78.大勝利!!

(ひ、姫様……)


 マサルト王国ゴードン歩兵団長とアンナの三度目となる対面は、王城修復中のため仮の謁見の間で行われた。

 ゴードン並びに上官であるゲルガー軍団長は大きく崩れた王城を見て驚きを隠せない。一体何があったのか、そんな疑問を持ちながらゲルガーが膝をつきアンナに謝罪する。



「アンナ様。この度の我が軍の失態、誠にお詫び申し上げます」


 そう言って国王から預かった謝罪の書面を近くの兵に手渡す。兵からその書面を受け取ったアンナがそれを読み、ゲルガーに言う。



「同盟を結んだ我が国に対する攻撃、それはそこのゴードン個人の仕業ということですか」


 ゲルガーが頭を下げ答える。


「はっ!! 我々も存ぜぬところでこやつめが勝手に兵を動かし……」



「黙れ!! それは宣戦布告と言う意味だぞ、分かっているのか!!!」


 周りにいた大臣がゲルガーに向かって一喝する。ゲルガーが脂汗を流しながら答える。



「はっ、誠にその通りでございます!! 故に我等はご要望の通りこの男を差し出す次第でございます!! すでにすべての役職をはく奪。煮るなり焼くなり好きにして頂きとうございます!!!」


 皆の前でそう大声で言うゲルガーを横に、ゴードンはひとりある男を探してきょろきょろしていた。



(いない? どこにもいないぞ……、なぜだ、どこにいるんだ、エルグ殿……)


 ゴードンは自分を今回の作戦に引っ張り出したこのネガーベル軍最高責任者の顔を探した。アンナがゴードンに尋ねる。



「あなたはなぜネガーベルに攻め込んだのでしょうか?」


「……」


 無言となるゴードン。



(今、無暗に喋るのはよくない!! 下手に喋ったら命とりだ。エルグ殿が来るまでの辛抱……)


 何も話さないゴードンにアンナの隣にいた侍女のリリーが冷たく言う。



「そうですか、何も仰らないのですか。せっかく弁明の機会を与えたのに残念です……」


 ゴードンが顔を上げ、悪くなった流れに汗を流す。リリーが言う。



「では我が国へ攻め込んだ責任を取ってにしましょう」



(えっ!?)


 ゴードンの行ったことを考えればそれは当然の判断である。

 同盟国に、私情を理由に軍を率いて勝手に攻め込んだ。しかも狙ったのはその相手の国の姫。今は国王代理である云わば国のトップ。ゴードンは今更ながら自分が犯した罪の深さを思い知った。



「い、いや、私は……」


 そこまで言って言葉を飲み込む。

 エルグには今件は内密にして欲しいと頼まれている。ゲルガーが頭を下げて言う。



「はっ!! こやつの首ひとつで許されるのならば我が国は喜んで差し出しましょう」



(おい、くそっ……)


 全く役に立たない上官。

 エルグのことは話せないが、まったく自分の弁明を聞こうともしなかった男。大臣が言う。



「それではこれより打ち首を行います。よろしいですか、姫様」


「ええ、構わないわ」



(!!)


 ゴードンは真っ青な顔になって震えた。

 打ち首。しかも今すぐなんて思っても見なかった。ゴードンが思わず叫ぶ。



「エ、エルグ殿はどこへ!? エルグ殿は……」


 リリーが答える。



「エルグ様は今療養中です。ちなみに今回の件についても念の為お聞きしてありますが、あなたのことについては一切そうです」



(え!? エルグ様がいない……、知らないって、そんなこと……)


 リリーは慌てふためくゴードンを見てにやりと笑う。

 エルグに事前の確認などもちろんしていない。そもそも彼は今精神的に病んでいてまともな会話すらできない。動揺したゴードンが叫ぶ。



「エルグ殿が、エルグ殿が私に姫を襲えと持ちかけたんだ!!!!」



 一瞬、静かになる謁見の間。

 リリーが言う。


「ですから、エルグ様はそのようなこと関係はしていないと仰っています。護身のための虚言ですか」


 真っ青な顔から、真っ赤に変化したゴードンが叫ぶ。



「本当だ!!! あの日、あの場所あの時間に、姫様とそこに居るロレンツが来るから軍を率いて討てと言われたんだ!! 俺は断ったんだ!! だがエルグ殿が『同盟国の申し出は断れない』と言って無理やり……」


 途中からゴードンの嘘も混じる証言。リリーは内心ガッツポーズを取りながらも続ける。



「とは言えそのような証拠は一切ありません。どうやってあなたの話を信じましょう。では打ち首の場所へ……」



『打ち首』と言う言葉を聞いてゴードンが涙を流しながら訴える。


「ち、違うんだ。本当に俺は頼まれただけで。あいつだ!! あのエルグが悪いんだ!! あいつは、そう、以前にもマサルトの偽の書状を俺に造らせ、姫様が内通していると嘘をばら撒いたんだ!!!」



(!!)


 これにはさすがに周りにいた皆が驚いた。

 アンナのマサルト内通を心のどこかで疑っていた人間も、その泣きながら弁明する哀れな男を見てその考えを捨てざるを得なかった。これでまずはアンナの疑惑が晴れる。リリーが尋ねる。



「ではもうひとつお聞きします。ここに居るロレンツがあなたの国のスパイだったことはありますか?」


 これにはゴードンの上官であるゲルガーが答える。



「いいえ、ございません!! 私は国でも王に次ぐ地位の者。このゲルガーの名に誓ってそのような事実はございません!!」


 リリーとアンナは見つめ合って小さくガッツポーズを取る。これでふたりの疑惑が晴れたことになる。

 椅子に座り直したアンナが言う。



「ゴードンは重要参考人。一旦打ち首は保留にしましょう。ゲルガー軍団長、遠路からの務めご苦労でありました。今日は我が城でゆっくりとお休みください」


 再び失禁し、虚な顔で座り込むゴードン。上官のゲルガーが床に頭を付けて言う。



「あ、有り難きお言葉!! それでわが国には……」


 顔を上げたゲルガーにアンナが言う。



「もちろん攻め込んだりはしません。マサルト王によろしくお伝えください」


「あ、ありがとうございます!!!」


 ゲルガーは再度頭を床に付けて涙を流して感謝した。






「乾杯ーーーーっ!!!」


 その夜、アンナの部屋にやって来たロレンツやリリー達が祝杯をあげた。

 メンバーはアンナにリリー、ロレンツにイコ、ミンファになぜかキャロルも参加している。リリーが言う。



「これでアンナ様やロレンツの冤罪が晴れました。私達の大勝利です!! これから一気にジャスター家を叩きますよ!!」


 葡萄ジュースを片手に昼間の大勝利に酔いしれるリリー。アンナが言う。



「そうよね~、あんなに上手く行くとは思わなかったわ」


 エルグ、それにガーヴェルがともに療養中。それに付き添う形でミセルもいなかったことで、一気にゴードンを攻め落とせた。ロレンツの隣にべったりとくっつくように座ったミンファが酌をしながら言う。



「本当に良かったですわ、ご主人様」


 ミンファはなぜか仕事の制服であるメイド服を着ている。その段々短くなっていくスカートから綺麗な生の足がのぞく。アンナがそんな彼女から酌を受けるロレンツを見て苛立つ。



(むかっ!! どうして、どうしてあんな女の酌を受けるのよ!!!)


 さらにその反対側に座るキャロルもロレンツにべったりとくっついて言う。



「良かったね~、ロレロレ。キャロルも安心したよ~」


 長くふんわりと軽いピンクの髪をロレンツに絡めながらキャロルがボディータッチしつつ言う。ロレンツが答える。



「おめえさんには随分世話になったからな。本当に感謝してる」


 そう言ってグラスを口にするロレンツ。キャロルがロレンツに抱き着きながら言う。



「キャロル、嬉しい~!!」


「お、おいよせよ。イコもいるんだし……」



(むかっむかっ、むかっ!! じゃあイコちゃんが居なければいいってこと!?)


 ロレンツの前に座るアンナ。

 ふたりきりの時はずっと甘えているアンナだが、さすがにこれだけ人がいるとそうはいかない。アンナがキャロルに言う。



「と言うか、どうしてキャロルがいるのよ!! あなた敵でしょ!!」


 キャロルがピンクの髪を指でクルクルと回しながら答える。



「え~、それって違いますよ~、前も言ったけどぉ、キャロルは味方。アンナ様の味方なんですよぉ~」


 そう言ってアンナにウィンクしてロレンツの腕に絡みつくキャロル。それを見たイコがロレンツに言う。



「あれ~、パパはキャロルお姉ちゃんのことが好きだったの??」



「は?」


 子供のイコが発した言葉に一瞬辺りが静寂となる。すぐにキャロルが嬉しそうな顔で言った。


「やだ~、そうだったの?? やっぱりそうだったのね~、きゃは、嬉しい~!! ロレロレ~、キャロルはベッドの上でもロレロレの剣で……」



「痛てててて!!!」


 それを聞いた隣に座っているミンファが思い切りロレンツの腕をつねる。驚いたロレンツが言う。



「お、おい!? 一体何を……、!!」


 更に目の前には並々にグラスに注がれた酒を一気飲みにするアンナの姿。その目は既に座っており酩酊状態となっている。ロレンツが立ち上がって言う。



「さ、宴会は終わりだ。帰るぞ、イコ」



「えー、イコもっとお菓子食べたーい」


 駄々をこねるイコを抱きかかえロレンツが部屋を出ようとする。そこへ背中から声がかかる。



「待て~、ロレンツぅ~、逃げる気かぁ??」


 それは顔を真っ赤にしたアンナ。

 ロレンツは身の危険を感じ、イコを抱きかかえながら逃げるように部屋を飛び出した。

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