第15話 勇者様、仲間と落ち合う
ペールグランの移動魔法で運ばれた先は、王都アプルス。ここは、大都市ユーザのような活気ある商業街とは趣が異なった、重厚な威厳をまとった貴族の都である。王城を始めとした石造建築の数々は、よく整備されているがどこか古めかしく、王都の歴史を感じさせる。その王城を中心に政府機関が集まり、正装した役人や近衛兵が行き交う姿が見える。辺りには、貴族や高官の豪奢な屋敷が立ち並び、上流階級の生活が見て取れる。オレンにとってこの場所は地図上の位置を知っているだけで、人生で一度も訪れたことのない場所だった。二人が空から降り立ったのは、そのアプルスにある王立魔導院の前。
目的地に着いた頃には、オレンは放心状態になっていた。
「…………。」
「オレンさん、大丈夫ですか?」
と、ペールグランは尋ねるが、何かありましたか? 程度で、特に気遣っている様子ではない。
「はっ! ここは…?」
気が付くと全く知らない所にいたオレンは、ペールグランに尋ねる。
「大丈夫そうですね。では、こちらに付いて来てください。」
ペールグランは先行して魔導院の中を歩いていく。その冷淡な対応にオレンは不信感を抱くが、かといって逆らってどうにかなるわけもなく、訳も分からぬまま後をついて行った。
アプルス王立魔導院とは、王国の名門最高学府である。数学、医学、天文学、歴史学といった学問を研究し、さらにそれらと魔法学とで学際的研究が行われている。魔法の力に絶対的優位性があるこの世界においても、魔導院は広く門戸を開き、各分野において非凡な能力を持つ者たちは、魔法の有無に関係なく認められる。
その広大な敷地内には、何世紀にも渡って風雨に耐えてきた石造りの建物が残る。その一方で、都市ユーザでもみられない革新的な建物も点在する、ここは存在自体が実験的な場所だった。オレンはペールグランの後を追いながら、物珍しい周囲をキョロキョロと見渡しながらついて行く。ペールグランは魔導院内のいくつかの施設の内の一つである魔導科学実験塔(通称:魔塔)の前で立ち止まった。
そして慣れた手つきで、錫杖を一振りし、魔塔の扉に軽くコツンと当てる。するとその大きな扉は、外側にゆっくりと自動的に開かれた。
「…。おおぉ~~…。」
オレンは塔の内部の光景を見て、思わず感嘆の声を漏らす。塔の中央には、吹き抜けの三階の天井にまで届きそうな巨大な建造物が、所々光を放ち置かれていた。その周囲には大小様々な魔子回路を備えた実験設備が、所狭しと並んでいる。オレンはこれが何なのか、何のためのものなのか全く理解できなかったが、未知の文明に触れたかのような感動を覚えた。
「ページく~~ん! 連れて来ましたよー!」
そんなオレンの横で、ペールグランは魔塔全体に響く声を張り上げた。
「は~~い! 二階に上がってもらってくださーい!」 と、子供の声が返ってきた。
その声が聞こえた方に向かって、ペールグランは歩いていく。オレンも後を追って、塔の内壁に沿って伸びる階段を上る。二階に上がって少し進んだ先で見えたものは、子供二人がおもちゃで遊んでいるという、なんとも意外な光景だった。「あっ、こんにちは! タンゴールさん、すいません。ちょっと後お願い。」 「あいよ。」
と、一人の子供がもう一人に声をかけ、オレンたちに向かって歩いてきた。
「初めまして! 僕、ページっていいます。本の隅に書いてある、あのページです。折り曲げないでくださいね。」
と言って、身長1mを少し超える程度の、特徴的な尖った耳と巻き髪の男の子は、笑顔でオレンに握手を求めてくる。
「…。あ…、どうも。オレンです。」 と、オレンは状況が分からず、眉を寄せて握手に応じた。
「…。あれ、おかしいな。この掴みネタで大抵の人は笑ってくれるんだけど。」
ページは握手しながらそう言うと、手を離した。そこにペールグランが一言、尋ねる。
「ページ君。今度は何をしていたんですか?」
「あ! あれですか? あれはですねぇ。今市中に普及してるマジオは、音声を魔法で一方へ送って、送り先は受け取ることしかできないじゃないですか。それをですね、こう、双方向で送って、それがお互い干渉し合わないように、魔法を信号化して…。」
と、ページは身振り手振りを交えながら、先ほどのおもちゃ遊びのように見えた内容を、嬉々として語っている。ペールグランはそれを理解して聞いているが、オレンには何を言っているかわからない。
「…それでですね、それを実現するための魔素中継器を作って、色々実験していたんですよ。」
「それは凄いですね。それで、それを実際に運用するには、その中継器はいくつほど必要なのでしょうか?」
ペールグランはページの言ったことを全て理解した上で、質問した。
「うーんと…。この国を全てカバーするなら大体…、48億基は必要かな。」
ページは嬉々として答える。ペールグランは、その答えを聞いて空気が変わる。隣で見ているだけのオレンでもわかるほどの怒気というか、負のオーラが漏れ出る。ページもそれに気づき、慌てて付け加える。
「で、でも。この都市一帯ぐらいなら、412万基ぐらいで済むよ。えへへ…。」 ページの声は少し震える。
「…。へぇー、そう。ページ君は一体、何万年勇者を続けるのかしら?」
ペールグランの棘のあるセリフが、ページに突き刺さる。笑顔が引きつり、冷や汗が流れた。
この魔塔は王立魔導院の施設であり、つまりは王家の所有物である。しかし、「コハクフクロウ」のメンバーは事実上、魔塔を私物化し運用している。それが許されているのは、リーダーのペールグランは魔導院の教授という立場であることと、魔塔の設備を最も有効活用できるのは彼らであると、誰もが認めているからだ。
「…。さ、さあ、オレンさん。せっかく来ていただいて、ここで立ち話も何なので、あちらに行きましょう。」
と、ペールグランの話を強引に切り上げ、オレンに話題をそらす。ペールグランの刺すような視線から逃げるように、ページは二階フロアを先頭を切って進む。少し進むと、そこには魔塔の実験設備が置かれていないエリアがあり、代わりに椅子やテーブルなどが配置された、落ち着いた雰囲気の居住空間になっていた。
ページがそのエリアに入ると、その隅でゆったりとソファに座り、サイドテーブルに置かれたはみ出すほどの大きな本を眺めている一人の女性の姿があった。その女性は、黒いソファに溶け込むような褐色の肌と、それに反して、自己主張するかのようなとても長い銀色の髪を持つ、細長い耳のダークエルフだった。
「あっ、ノエルさん、いたんですね。丁度よかった。」 とページは言って、オレンを中央のテーブルに招く。
「改めまして。僕がページで、あなたを連れてきたのがペールグランさん。あちらがノエルさんで、さっき僕と一緒にいたドワーフの女性がタンゴールさんです。僕たち四人で「コハクフクロウ」という勇者パーティーを組んでいます。どうぞよろしく。」
ページは身振り手振りで素早く自己紹介をして、最後に軽く会釈をした。
「コハクフクロウ」は、勇者パーティーの中でも目立つ戦果を上げるわけではなく、どちらかといえば控えめな存在である。一般の認知度も低く、特にオレンのような地方の一般人にとっては、その存在すらあまり知られていない。しかし、実際には「コハクフクロウ」こそが、王国にとって重要な役割を果たしていると言えるのかもしれない。
なぜなら、彼らは王国中に広がる「魔子回路」の開発を手掛け、精霊の力を日常生活に取り入れることで、人々の生活を根底から支えているからだ。「コハクフクロウ」は表舞台には出ないが、静かに、しかし確実に人々の暮らしを変えるその功績は、単なる戦果とは異なる意味で、王国の礎となっている。
「はい。えっと、こちらこそ、よろしくお願いします。それで、あの…、私の要件は何なんでしょうか?」
オレンは、少し不本意ながら会釈に応える。そしてやっと、ずっと言えなかった疑問を尋ねた。
「ーで、この少年は一体何者なんだい?」
ノエルの色香漂う声が、その質問を遮る。さっきまでソファに座っていたノエルは、いつの間にかオレンの横に立っていた。ノエルの身長や体つきは、ペールグランとほとんど変わらない。横に並ぶとそれはよくわかるが、一つ対照的な点がある。それは、着ている服の面積が物理的にとても狭い。
「ぼ、ぼくは、オレンといいま、す。」 オレンの目は、ノエルを直視できずに泳ぐ。
「フフフッ…、中々かわいいじゃないか。」
ノエルの弄ぶような仕草に、同じエルフだからか、オレンはルーナと同質のものを感じる。しかし、オレンにとってはルーナより刺激が強すぎる。
「…。ノエルさん。オレンさんは困っています。そもそも、お客様の前でその恰好は、はしたないですよ。」
ペールグランは、オレンを助けるかのように、ノエルを窘めた。
「はぁ? アタシがどんな格好をしようと、アタシの自由じゃないか。大体、アンタが人と会うたびに正装するほうがおかしいのさ、それ、わざとやってんの?」
ペールグランの窘めに、ノエルは倍の勢いで反撃する。二人の間の空気が少しピリつくが、その空気を受け流すように、
「…。では、私は他に仕事がありますので、失礼します。」
ペールグランはノエルの反撃に応えることなく、身をひるがえして魔塔の出口に向かう。その姿を横目で見ながら、
「ペールはさ、少し天然なところがあるから…。道中で変なことされなかったかい?」
ノエルは、ペールグランがいなくなって空いたスペースに一歩近づいて、オレンに迫る。
「…。変、なことは、な、なかったです。けど…、怖い思いはしました。」
オレンの目は最早行き場を失い、グルグルと彷徨いそして、溺れる。
「そうかい、可愛そうにねぇ…。お姉さんが優しくしてあげようか? んー?」
ペールグランの箍が外れ、ノエルは長い耳をゆっくりと下げながら、ますます近づいてくる。
「はい、お楽しみのところ悪いんですが。今日オレンさんに来てもらったのはですね…。」
溺死寸前のオレンを、寸前のところでページは救い上げた。
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