第14話 勇者様、遠出の準備をする
オレンたちに小鳥のさえずりが日の出を教える。二人とも今日はとても心地よく目覚めた。特にミーヤは昨日の興奮が収まらない様子で、朝からオレンに昨日のことを、情熱的に捲し立てる。
「でさー、やっぱり勇者って最高よね。エルフとあんなに楽しくおしゃべり出来ただけでも夢みたいだけど、それが勇者ならその感動も二倍、いや三倍よね!」
「ふんふん。」
ミーヤがとても楽しげに話しているのを、オレンも嬉しそうに聞いている。
「放送も凄い盛り上がってさー。また出てくれると良いな~。」 と言いながら、チラッチラッとオレンを見る。
「…。あれー? ミーヤさんは、クレメンタイン様一筋じゃあないんですかぁ?」 その視線を感じて、少し意地悪をするオレン。
「なっ?! い、いいのよ! ル、ルーナさんは…、そう! セカンド。セカンド勇者だから!」
と、クレメンタインの名前を出され動揺を隠せないミーヤは、訳の分からない言い訳をしだす。
「ふふふ…、へいへい。」 それを笑いながら聞くオレン。
「もうっ! ホラッ! さっさと朝の仕事片付けちゃいましょっ!」
そんな会話を終え、二人はいつもの仕事をテキパキとこなした。気分の良さも手伝ってか、普段よりも身も軽く、すぐに終わらせ、ミーヤは学校に、オレンは農家を巡って、いつものようにリシャの家に向かった。
リシャの家の前では、いつものように老人が座っていた。しかし、今日は眠りこけているようだった。
「リシャおばさん。おはよう!」
扉を開けて、いつものように元気よくオレンは挨拶をする。
「はい、おはよう、オレン。今日も元気だね。」 リシャはいつもの様に家事をしている。
「そう見える? 昨日色々あって。俺よりも、ミーヤの機嫌が良くてっさ。」 オレンは笑顔で応える。
「そうかい。そりゃいい。」 リシャもオレンの笑顔に笑顔で応える。
「今日も頼むようなことはないけど…、あー、そういえば、シュレの一件は片付いたのかい?」
普段の会話の中に潜んだ、リシャの思い付きにオレンは固まる。
「…。あ~…。」
「フフフッ。あんた、その様子じゃ、フフッ。よくシュレに殺されずに済んでるね…。」
リシャはオレンを気遣って、笑いをこらえながら肩をトントンと叩く。
「は~~~~…。」
オレンは朝の心地よさが嘘のように、どんよりとした気持ちでカカミへ向かった。
オレンはカカミに着くと普段通りに仕事を済ませ、気が重いまま火竜亭へ足を向ける。火竜亭はいつもの様に賑やかで、奥の方では、昨日ブラッドに絡んで酷い目にあった酔っぱらいが、懲りずに酒を呷っていた。
「あっ、オレン。昨日はありがとねー。」
シュレは働きながらオレンを見つけると、笑顔を向けてくる。今のオレンにはその笑顔が痛い。カウンターに着いてシュレが回ってくるのを待つ間、オレンは俯いて考えを廻らす。
(あ~、どうやって切り出そうか…。)
(はぁ…。まあ、正直に言うしかないか。もういっそ、昨日みたいに勇者が来て滅茶苦茶にしてくんないかな…。)
(まっ、そんなことあるわけないよな。)
などと考えがまとまらないまま、オレンは顔を上げた。すると、オレンの席のすぐ隣に、一人の女性が立っていた。
「あなたがオレンさんですよね?」
と女性は尋ねるが、オレンはその唐突な登場に固まる。その女性は、横に広いベレー帽を斜めに被り、首元から胸にかけてふんわりと巻いた幅広のストールが優雅に垂れている。その生地は繊細な模様が編み込まれ、わずかにキラキラと光を反射する。全身をすっぽりと包むローブは、足元まで流れるほどの長さだった。右手には、身長と同じほどの錫杖を持ち、その姿には落ち着いた威厳と神秘的な雰囲気が漂っている。
固まるオレンに構わず、そのあまりに場違いな姿の女性は話を続ける。
「私、勇者パーティー『コハクフクロウ』のリーダー、ペールグランと申します。」
そう言って女性は、帽子をかぶった頭を下げた。それを見て、固まっていたオレンから言葉がこぼれる。
「嘘だろ…。」
その言葉にペールグランは、下げた頭の丸眼鏡越しに少し眉を動かしたが、すぐに顔を上げる。
「突然で申し訳ありませんが、少し、あなたとお話したいのですけれど…。」 と言い、周囲の喧騒を一瞥した後、
「ここでは騒がしいので、場所を変えませんか?」 と、提案した。
「…。え? あ…。えーと…。はい。」
振り返って考えた時、きっとオレンは、「はい」と答えてしまった理由がよく分からないだろう。ペールグランのプレッシャーが影響していたのか、それとも直前に湧いた願望が実現した奇跡を受け入れたのか、あるいはオレンが潜在的に抱いている勇者への憧れのせいかもしれない。
「では、一緒に来てください。」
と言い、オレンの手を引き火竜亭を出て行った。オレンは外に出て、ペールグランの後を歩く。
その後ろ姿は、全身のローブで肌の露出はほとんどない。しかし、布の生地のせいなのか薄さのせいなのか、身体にフィットしたシルエットは、体の自然な曲線を美しく引き立て、エレガントな雰囲気を醸し出していた。
歩きながら、ペールグランは前を向いたまま、後ろのオレンに聞いた。
「オレンさん。どうして私を見て、最初に『嘘だろ』って言ったんですか?」
「えっ? ああ、えっと…、実は昨日も別の勇者が、同じように突然やって来て、まさか今日も同じようなことは起きないだろうな~。って思ってたら、丁度あなたが来たので…。ハハハ…。」
オレンは、特に隠す理由もなかったので正直に話した。
「そうですか。」 そう言ってペールグランは立ち止まった。そして、オレンに手を差し出す。
「では行きます。」
オレンはそう言われ、この手を取れと理解する。オレンの手を握ったペールグランは、もう片方の手にある錫杖を天にかざして、よどみなく移動魔法を詠唱した。
「風の精霊よ。烈風を走らせ、かの地へ導け。」
次の瞬間、錫杖から嵐のような風が二人を包み、風の爆発が足元で起こった。その爆風によって二人は、大砲の弾の様に空中に打ち出される。数日前にオレンが体験した、ヒナの魔法によって馬車ごと浮いた幻想的な感覚とは全く違い、それは、何をされるのか分かっていなかったオレンには特に、紐なしバンジージャンプのような恐怖を味合わせる。
「うわああぁぁっーーーーー!」
オレンの叫び声は、錫杖から噴き出る嵐のような気流によってかき消される。目的地までの数分間は、オレンにとっては数時間に錯覚するほどの恐怖体験となった。
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