第29話 休息を終えて

 「ご馳走様でした」


 「いえ、これくらいでよろしければ!」


 「また、来てね。お兄ちゃん達!!」


 「おう!」


 メイデン家を俺たちは食事を終え、帰路にたった。

 飯は上手く、腹も今までにないくらいに満たされている。

 明日から今まで以上に戦える感じがする。

 活力が湧いてくるとはこういう事を言うのだろう。


 「美味かったな」


 「ああ、あれならいくらでも食えそうだよ」


 「そうだな」


 ふと、声が聞こえてきた。

 遠いがシンスの街にその声が響いているのが伝わる。

 シンスなら誰しも知っているヴィセル・ソングラスの声。


 「シンスの歌姫が歌ってるな。

 見にいこうぜ!」


 「今からか?」


 「当たり前だろ! ほら行くぞ!」


 「うん」


 体は疲れてるし、明日もダンジョンに潜って戦いが待ってる。

 だが、こう言う日も悪くない。

 飯を食って、歌を聞いて、心も体も癒されていく一日。


 「すげぇ、やってるやってる!」


 広場は既に超満員。

 土で作られた舞台で歌姫が自らの魔法で大きくした音を響かせ、それをテヴァットのブックマンが景色に色を加えていく。

 演出家の腕だろうか、土の舞台は鮮やかに彩られ、そこだけ別の世界が広がっているように感じた。

 ただ、演出家だけではなく、歌姫の歌による影響もかなりあるだろう。

 全てのシンス達を讃え、鼓舞するような歌。

 頑張れと背中を叩かれるような力強い歌の中に感じる安らぎ。


 「来てよかったよ」


 「だろ!」


 心が落ち着く。

 日頃の戦いとのギャップがあるからか酷く今は安心する。

 ふと、腰にあるノアを握りたくなった。

 心強くも、そいつは常に俺のそばにいる。

 ドッグとは違う形のもう一つの相棒。

 

 「行こう」


 歌が終わる。

 会場中が拍手と喝采で鳴り響く。

 

 「おう、明日の準備をしないとな」


 武器と防具の手入れ。

 明日からもまた、戦い。

 今日の一時の休息は俺たちを強くしてくれるだろう。

 それだけ、今は気分がよかった。


 

 武器の手入れを終え、眠りに着こうとした時、また地面が揺れた。

 ダンジョン内で感じた揺れよりかは大きくはない。


 「多いな、地震」


 「な、大人しく眠らせてほしいもんだ」


 しかし、しばらくしたら地震の事など気にも止めずに微睡が意識を奪っていく。


 その消えていく意識の中で頭の中で一つの言葉が打ち出される。

 

 『戦いに備えろ……』



***


 「お、果物発見」


 今日も俺たちは十四層にいた。

 そこで、木に実っていた赤色の実を手に取り、腰を下ろした。

 “甘水の実”と呼ばれる、その実は名前の通り、かじると甘い蜜が口の中に溢れ出す。

 疲れた体に生気が戻ってくるような感覚。


 「今日も順調だな」


 「そうだな」


 ナイトもキャスターも順調に倒し、バッグの中にはそれなりに魔石が集まっている。

 魔力量もまだ余裕があるからこのまま続けていても問題ないだろう。

 

 「……おっと、なんかいるな」


 木の影に一瞬見えた黒い影。

 他にモンスターは見当たらない。


 「アサシン辺りか?」


 「だろうな」


 ただ、殺しに来てるならこのまま待てばあっちから勝手に来るだろうが斥候部隊の場合、シャドウ達の本部隊がくる可能性がある。


 「行くぞ」


 「おう。牽制かけるぞ」


 「山火事にはするなよ」


 「するかよ!」


 放たれた火弾が曲がり、木の裏にいると思われるシャドウアサシンに向かっていく。

 それに気づいき、木の上からアサシンが落ち、地面に着地。

 

 「ふっ!」


 その着地して、動きが止まった瞬間を狙って胴体を切り伏せた。

 目の前のモンスターは倒したが気を抜かずに周りを見渡してみるがやはり、この一体のみ。

 少なからず、俺の視界には他のモンスターは入らなかった。

 音も自然の音以外は特にしない。


 「一体だけか?」


 「ああ、多分な」


 ドッグの表情からも他にモンスターはいないようだ。

 これなら大丈夫だと、警戒を解き、ナイフを納めた。


 「お! 珍しいアイテムだ」


 “影結晶えいけっしょう”と呼ばれるシャドウ種が稀に落とすアイテム。

 それなりの硬度を持っているが何分、一体につき少量しか落とさないせいで武器への加工は難しいらしい。

 実際に今目の前にある影結晶も掌の半分にも満たない大きさだ。


 「順調に集まれば良いものができる和だけどな。この鉱石自体、軽いし防具にも武器にもなるから」


 「気長にやるさ」


 「それもそうだな……ッ!」


 ドッグが俺の後ろに向けて、熱線を放つ。

 それを見て、すぐさま俺はナイフを手に取った。

 足元に弓矢で落ちる。


 「アーチャーか……」


 「めんどくせぇな」


 打ってきた方角には奴はもういないだろう。

 距離もわからないのに走り出すのは愚策。

 今は防御に徹するのがセオリー。


 「……!」


 振り返った瞬間にたまたま弓矢が視界に入り、それをナイフで撃ち落とす。


 セオリーだが、このままではジリ貧だ。

 だが、まだ、敵の数もわからない。

 

 「くるぞ!」


 三方向からほぼ同時に弓矢が飛んでくる。

 それを打ち落とすが今ので三体いる事が予想できるが隠れている奴がいる可能性もある。


 「何体いやがんだ!」


 しかし、お互い攻め手にかける。

 どちらかがリスクを承知の上で攻めるしかないがアーチャー達は一本から三本、四本の間で攻撃し続けて来た。


 「はぁはぁ……」


 奴らの弓矢は魔力で構築されたモノ。

 シャドウ種である以上は魔力切れイコール死である事は変わらないはず。

 何を狙ってる……。


 ガシャガシャ……。


 鎧が擦り切れるような音。

 ナイトかと思ったがそれよりも遥かに強いオーラをそいつから感じた。


 「クソ……頭良くなって来てるよな」


 アーチャー達はコイツが俺たちの元に到着するのを待っていた。

 シャドウナイトの変異種。

 ナイトよりも武骨い鎧と剣を持つモンスター。

 

 「……シャドウジェネラル」

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