第24話 今後
「さて、じゃあアタシは帰るぞ」
「忙しない。一杯飲んでいけばいいのに」
「しょーがねぇだろ、最近忙しいんだよ! また非番の日に来るわ!」
そう言うと返事も待たずにピースはバーを出て行った。
彼女は大の酒好きで、就業中でも躊躇いなく飲酒する。
そんな彼女がすぐにバーを出ていくという事はよほど仕事が多いのだろう。
「明日は雨だな」
「違いない」
「…………」
「とりあえず、再会を祝して乾杯でもするか。一番高い酒くれ」
「ちょっと! 私に払わせようとしてますか!?」
「ダメか?」
「当たり前じゃないですか! バンダさんからもらったお金ですけど、そういうくだらない事には使いません!」
「最低」
二人の反応にバンダは楽しそうに笑った。
グリムはほんの僅かに口角を上げながら二人の飲み物を用意した。ニコにはジュース、バンダには透明な液体だ。
「おいこれ、水……」
「乾杯」
「かんぱーい!」
「水はねえだろ水は……」
ぶつぶつと文句を言っていたが、ツケてもらっている立場や自分より年下なのに飯代を出してくれた少女が相手なので、二人に睨まれるとすぐに黙った。
ニコはおいしいおいしいとすぐにジュースを飲み干した。グリムはおかわりをすぐに注ぎ、小腹がすいてないかと尋ねてすぐに料理を作り始めた。
「どうだった、ASSFに保護してもらってた生活は」
「いい方ばかりでした。ご飯も美味しかったですし、あんなふかふかの布団で寝たのは初めてです」
「そりゃよかったな。お前の体については何か分かったか?」
「それが……私のような実験体は前例も何も無いらしく、辛うじて『ドラゴンの細胞が移植されている』ことは分かったみたいです」
「はああぁ!? ……信じがたいが、それならその身体能力にも納得がいく。でもなぁ……俺はそういうの一切分からねえけどよ、可能なのか?」
「もっと詳しく聞きたい」
それからニコはASSFの施設で教えてもらった事や自身の事について話し始めた。
一般的な常識やニコが知らなかった事、気になっていた事など。ASSFの隊員達は忙しいようで中々マンツーマンで勉強を見てもらえるという事は無かったが、本を自由に読ませて貰ってそれで勉強したこと。
自身の体にドラゴンの細胞が移植されているが、力を十全に引き出せているわけではない事。
そのためかDNA自体に変化が起きており、遺伝子検査でも身元の確認は不可能だったらしく、新しく住人登録が行われたらしい。
「道理で頑丈な上に力も強いわけだ。犬や王を前にして平常を保ててたのはそれも関係してるのかもな」
「だと思います」
「食欲も?」
ニコの前に大盛りのオムライスが置かれる。小腹を満たす量ではない。
だが本人はその量に全く文句は無いようで、おいしそうにそれを食べ始めた。
「だが……いや、まあいいか」
「何?」
「……正直、あの研究施設は立派なもんだったが、ドラゴンの細胞移植なんていう大規模な実験を行えるとは思えねえんだよな。そういう事に詳しいわけじゃねえからなんとも言えねえけどよ」
「んぐ……それは、ピースさん達も言ってましたよ。どうやら私達が壊滅させた少し前に、職員が一人失踪したみたいなんです。その人はずば抜けて優秀だった人らしく、いくつかの資料も無くなってる事から失踪したんじゃんくて自ら姿を消したんじゃないかって」
「……気を付けた方がいいかもな」
「だね」
「へ? なんででふか?」
僅かに険しい顔を見せたバンダとグリム。
ニコはあまり気にしていなかったようで、頬を膨らませたまま首を傾げた。
「合法か違法かを考えなかったら、ドラゴンの細胞移植なんかとんでもねえことに決まってる。普通拒否反応やらで死ぬだろうからな。お前はヘタしたら世界に一人だけの超貴重なサンプルだぞ」
「私凄いんですね」
「軽く言ってんじゃねえ! それに、そもそもドラゴンの細胞ってのが尋常じゃなく希少だ。そんなもん手に入れられるってことはめちゃくちゃでかいバックが付いてるかもな」
「国家レベルかも」
「……どうでもいいか。今する話じゃねえや。俺にもなんかつまみと酒くれ。さっきの分で足りるだろ?」
「カス」
少し考えるそぶりを見せてから、バンダは急に話をやめた。
考えてもしょうがないと思ったのか、この場でそんな話をしたくないと思ったのか。
元々の面倒ごとが嫌いな性格も関係しているだろう。
だが彼の表情はそれ以上に、再会の嬉しさを曇らせたくない風であった。
「ニコ、お前これからどうするつもりだ?」
「へ? それは当然、バンダさんについていこうかと」
「ダメだ。というか、無理なんだよ。エリアJでの運搬業ってのは特殊な資格が必要になる」
「そうなんですか?」
「特殊な土地だからな。だから、俺と共に仕事がしたいなら手段は2つある」
ぴん、とニコの目の前に指が二本立てられる。
「ひとつは探索者登録をして探索者になること。探索者が何か分かるか?」
「勉強しましたから。人類生存圏から出て、指定された生物や素材の確保納品で生計を立てる人の総称ですよね?」
「そうだ。他にも護衛や行方不明者の探索など……早い話がエリアJの何でも屋だな。非常に危険だが一攫千金も狙える仕事だ」
指がひとつ折られる。
「もうひとつは、開拓者として資格を取る事」
「開拓者は、探索者の範囲に入らない人たちですよね?」
「まさに俺みたいなポーターや、トウキョウエリア周辺の開拓村に居る奴はこれに該当するな。戦闘能力が求められることは共通しているが、仕事内容に戦闘が含まれることはほぼ無い」
「どっちがいいかとかはよく分かってないですけど、バンダさん的にはどっちがいいんですか?」
「……お前が決めろ」
「え?」
そのまま指がニコに向けられる。
「お前が俺と働きたいってのは別にいいが、数年後も俺と仕事してるかは分からねえし、お前はこれから一人の人間としてエリアJで生きていくんだ。自分の為に自分で決めろ」
「…………少し考えさせてください」
「時間は一杯あるだろ、ちゃんと悩めよ。学校に行くってのもアリだしな」
「興味ありません」
バッサリと切り捨てたニコにバンダは笑みを見せた。
バンダに依存しているように見えたが、そうではなくあくまで自身の意思は貫き、その上でついていくのが一番自分の為になると考えている。
こいつは強い人間になるだろうな。
酒をあおりながらそう思った。
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