
「離宮の……第三王女様でございます…」
「はあ?第三王女ぉ?…………ああ、あの子。ふぅん、まだ生きていたの。出来損ないの愚図の存在なんてすっかり忘れてたわ。あんな落ちこぼれと血が繋がっているだなんて、考えただけでもゾッとするもの。この国では魔力の強さが第一なのに、魔力がないなんて平民以下のゴミ屑よ。ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」
「はっ、はひっ!」
「それで、なんでそんな愚図がイリアムと結婚だなんてことになるのかしら?」
「そ、その…私も詳しくは…国王陛下が直々に手続きをされたとか…」
「お父様が?ふぅん、まあいいわ。あなたに聞いても埒が開かない。お父様のところへ行ってくるわ」
「ああっ!国王陛下は今、大切な会議のお時間で…」
バサリと自慢の真っ赤な髪をかき上げて、カツカツと高いヒールを鳴らしながら扉に向かった私を、無礼にも侍女が引き留めようとした。
ボウっ!
「きゃぁぁぁっ!」
「誰に向かって口を聞いているの?私の話より重要な会議があると思って?いいからあなたは部屋を片付けておきなさい。かけら一つでも残していたら許さないから」
突然燃えた服を慌てて叩いて火を消そうとしている侍女に言い残すと、私はお父様の元へと向かった。
◇◇◇
「お父様っ!どういうことですの!?」
「ん?おお、ガーネットか。今は会議中じゃぞ」
「私の話より大切な決め事などあるのですか?」
「ふむぅ、それもそうじゃの…してどうかしたのか?怖い顔をして、いつもの可愛い顔が台無しじゃぞ?」
王城の会議室。ぐるりと円形に並んだテーブルの上座に鎮座するのがこの国の王であるお父様。周りを囲むのは家臣の大臣達。
ふぅん、財務大臣が立ち上がっているところを見ると、財務に関する会議をしていたようね。まあ、お小遣いさえ減らさないでくれれば私には関係ないわ。
呆気に取られる大臣達を無視して、私はお父様の前まで詰め寄った。
「ええと…あの侍女の名前、なんだったかしら。まあいいわ、とりあえず侍女に聞いたのよ!イリアムがあのソフィアと結婚したというのは本当なんですの?!」
「ああ、そのことか。間違い無いぞ」
顎を撫でながら満足げに答えるお父様に、私は愕然とした。
「どうしてですのっ!あれほど…あれほどイリアムが欲しいとお伝えしていたではありませんか!」
怒りのあまり声が震える。
私はイリアムが魔法騎士団の団長になった時から目をつけていたのよ!?公爵家であれば王女の伴侶としても許されるもの。それなのに、それを存在することすら忘れていた妹とも思いたく無い女に掻っ攫われたなんて!
お父様の目に映る私の真っ赤な瞳は怒りに燃えていた。
「ううむ…ガーネットや。ここは溜飲を下げとくれ。いついい縁談がくるか分からないあれを欲しいと言ってくれたのだ。しかもこの国一の魔法の使い手がのう。厄介払いにはこれ以上ないほどの好条件じゃった。離宮の管理も不要になるし、あれにかかる予算も不要になる。おおそうじゃ、その分小遣いを増やしてやろう。それに、ガーネットにはもっといい男が現れるじゃろうて。じゃから…」
「いやよっ!!!イリアムじゃなきゃ嫌っ!!」
「が、ガーネット…」
「お父様なんて知らないわ!絶対イリアムを手に入れてみせるんだからっ」
私は叫ぶだけ叫ぶと、会議室を出て思い切り扉を閉めてやった。
お父様があの愚図を厄介払いしたかったのは、まあ理解できるわ。でも、問題はイリアムよ。
「イリアムがあの愚図を欲しいと言った、ですって…?どうしてなの…私の求婚はのらりくらりとかわし続けていた癖に…!」
体調を崩してここ一年は療養に努めていると聞いていたのに、この私に断りも入れずに急に結婚しただなんて許せない。本当に体調不良だったのかも怪しいわね…そうだわ、この一年離宮に通って密かに関係を重ねてきたのね。なんの取り柄もないあの愚図のことだもの、卑しく身体を使って誘惑したのかもしれないわ。それなら突然の結婚にも説明がつくというものね。
私はギリギリと爪を噛みながら長い廊下を闊歩した。私を目にした使用人達は慌てた様子で壁に背をつき深々と頭を下げる。その様子を見て少し気分が落ち着いていった。
私はこの国の気高き王女。魔力も強く、選ばれた人間。
国民達は王族のためにあるのだから、私が右を向けと言ったら皆右を向かねばならない。そうよ、欲しいものだってなんでも手に入れてきたのに!
「…ふん、いいわ。悪い子にはお仕置きをしなくちゃね」
私はとあることを思いつき、笑みを浮かべると、自室に向かっていた足を騎士団の訓練場へと向けた。
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