第19話 勇者様、花畑を見る

 ー時は少し遡る 再び魔導院にてー

 ページは話を続ける。

「魔法障壁がどういった性質を持つのか、興味を持たなければ、確かに知らないのも無理はありませんね。」

「あの魔法障壁に関わりを持つ人の方が稀ですし、特に秘密にしているわけではないんですけど…。」

 ページの言葉には笑みが混じるが、それは貶す意味ではない。自分にとって知っていて当たり前の前提知識を、自分が知らなかった知識を持っているオレンが持っていない、という事に対する好奇心によるものだった。

「あの大陸を横断する魔法障壁は、こちらからは何の制限もなく自由に渡れるんですよ。」

「えっ! そうなんですか!」 ページの意外な言葉に、オレンは驚く。

 そんなオレンを見て、ページは続ける。

「あちらからも、水や風、野生動物などは自由に入ってこれます。」

「多分、オレンさんなら自由に行き来できるでしょう。」

「…、どういう事ですか? それなら、壁じゃないじゃないですか?」

 ページの理解できない説明に、オレンは当然の疑問をぶつける。

「ただ一つ、向こうからこちらに来る際に、遮断されるものがあります。」

「それは、『魔素』です。」

「これは強い魔素を持つ勇者のような存在だけでなく、微細な魔素を有するあらゆるものを完全に遮断します。」

「そういう事ですか…。」 疑問に対して、シンプルだった答えにオレンは納得する。

「あ、ちなみに僕たちコハクフクロウも魔界に行ったことがありますが、帰りに見事に遮断されちゃいました。」

「…。」

「帰って来てるじゃないですか!」

 オレンの絶妙な間のツッコミは、両隣の笑いを誘う。

「フフフッ…。そうですね…。フフッ、いや、すいません。そう確かに、かつては、帰ってこれませんでした。」

 ページは笑いを堪えながら話を続ける。

「…かつて?」

「そう、かつては、魔界へ旅立った勇者は、二度と帰ることはできませんでした。歴代の勇者たちは、それほどの覚悟をもって、魔界へと足を踏み入れたのです。」

「かつての『勇者』とは、本当に勇者だったのです。」

「…しかし、その歴史が変わります。十二年前に、この魔法障壁を突破する方法が見つかりました。」

「…。」 歴史の物語の様な話にオレンは引き込まれる。

「その発見のきっかけは、ドラゴンだったそうです。魔法の六属性の守護者たる太古の六竜だけは、あの大地と天空を両断する障壁を、何故か自由に行き来していました。」

「そして、それを見た偉い人は、こう考えました。」


”人の身をドラゴンに擬態できれば、魔法障壁を突破できるかもしれない。”


「この考えを元にした研究が長い時間をかけて実を結び、『人の魔素をドラゴンの魔素に擬態する魔法』を作り上げることに成功したのです。それが、十二年前のことです。」

 ページは、まるでそれを見て来たかのように説明した。

「…。まさか、その偉い人って…。ページさんですか?」 オレンはふと、思いつきを口にする。

「え? やだなぁ、僕はまだその頃生まれていません。僕はまだ十歳ですよ? ホントにもぅ。」

「…え? 嘘。」 オレンは見た目と頭脳の、いや、年齢と知識のギャップに驚く。

 それを見透かすように、横からノエルが割って入る。

「エルフの様な見た目に騙されたかい? フフッ、アタシも最初見た時は騙されたよ。この子は、エルフとノックフットのハーフ。チビなのはノックフットの血のせいだけど、正真正銘の十歳の子供だよ。ねぇ。」

「失礼ですよ。これでも、ノックフットの中じゃ背が高い方ですからね!」

 子供と言われたことより、背のことが気に障ったのか、ページは少し不機嫌になる。

「ペーちゃんはぁー、今成長期だから、まだまだのびるよ。」 タンゴールはさりげなくフォローする。

「…。僕の話はいいので、話を戻しますね。えーと、そしてその魔法によって、魔法障壁を問題なく抜けられることが実証されました。しばらくして、その魔法の魔子回路化にも成功し、今や比較的自由な移動が可能になっています。」

 ページは説明を綺麗にまとめて最後に尋ねる。

「オレンさん、分かりましたか?」

「はい、とてもよく分かりました。」

 その姿は先生と生徒の関係の様だった。たとえ年齢で逆転していても。オレンもそれを肌で感じて、丁寧に応えた。

「あ…、でもそれなら…。いや…。」 オレンは一つの疑問を持ったが、躊躇する。

「はい、何でしょう? この際ですから、何でもお答えしますよ。」

 ページは教えがいのある生徒に出会った先生の様に振舞う。

「…、では、それなら。六年前の魔族侵攻は、何故起きたんでしょうか?」

 オレンにとってそれは、どんな答えであったとしても、とても聞きにくい質問だった。

「…。その件ですか…。うーん、そうですね、何故起きたか? と聞かれたら、分からない、が答えになってしまいます。」

「…、そうですか。分からないんですね。」 期待する答えが得られずに少し落ち込むオレン。

「六年前、タワーの魔法障壁が突然機能しなくなったことが、魔族の侵攻を許した原因なのですが、それが何故起きたか? は、皆目分からないのです。」

「僕たちも長年、あのタワーを研究しているのですが、いつからあるのか、何の為にあるのか、誰が作ったのか、何一つ解明出来ていないのが実情です。」

「しかし不思議なことに、侵攻してきた魔族を打ち倒し、直後に反転攻勢を仕掛け魔界に進軍した際には、魔素を遮断する魔法障壁は復活していたそうです。それから現在に至る六年間、この状態が変化することなく続いています。」

「不思議なことは他にもあります。侵攻してきた魔族の動きには、統率がまるでなかったと言われています。本来なら国家の中枢部、或いは何かの目的地を最短で狙うのが奇襲の常道ですが、魔族の行動はてんでバラバラで、無意味に農村部などを襲っていたという報告があります。これに関しては、魔族の知能はその程度だという意見もありますが…。」

 話を続けていたページの言葉は、オレンの様子を見て止まる。

「…………。」 オレンにとって、「無意味に農村部などを襲っていた」という言葉は重すぎた。

「少年。六年前、親でも殺されたかい?」

 ノエルは俯くオレンに、あえてストレートな質問をする。

「……はい。」 オレンは言葉に詰まりながら、答える。

「そうかい。」 ノエルの言葉はそっけないが、その目は哀れみに満ちている。

「…すいません。傷つける気はなかったのですが…。」

「さて、どうでしょう。本日は態々来ていただいて、もう随分と時間も頂いてしまいました。この辺りで、もうお開きにしましょうか?」

 ページの察しの良さと思いやりは、子供にしては出来過ぎなように思わせる。

「…、はい。そうですね…。」 オレンにとって、ここでの時間はとても有益だったが、少し後味が苦い。

「そうですね、もし希望されるなら、タワーについてはペールグランさんが専門なので、また改めて話を通しておきましょう。あとですね、これだけは約束しますよ!」

「我々も日々努力と進歩をしています。次また魔族が攻めてくることがあっても、同じ失敗はしません!」

 と言って、身長1メートルを少し超える程度の、特徴的な尖った耳と巻き髪の男の子は、笑顔でオレンに握手を求めてくる。その力強い言葉はオレンに、ルガーツホテルでのパーティ―会場で受けたブラッドの言葉を思い出させた。そう『勇者』とは、本当に勇者なのだ。

「…………。」 オレンは何と言っていいか分からず、眉を寄せて握手に応じた。

「本日は、どうもありがとうございました。では、お帰りはあちらからどうぞ。」

 ページに笑顔で見送られ、オレンは魔塔の出口に向かっていった。

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