金曜日のひみつ倶楽部

戸塚由絵

器に雨

 僕は高橋についてあまりよく知らない。彼女の口から聞いたことがあるのは映画が好きなことと映画監督になりたいことの二つくらいで、髪型と雨傘がころころ変わるからおしゃれが好きなんだとか、よく読んでいるから純愛ものの少女漫画が好きなんだとか、そういうのは彼女の普段の行動から読み取って推察しただけだから当たっているかもしれないし、ほんとうは違うのかもしれない。


 毎週金曜日に高橋から役を与えられて、それを一週間演じる。それがお互いをよく知らない僕たちのひみつの関係だった。

 今週高橋から与えられた役は『数年ぶりに再会した幼馴染』。


 数年ぶりの再会だったら、気まずくて初対面みたいに接するか、逆に昔と変わらないまま親しく接するか、最初は全く覚えてなくて後から思い出すか。高橋が指定しなければいろんなパターンを考えてから自分で決める。僕が自分の意思で決めることなんてこのくらいしかないのかもしれない。

 幼馴染だったら小雨ちゃんって呼ぶのが自然かな? いや、もっと親しげにさめちゃんとか? 考えて、小雨ってあだ名が付けにくい名前だったんだなと今更気づく。やっぱり小雨ちゃんにしよう。

 見たことのない幼少期の小雨ちゃんを想像しながら、僕は数年ぶりに再会した幼馴染になる。



 体育の授業中、体育館の隅に座っている小雨ちゃんを見つけた。隣に座ると、小雨ちゃんは僕の方をちらりと見てすぐに視線を前に戻す。体育館にはバドミントンをするクラスメイトたちのはしゃぐ声が響いている。

「小雨ちゃんは相変わらず運動が苦手なんだね」

 懐かしむような声が自然と口から流れて、僕は幼馴染の顔で微笑む。

 小雨ちゃんが「そうだよ」と頷くと高い位置で結んだポニーテールがゆらりと揺れた。

「あの頃より髪伸びたね」

 その毛先を指で追いかけると、小雨ちゃんがちいさく笑った。



 金曜日の放課後、ここで僕は『数年ぶりに再会した幼馴染』から空っぽの遠方おちかたみことに戻って、それと同時に小雨ちゃんは高橋に戻る。

 今日は新しくできたカフェのテラス席で来週の月曜日から演じる役を決めることにした。カフェやファミレスなど毎週場所をころころ変える僕らは毎週同じように向かい合っている。

 今日の僕はブレンドコーヒーを、高橋はキャラメルラテを選んだ。高橋はよく甘いものを口にするから甘いものが好きなんだと僕は勝手に思っている。


「次は失恋した男友達ね」

「……失恋?」

 失恋。全然わからない。恋人のときも難しかったけど失恋はそれ以上に難しいような気がした。キャラメルラテを飲む高橋が僕の顔を見て楽しそうに微笑む。

 失恋したら、名前の呼び捨てから急に苗字呼びに変えたりするのかな。いや、それはわざとらしいか。

 目の前の高橋が徐々に片思い相手の高橋に変わり始める。まだ高橋のことが好きな僕はどうにかして振り向かせようとするのかな。それとも諦めて悲しい顔で男友達に収まるのかな。

 失恋した男友達の輪郭が浮かび上がっていくのと同時に胸の奥がじわじわと痛み始める。これが失恋の痛みなんだろうか。

 それは僕にはわからないけど、『失恋した男友達』であるオレにはわかる痛みだった。

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