我が儘姫は未来で死ぬ夢を見る~極悪皇帝の結婚理由は私が都合がよかったからに違いない~(仮題)

紬木海花

プロローグ

第1話 私の結婚条件

【1】


 皇帝、当時は皇太子であった彼が妻にと望んだ条件は極めておかしなものだった。


 我が儘で贅沢好きで人殺しさえしなければどんなに横暴に振舞ってもよい。

 ただ皇后としての最低限の仕事をこなせる素質のある者。

 国母となれる高貴な顔立ちで威厳溢れる生娘であること。

 次期皇帝に相応しい家門の出身であること。

 皇位を脅かし口出しするようなお節介で貪欲で醜悪な親類がいないこと。

 金髪は好かないためそれ以外。

 珍しい目の色をしていると尚よし。

 浮気は絶対に許されないが、

 私からの寵愛や恋情などを絶対に期待しないと誓える者。

 これだけは絶対に守るようにと厳命したという。当時の大臣達はほとほと辟易した。


 そんな娘が存在するのかと。


 我が儘な娘など貴族にはたくさんいたが皇后に相応しい立ち居振る舞いを備え最低限の仕事が出来るものであることに「顔」とくれば頭を悩まさざる得なかった。

 そもそも、横暴に振舞うくせに人殺しをしないとは――なんて絶妙な条件なのか。一体どこを見て判断すれば良いのか全くわからない。大臣達は皇太子に結婚する意思はなくからかわれただけだと――それなりに長い議論の末、思い至った。

「我が儘という条件はなぜつけたのだ」

「強気な女性が好きという意味ではないのだろうか」

「知らんがな。高貴なる者の考えは凡人には考えもつかん」

「我々、三賢者ともあろうものがね?」

「辞めるのにこれ以上ない、潮時じゃないかね」

「貴様はこの問題から逃げ出したいだけじゃろうて」


 真面目に議論するのも馬鹿らしくなって、貴族たちに「愚痴」を漏らした。


 すると世の中に我が儘な女性がたくさん現れた。大臣達は頭を抱えた。


「世の中に混乱が巻き起こったじゃないか」

「どこもかしこも我が儘な娘の話ばかり」

 自ら我が儘を名乗り、晩餐会や舞踏会で品もなく粗暴に振る舞うのだという。

「皇后としての素質もあること、とあるじゃろうて」

「そもそも相反しているのだっ、品のある我が儘とはなんなのだッ」

「おうおう、潮時を逃して壊れてしまったようだなぁ」

 一人の大臣がぽんっと手を叩いた。

「我が儘な娘と言えば破格の存在がいたのを忘れていたわい」


 さて、全ての条件をクリアする娘が本当にいるのか。

 答えは「たった一人」だけ存在した。それもかなり近くに。


「そうだ、あの子がいるじゃないか」

「上品な顔立ち、真っ赤に燃える赤髪、存在感もある」

「彼女の名前は何と言ったかな」

 皇太子の従妹でそれはもう甘やかされて育ち誰もが認める我が儘姫。姫と呼ばれるだけあって赤髪に美しい顔。やや目がつり上がりきつそうな見た目。立ち居振る舞いに関してだけは両親が厳しくしつけたようで完璧――外面だけしか知らないものが本性を知ると驚きすぎて逃げ出すほどに豹変する。

 とにかく贅沢好きで部屋は年中花でいっぱいにしてドレスは一度着たものに関してはもう二度と着ないのはもちろんの事。とても気分屋で急にオペラやら劇場場に出かけることもしばしば。あまりの気まぐれさに侍女は古くから勤めている者以外は早々に辞めていく。彼女は自分が傷つけられない限り寛容だった――罵倒に近い文句や苦情は言うが、自ら手を出すことはない。というよりも目下の者にさして興味のない自己中心的な性格なのかもしれない。美しいものをこよなく愛する彼女。

「レジナ・ロードス公爵令嬢」

「美しい赤薔薇のロードス公爵の娘か。身分も申し分ない」

「皇太子殿下よりも王家の血が濃い、あの方に丁度よい」

「それに昔からの知り合いだというじゃないか」

「その割には――可哀想なほどに冷たい反応じゃったようだが」

 皇太子のことは小さいころから顔を合わせているせいか――美しい顔をしているにも関わらず興味なさげにいつも見ていた。レジナ・ロードスはむしろ自分より美しいと心の底で嫌悪していた。

「ロードス嬢の両親は......」

「かたや王族、母親は領民の為に借金した伯爵家の娘」

 レジナの父親で皇帝の弟。公爵には野心は微塵もないのは有名な話。気弱で善人な彼は早々に「継承権」を手放し愛する人と結婚した。そんな公爵が選んだ人もまた善人で「醜悪でお節介な」家門の心配はない。

「そも、帝国なんぞに頼らなくて金が溢れるほどにあるじゃろうて」

「心配はない。わしは意義はないぞ」

 まさに皇太子の理想の女性。

「もうよかろうて。我々もこれ以上、世の中に混沌をもたらしとうない」

 大臣達は長引かせたくないと必死だった。急いで皇太子殿下の元へと駆け込んだ。レイナード・クラウディウス・ローク皇太子。灰がかった青い目に金髪。美しき我が儘姫も羨む整った顔。文武両道の完璧な皇太子。彼の欠点は一つだけ。皇帝の子ではなく傍系から引き抜いてきた子供という点だけだ。

「皇太子殿下。かの令嬢との結婚はどうでしょうか」

「他の条件も達しています」

 公爵令嬢に反対する者もいなかった。皇太子もすぐに頷いた。

 二人は盛大な結婚式を挙げる。レジナが十五歳。レイナードが十八歳。

 大臣達の憂慮はこれで終わりではなく、始まりに過ぎず、

 彼らの人生は決して幸せとは言い難いものだった。



【2】


 レジナ・ローク皇太子妃殿下となっても贅沢な暮らしと我が儘を止めることがなかった。そもそも最初から我が儘な娘を皇太子は所望していて誰も文句も意見も言えなかった。皇帝や皇后は興味がないのか沈黙。日増しに公爵令嬢であったときよりも金を消費していく。次第に皇太子妃の金遣いの荒さは世間へと広まっていく。貴族から国民へ、さらに他国へ。

 人々は不安に思った。ちらほらと不満に変わり始める。空気中に舞い上がるそれは人の目には見えないがやがて埃となる。タンスの裏に少しずつ、しかし確かにしんしんと降り積もりやがて、やがて......人の目に見えるものになっていく......


「帝国の新たな皇后陛下。レジナ・ローク皇后陛下、万歳っ!」


「やれ、我が儘姫がついに皇后となったぞ」

「あれで優秀なのだから皆文句を言えない......」

 皇后となった彼女はそれはそれは、豪勢な暮らしに我慢など知らないという風に思いのままに過ごした。まさに湯水のごとく国庫を消費する。夫である皇帝は苦言を呈したことは一度もない。それどころか「彼女が望むなら叶えてあげなさい」と言う始末。次第に無能の皇帝だと陰口が叩かれ始める。

「皇帝は国庫の状況が分かっていないのか」

「皇后に言いなりの無能な男なのでは。我々の血税は全てあの女のものだっ」

「この度の税の引き上げは皇后のせいだというじゃないか」

 貴族たちの会議はヤジや怒号が増え、日増しに荒れていく。

「本当は皇后が権力を握っているのではあるまいな」

「あり得なくないぞっ、頭が上がらないに違いない」

 そして皇后は国を混沌に貶める悪女で魔女であるという噂が広がり始める。

 国民の不満が溜まれば起こるのは叛逆であるが、皇帝は家臣の苦言や忠告にもただ「それでいい」としか言わなかった。どんどんと人心は離れていき遂に皇帝を倒しに一人の青年が現れる。


 彼が本当の正統なる後継者だった。


 前皇帝の私生児テレンス・イトバーン。


 剣を携え、民衆を率い、騎士たちを蹴散らしやって来る。この日は奇妙なことに守りが手薄であった。そうとも知らずにテレンスは王座の間に立った。人心の失った皇帝さぞ哀れで惨めな姿だろうと思っていた人々は驚いた。平然とワインを飲み、次にパイプに火をつけくるらせて見せたのだ。

 テレンス以外は恐怖し畏怖の念を抱いた。この男が本当に「無能」なる皇帝なのだろうかと。テレンスに勝利はあるのかと。テレンスは言った。

「レイナード・クラウディウス・ローク。無能なる皇帝にして偽りの皇帝よ......」

「ふむ、挨拶がなっていないな。何と言おうが勝手だが私が皇帝だ――良いのかね。支持者の諸君、マナーもなっとらん小童で」

 怒りに震えるテレンスの傍に来るものがあった。皇帝レイナードの実の父親。サンフォード伯爵――テレンスの二番目に大きな支持者!

「レイナードもうやめなさい。お前は私の息子だ。元々、我が友で前皇帝に子が出来るまでの仮の後継者の約束だっただろう。皇后に惑わされ......皇帝という不相応で大それた大望を抱くのはこれ以上辞めなさ......」

 それまでの余裕ぶった態度が一変。皇帝は憤怒に燃える眼差しを向け、立ち上がりワイングラスを投げつけた。あらぬ場所に落ちたグラス。しかし計算されたように割れた破片が伯爵の頬に深く突き刺さった。苦悶の表情を浮かべ皇帝を睨み上げた伯爵。

「レイナッ......」

 伯爵を静かな怒りの籠った声が遮った。

「下種が。貴様を父親だと思ったことは一度もない。自ら皇帝に差し出しておきながら命欲しさにそちらにつくのか。殺されるという自覚があるようで何よりだ」

 皇帝から発せられる身の毛もよだつ低い獣のような唸り声。ひゅっと息を呑んだサンフォード伯爵は後退し尻もちをついてもなお下がり続けた。

「止めてお兄様......!!」

 サンフォード伯爵に駆けつける可憐な少女。ぎろりと睨め付けられ、恐怖に竦み上がった。彼女を抱きしめたのはテレンス。二人を庇うように手を広げた。

「大丈夫か、アニス......」

「ええテレンス、でもお父様、お父様が......」

 サンフォードは恐ろしい皇帝の目が、顔が、元妻の死に顔と重なった。記憶と今が混ざり亡霊のよう襲い掛かった。恐怖のどん底へと伯爵は落ち、がくがくと震えていた。

 ――圧倒的な絶望感っ!!

「今までどこに隠れ潜んでいたのか、処分したくても出来ずに今日この日を迎えてしまったようだ――そこに転がる芋虫以下の存在にも優秀な者らの手を借りたようだな? 私に教えてくれ、今この場で処断してやろう」

 くっくと悪魔の王と見紛う如き振る舞いと覇気に気圧された。ひと睨みで戦意をこそぎ取っていくまさに魔王。武器を持った男たちは手を下げた。中には投げ出し膝をつく者もあった。腰が引け動けない者。カタカタと歯を鳴らし恐怖に震える者。神を前にしたかのように手を合わせ祈る者。場は混沌に満ちていた。異様な空気の中、たった一人進み出でる者がいた。


 やはりこの男テレンス・イトバーン。


 彼の瞳は怒りに燃え怨嗟の念に顔を歪ませていた。今日の日にと念入りに研がれた剣が揺ら揺らと燃えるろうそくの火を反射させた。

――レイナードこそ、テレンスの不遇な時代の原因!!

 テレンスは母親と死別して以来、城の奥深く古びた塔に監禁され育った。劣悪な環境。腐った飯。レイナードの醜悪な性格を世に知らしめたエピソード。テレンスを救ったのは塔にたまたま入り込んだ小さな女の子。命からがら抜け出したテレンス。今日まで少女の家でかくまわれ復讐の機会を伺っていた。

「その席は本来俺のためにあるものだった」

 その言葉に皇帝は悠然と微笑みテレンスを見下ろした。

「ほう......」

「最後に言い残した事はあるかレイナード・クラウディウス・ローク」

 目の前に立った敵に対して皇帝は変わらず笑みを浮かべていた。皇帝は完全に立場が逆転したというのに――それでも笑っている。

「くっく。本当に、偶然があると思うのか」

 奇妙かつ不気味で呪いのようにテレンスの頭を支配しようと蠢く言葉。

 テレンスは振り払うように腕を後ろに引いた。

 ――心臓へと突き刺すッ......

 情けも躊躇なく皇帝を貫いた剣。皇帝は抵抗する気配すら見せなかった。ざらりと後味の悪い感情と違和感、テレンスは吐きそうになった。不気味に静まり返る王の間。誰かの息を吞む音にはっと意識を戻したテレンス。剣を思いっきり引き抜いた。

 高い高い天井へと噴き出す血しぶき。

 テレンスは振り返ることなく剣を掲げた。

 人々は叫んだ。そして勝鬨を上げた。

 そのさなかに混じる女の悲鳴、天井まで轟く声に吸い込まれ消えていく。

 女の名はレジナ・ローク。叛逆が起こった元凶!!

「そ、そんな――レイナード......貴方は簡単に死ぬような人では......」

 皇后は一部始終を全て見ていた。皇帝は直前、皇后を下がらせていた。皇后レジナは不思議に思っていた。大事な客をなぜか一人で迎えるというのだから。

「まさか、知っていたというのですか」

 皇后の呟きの終わりと共にふと誰かが思い出した。事件の発端はそもそも......

「悪の権化、魔女レジナ・ロークがいないぞ!!」

「「――ッ!!?」」

 どうっと怒号が王の間にこだまする。どんっ、どんっと獲物を追い立てるように床を踏み鳴らす民衆達。まるで逃げ場はないと脅すように。

「あ、あぁ――なんて、なんて恐ろしい......」

 皇后は自身に向けられる地獄の炎の様に燃える怒りと恨みの声に身を震わせ耳を覆った。皇后の背に近づく黒い影。皇后はまだ気付かない。

「レジナを探せー!!」

「赤髪の魔女、レジナを殺せー!!」

 その後、人々は憮然とした面持ちを浮かべることになる。直前までいたはずの皇后の姿が跡形もなく消えていたのだ。猛り狂う民衆。テレンスは再び前に立つと宣言した。

「魔女レジナの首を以て私は真の皇帝となる」

 皇帝の首が高々に掲げられ、テレンスは人々の喝采の中にいた。






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