第16話 つかの間の休憩
──見慣れた顔ぶれやな。
森谷はうんざりした顔で部屋に集ったメンバーを見る。古賀一花、藤宮恭太郎、浅利将臣。つい二ヶ月ほど前に出会ったばかりの大学生たちである。日数的にはわずかな関わりだったはずが、関わる内容すべてが濃厚ゆえ、彼らに対する親しみと信頼は数年来の友人にも勝るほどには高まっている。
とはいえ、知ることは多くない。
共通項として挙げられるは、みな白泉大学の文化史学科に所属していること。一花と恭太郎は中学からの付き合いで、将臣とは高校のときに出会ったこと。彼らには何かしら特異な資質があること──。
藤宮恭太郎は、父親が若くして事業に成功したことで財閥レベルの富豪に成り上がった財閥一家の次男坊。その聴覚は異常なまでに発達しており、およそ二キロ圏内ならば聞き取れるのではないかという、まるでウサギのような男なのである(検証したことがないため正確数値は不明)。さらに不思議なのが、人心の声への知覚。ここまでくると、サイキックムービーの主人公たる風格である。
古賀一花は、霊感少女。
一口に霊感と言ってもさまざまだが、いわゆる霊的なものに対する知覚や、霊視、過去視──。つまりこの世にないものに対してのアンテナが強いのである。その体質ゆえか、人死にの場面に引き寄せられることが多く、数多のトラブルに巻き込まれてきたとか。森谷もそのうちの二件に関わった。彼女の力については賛否両論があるものの、実際にその力を目の当たりにした今となっては、賛否以前の問題で、ただただ大変だと感じ入るばかりである。
そして──。
浅利将臣は、メモリーパレス使いの僧侶見習い。
上記ふたりのような特異体質こそないが、ある種彼がいちばん恐ろしくもある。無尽蔵に溢れ出る知識と教養の高さは、この世界を七、八十年生きようとなかなか身に付かぬレベルにあり、さらには人の感情の機微にも聡く、わずかな変化を読み取る能力は天下の警察諸氏すら及ばない。
あの父あってこの子あり、と納得する。
──血か。
と、森谷はいやな気分になった。
恭太郎と一花が、互いに架空の彼女と彼氏について自慢するという茶番をはじめるのを横目に、森谷は将臣を見た。末恐ろしい若者に変わりはないが、なんだかんだと気に入っている。
「先代はまだご存命なんか」
「いえ、数年前に亡くなりました。前日までは元気だったんですが、翌朝本堂に入ったら、導師布団の上に結跏趺坐で亡くなっていて」
「けっかふざ?」
「仏様が座禅で組む足があるでしょう。あれですよ」
「エッ。胡座かいて死んではったん!?」
「そんな感じです。孫の自分から見ても立派な方でしたよ。父は自由人だと言いましたが──まあ間違ってはないですけど──それでも何か胸に使命を帯びていた人だった」
と、いつになく感傷的につぶやく将臣に、森谷はろくな相槌も返せなかった。自分の、親族に対するあまりの無関心さが恥ずかしく思えたからである。
しかし、つづく将臣の声は妙にさっぱりしていた。
「それより森谷さん、夏目九重先生とご親族だったのなら教えてくれればよかったのに。おれ、あの人の作品は一通り読んでいるんですよ」
「ああ──まあ、べつに言うほどのことでもないと思うてやな」
「いつもは言うほどのことじゃないことを山ほどお話しされるのに、変に謙虚ですね。仲わるいんですか」
「オイ聞き捨てならんぞ前半部。わるかったな山ほど言うてもうて! 仲はべつに、普通や。むしろ従兄弟のなかじゃつるんどる方やわ」
後半にいくにつれて、声がちいさくなる。あまり家族の話をするのは好かない。これ以上深掘りされるのは困るな、とおもったタイミングで、襖の向こうから声がかけられた。
噂をすればなんとやら、総一郎が神那とともに訪ねてきたのである。いつの間にか距離を縮めることに成功したようで、神那が部屋に入る際には鴨居に手を当てて「気をつけて」などとうすら寒い彼氏面をする。とはいえ端から見ると、神那はまったく意にも介さず「ありがとうございます」といつもの調子で流すにとどまったのだが。
「皆さんこちらにいらしたんですね。良かった」
と、神那は可愛らしく小首をかしげてわらう。
あれから、ともに部屋へ戻った冬陽は、極度の緊張から解かれたためか体調が思わしくなくなってしまったそうで、大事をとって布団に寝かせてきたらしい。
「うるさくしたらいけないとおもって、恭太郎さんといっしょに博臣さんが戻るのをお待ちしようと夏目さんたちのお部屋に行ったら、だれもいらっしゃらないから。きっとこちらだろうとおもって」
「なあんだ。姉上が少しでも『どこにいるの』って言ってくれたら僕が聞き取ったのに」
「いいんですよ、こうしてすぐに見つけられたんですから」
クスクスと顔を寄せて笑い合う藤宮姉弟のなんと麗しいことか。まるで西洋の美術館に飾られた天使絵のよう。藤宮家の五人兄弟がみな粒ぞろいだというのは知っていたが、こうして改めて見るとため息も出ない。
ふいに一花が跳ねるように立ち上がった。
あまりの勢いに、一同が目を丸くする。
「どしたんや、イッカ」
「トイレ」
「あ、ああ──」
「ねえシゲさん、ついてきて」
「あ?」
なんで、と聞く間もなく一花はすらりと襖を開けて外に出た。
なにが楽しくて女子大生の連れションに行かねばならぬのか。とはいえ心根のやさしい自分ゆえ、仕方がないので重い腰をあげる。今日は朝からハードだった。ふだんから鍛えているため体力には自信があったが、葬式という非日常は別ベクトルの疲労を蓄積させる。ちらりと部屋のなかを一瞥すると、彼らはたいして気にしたようすもなく「いってら」と送り出してきた。
ふう、とため息をひとつついて、廊下に出る。
相変わらずこの廊下は暗い。
一花はすこし進んだところにたたずんでいた。
「まったく、トイレくらいひとりで行かんかい」
「アッハ……女子大生と連れションできるオジンなんてそうそういないよ。嬉しいでしょ?」
「オジン言うな。まだ三十半ばや。──いや、三十五はもうオジンか」
ひらりと黒いワンピースを翻し、一花は上機嫌に廊下をすすむ。
広い屋敷というのはトイレに行くのも一苦労だ。たしかにこの暗がりをひとり進むのは気が引けるかもしれない。とはいえ、ふだんから人ならざるものを見ている彼女が怖がる様子など想像できないが。
廊下を曲がる。
まもなくトイレに着かんとするところで、一花がぽつりとこぼした。
「あたしも兄弟欲しかったなア」
「んァ。きょうだい?」
「イトコでもいいけど。みんな見てると楽しそうでさア」
「ああ、おまえ一人っ子やもんな。オレかて一人っ子やで、将臣もそうやろ」
「シゲさんはイトコいるし、将臣には──和尚と司ちゃんがいるもん」
言う間にふたりは目的地にたどりついた。
漏れちゃう、と一花が駆け込む。
一花は親と不仲である、と。
彼女の過去を知る同僚から聞いたことがある。思春期のころに家出をしたところを当時少年課に属していた同僚が気にかけ、声をかけていたという。虐待やハラスメントがあったという話はない。一花のことだから『なんとなく』家にいるのがイヤだったのだろう。
「…………」
胸奥がずきりと痛む。
得も言われぬ罪悪感を噛みしめたとき、トイレの扉が勢いよく開いた。出てきた一花はいつもどおりちょっと笑ったような顔をしている。
「すっきりしたか?」
「サイテー。レディにそんなこと言う?」
「はははは」
森谷は、たまらず一花の頭をぐしゃりと撫でた。
「おまえもいつか──」
その時だった。
「終わったよ」
足音もなく、廊下の闇から突如すがたをあらわしたのは、博臣和尚であった。
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