紙の束と文字の山

なめらか

異界送蛍提灯ノ夢祭

 私はとある村で生まれ育った。みょうちくりんな掟が数多とある、小さな村。そんな数々の掟を、小さい頃は不思議に思っていた。祭りの夜は遅くまで起きていなければいけないとか、あの山には入っちゃいけないとか。その掟の意味を小さい私は理解していなかった、いや、今でも納得していない。

 だから掟には重要性を感じていなかった。ただの昔話に基づいただけの、深い意味のない掟だと思っていた。例えば、入ってはいけない山のお話。

 

『昔、この村では神隠しが多発していた。一人で山に閉じ込められた山神様が寂しがって、仲間を求め、「友達」として人を連れ去ってしまうからだ。それに困り果てた村の人々は、生贄として一人の少女を山の中に置き去りにする事にした。その後、生贄は山神様の友人としての役目を果たしているのか、帰ってくる事はなかった。お陰で、それ以来村で神隠しが起こる事は無くなったんだそう。けれど、その生贄が置いて行かれたところだけは、未だに異界への扉が開いている。そこから山神様に連れて行かれた少女が他の女の子を引き込んでしまう。』

…正直信じていない。村の人々はこれに出てくる「異界につながる山」に行ってはいけないとは言うが、こんな昔話を間に受けて禁足地にするのは馬鹿馬鹿しいと思う。神隠しなんて起こるわけがないし、山に連れて行かれた少女が戻れなかったのは目隠しか何かされていたから帰り道が分からなくて、そのままの垂れ死んでしまったのだろう。

 それにあそこには様々な山菜や果実がなる。それっぽっち、昔話を理由にしてそれを捨てるのはもったいない気がした。

 だから私は、昔からこっそりその山に行っていろいろ取ってきていた。バレるたびに「危ないでしょう!」と、とてつもなく怒られるが、そんなの迷信だと思っている私に効果はない。その様子を見てさらに親が怒る。今となっても馬鹿馬鹿しいと思った。今でも反省なんてしていない。

 ある日、久しぶりに里帰りをした。相変わらず伝承は残っていて、山には入るなと念を押される。一応軽く返事はしつつ、部屋に向かった。何一つ変わってないように見えた。懐かしさなどが溢れてくる。

 部屋の整理をしていると、見覚えのないものがあった。鉄の箱で、鍵がかかっている。箱の上には、あの山に鍵がある旨がある。きっと小さい頃に下らないものを入れて、鍵をかけた当時の宝物だろう。

 下らないと思ったが、妙にその箱の中身が気になって山へ向かった。懐かしの、あの山に。

 山に入ると、甘い匂いがする。果実がなっているというのもあるのかもしれないけれど、妙に漂ってくる方向が気になる匂いだ。流石に危険な感じがして追いかけた事はない。

 書いてあった通りならここに鍵を埋めたはずだ。そう思いながら、掘り返していく。


…しばらく掘っていると、カツンと硬いものに当たった。見てみると、木製の小箱らしきものの一部が見えた。

(これだ…!)

 そう思ってその箱を取り出した時に疑問が起こった。これを埋めたのは子供の頃のはずだ。けれどこの箱があったのは深さ1m弱…ありえない。

 気がついた瞬間恐怖が込み上げてきた。あのいたいけな、子供らしい字の箱を持ち込んだのは誰か…

 考えたその時、

「ちりん」

 音がした。振り返ると…着物の少女がいた。どこを見て、何を見ているのか分からない、焦点の合わない目をしていた。その子はとても甘い香りがした。山の中に漂うあの香り。

 気がついた時には、もう吸ってしまっていて、少し、ぼんやりとした。少女が何かを言った。意味不明な言葉に聞こえたが、確かにこう言っていた。「一緒に行こうよ」と。

 少女は私の手を握って、どこかへ向かって行った。いつのまにか箱の鍵が開いていて、そこにあった。私はその箱と少女の手を大事そうに握ってついて行った。その手は…感触がなかった。けれど確かにそこにあった。

 古びた鳥居をくぐると、綺麗な境内で。お祭りが行われていた。様々な服装、年齢、性別の人が行き来している。中には大正時代の人の様な人や、もう、いつの時代から来たのか分からない人もいた。皆、どこかぼーっとした目をしていて、どこも見ていない様で、どこかを見ていた。私は、不思議な少女に連れて行かれるままに、お祭りを巡って楽しんでいった。


 あれ?なんでここにいるんだっけ?そもそも…私ってなんだっけ?…そんなことどうでもいい。今は、今の間は、この祭りを楽しめればそれでいいのだから。



◼️/◼️未明、羽瀬川さん(19)が◼️◼️村で行方がわからなくなりました。捜査は依然………


**村にはこんな昔話が残っている。

 昔、村の掟を守らなかった少女がいた。その少女は祭に魂を奪われ、永遠の傀儡として今も幻想の神社で彷徨っている。


今日ね、友達が出来たの。新しく、来てくれた子で、とっても可愛いの。仲良くしようね。永遠に。

そう、よかったね。

 

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