第23話 再会

「しかしよお、今回は事が事だから見逃すが、次似たようなことやってみろ」

「分かってるよ」

「豚箱じゃ済まない可能性もあるからな」

「……肝に銘じとくよ」


 ひらひらと手を振りながらバンダは歩き始めた。

 ニコはこれまでと同じようにその後ろに付いていこうとして、ピースに止められた。


「ちょっと、どいてください」

「そりゃあ出来ねえんだ、嬢ちゃん」

「……え?」

「成り行きで俺が保護してたが、お前は本来ちゃんとした機関に身柄を保護されるべきなんだよ。どんな実験をされたか俺には分からねえし、これから先副作用が出る可能性もある」

「…………」

「ASSFは複数の国が出資して運営されてる機関だ。不正は絶対にあり得ない。良くして貰えるだろう」

「私はっ、バンダさんに助けてもらったんです!」

「そういう話じゃねえんだ。別に意地悪言ってるわけじゃなく、お前の身を案じてるからだ」


 話している間、バンダは一切振り向かなかった。

 たった数日とは言えども、怯えて縮こまっている所を助け、身の上を聞き、生死を共にした。

 情が湧かないはずは無かった。

 ニコが自身を信頼してくれていることも感じていた。

 しかし、そのままではきっと彼女の為にならない。

 体をちゃんと検査してもらった方が良いというのも本心だ。

 何か起きた時、自分では何とかしきれないと思ったから。

 ニコは今日何度目かも分からない涙を流していた。


「いや、いやでず!」

「……ピース、約束頼んだぞ」

「任せとけ」


 後ろ髪を引かれる思いだったが、バンダは歩き出した。


「またいつか会えたら、恩返しに飯でも奢ってくれや」


 後ろではピースと隊員たちが数人がかりでニコを押さえつけていた。

 一度も振り返らず、バンダはその場を後にした。


 □■□


「あー、暇だな」

「仕事したら?」

「気分じゃねえ」


 それから1か月。

 バンダはグリムのバーと自宅を行き来する生活を送っていた。

 腕はうっすらと傷が残る程度で、完全に治っている。


「情けない男」

「……うるせえ」


 誰かとキャンプをしたり面倒を見るような生活は無縁だった。

 それ故か、言い様のない喪失感のようなものから中々立ち直れずにいた。

 仕事のモチベーションが上がらない程度のものではあるが、初めての経験だからかそれを上手く処理できずにいる。


「最後に撫でたかった」

「……おめえも未練がましいじゃねえか」

「うるさい」


 バンダとグリム、二人のため息が揃う。

 静まり返ったバーの中にカランとドアベルの音が鳴った。

 だらだらと長居する気も無かったバンダはそれを合図に立ち上がる。


「ツケといてくれ」

「なんでお金持ってないの?」

「聞くなって言っただろ」


 その時、ばしっ、とカウンターに手が叩きつけられた。

 その下には十二分に足る金額が置いてある。


「おいおい、何処の誰だか知らねえが――」


 振り向いたバンダの動きが止まった。

 そこには機嫌の悪そうな顔で立つニコと、笑いを堪えているピースが立っていた。


「私が払います」

「……え? お前、なんでここに?」


 言い切る前にニコは横の椅子にどっかりと座った。

 立ちかけのままのバンダの椅子をニコがぺちぺちと叩く。

 座れ、ということだろう。

 困惑しているままゆっくりと腰を下ろす。

 ピースは立ったままだ。

 珍しく、表情を表に出さないグリムも目をぱちくりとさせている。


「久しぶりですね」

「あ、ああ、そうだな」

「なにか言う事があるんじゃないですか?」

「……元気だったか?」

「違いますよね!?」


 ニコが両手を台に叩きつけた。


「私はあの時、バンダさんがあのまま連れて行ってくれると信じてたんです!」

「んなこと言っても、俺も色々考えてだな……」

「……今は分かってます。私の事を考えてああしてくれたのも、お金の大半を私に贈ってくれたのも、感謝はしてるんです」


 バンダが咄嗟にピースに目を向けると、ピースはすぐに目を逸らした。

 今回手に入れた金額の大半をニコに渡すようにピースに頼んでいたのだ。彼女がやりたい事の為に使えるようにと。

 誰が渡したか、どこからその金を手に入れたかすら分からない様にしてくれとも伝えていたはず。

 それを本人が知っているという事はピースが伝えた以外に考えられなかった。


「ピースさんを責めないでください。気になった私が問い詰めたんです」

「すまんな!」

「はぁ……餞別のつもりだったんだが」

「餞別なんかいりません! 私はもうバンダさんの弟子ですから! ついていきます!」


 堂々と放たれたその言葉にバンダは大きく目を見開いた。

 こんな自分を頼ってくれている、慕ってくれているという事をはっきり口にされて素直に嬉しいと感じていた。

 そして、かつての自分と師匠のことを思い出していた。

 師匠もこんな気持ちだったのだろうか、と。


「……ロクなことにはならねーぞ」

「いいんです。私がこうしたいと思ってるんですから」

「はははッ、言うようになったじゃねえか!」


 ニコの頭にぽんと手を置いた。

 ニコは嬉しそうに目を細めて笑っていた。

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