悔いる囮と囚われの英雄に固く扉は口を閉ざす。
音佐りんご。
第1話「扉の前で囮は悔いる。」
◆◆◇◇
閉ざされた扉に男がもたれかかっている。
俺:やはり、悔いがないと言えば嘘になる。
俺:固く閉ざされた扉の前で俺はふと思った。
勝てる筈がなかったんだ。
運悪く勝ち目の無い強敵と遭遇した俺達は、みんなで死力尽くして戦って、
そして散々に敗走した。
俺:与えられた選択肢は二つ。
俺:全員纏めてさようならか。
誰か一人がさようなら、だ。
俺:だから、俺は喜んでその役目を買って出た。
普段なら、憎まれ口叩いて
なんと珍しいことに、囮になってみんなを逃がした。
いやぁ、たまには良い子ちゃんしてないと罰が当たるってな。
俺という存在に新しい可能性が開いた気がする。
俺:そしてそれ以外の扉を、自らの道を閉ざしたのだ。
ああ、分かってる、生きて帰れるだなんて思っていない。
命を賭けて、そしてそのまま果てゆく運命と。
俺の命一つで未来が繋がるなら安いものと。
俺はそう思っていたのだ。
散々だせぇ生き方したんだ、精々最期くらいかっこよく散るさ。
そんなことを思った。
俺:ああ、今頃、俺はみんなの中で英雄になっているかもしれない。
俺はこうして命を賭けて仲間を救ったけれど、
やがてあいつらは、もっと大きなものを救うんだろうなぁ。
そう、例えば、
俺:世界――とか?
俺:ははは。
それはいいな、最高だ。
救うと信じたから俺は命を賭けたんだ。
だから、きっと救ってくれる。
いや、救ってくれないと困るというのが本音だ。
でなきゃ俺が救われないじゃないか。
でもよ、それを俺はここからじゃあ見届けられない。
だから、信じるしかないんだなぁ、これが。
俺:しっかり救ってくれよ、世界ってやつをよ。
俺:俺は考えた。
考えるくらいしか、もう俺に出来ることは無いのだ、
精々時間いっぱい考えるさ。
ああ、やがて英雄と呼ばれるだろうあいつらだが。
あいつらはもしかして、ここに残った俺のことも英雄と、
いや。
世界を救った英雄を助けた真の英雄だとか、
影の英雄だとか呼んでくれたりするのだろうか?
俺:まぁ別に?
呼んでくれなくても良いが、どうか、そうだな、
どうか忘れずに、いつまでも憶えてい抜けて欲しいものだ。
そして、あわよくば……。
いや、よそう。
そんなの、考えるだけ虚しくなる。
まぁ、何にしても。
みんなには世界くらいは救っておいてもらいたい。
しかし、悔いがないと言えば嘘になる。
俺:なぁ、どうしてこうなったんだろうな?
問いかけてみても、
固く閉ざされた扉は何も応えちゃくれなかった。
俺:そう、俺は勝てるはずが無かったのだ。
◇◇◆◆
俺:しかしあの時、ただ負けるのもシャクだからと、
俺:あばよ、みんな。
生きろよ。生きて世界を救え。
はは!
さぁて最期の大舞台だ。
命尽きるまで踊り明かしてやろうじゃねぇか!
俺:そんな
俺:勝てる筈がなかった。
けれどどうしてなのだろう。
そう、俺は奇跡的に生き残った。
生き残ってしまった。
俺:何を隠そう隠しようも無いほどに、俺は今ぴんぴんしてるのだ。
恥ずかしいくらい元気だ。
俺:逃れざる死を覚悟して、
却って感覚が鋭くなったのか、
或いは半ばやけくその
掠れば軽く死ぬような化物じみた、
というよりかは、化物そのもの。
俺:必殺の一撃が雨や
俺は
俺:自分でも驚いてしまうのだが、傍から見れば俺とあの化物、
どちらの方が化物なのか分からない。
鬼神も斯くやの奮闘ぶりだ。
なんて言ったなら、
それはいくら何でも自信過剰だろうと言われるかも知れないが、
それ程までに俺は頑張った。
一撃で与えられる死を回避し、相手の命をほんの僅かに削る戦い。
蟻が熊に噛みついて殺すような永遠にも感じられる無謀な奪い合いの果てに、
いつしか強敵はその動きを永久に止めていた。
俺:そう、俺は生き残ったのだ。
俺:なのに、
なのに、あの時あいつが別れ際に言った「死なないで」という言葉。
涙を浮かべて告げられた願いに応えたというのに、
ちっとも晴れやかなんかじゃなかった。
俺:たとえ残された俺がどうなろうと、
みんなの未来だけは守れるようにと行動した筈なのに。
勝てるはずの無い追っ手は今やもう骸となって、
物言わぬ扉はみんなを守る役目を果たすことなく、
結果として功労者の俺を閉じ込めるに終わった。
結果として閉じ込められるべき化物の椅子を奪い取っただけ。
何なんだよ、一体。
全てが裏目に出ているようにさえ思う。
俺:はっきり言おう、悔いがない訳がない。
俺:俺は馬鹿じゃないのか。
頑張っても頑張らなくても結果が同じなら、頑張るだけ損じゃないか。
それを身を以て味わった気分だ。
何ということだろう、輝かしい勝利はどこへ行った?
勝利の美酒は苦かった。
死合いに勝って勝負にも勝ったというのに、俺はここで死を待つばかり。
不退転の覚悟が無ければ勝てなかったのかもしれないが、運命というのはなんとまぁ悪戯だ。
徒に散りゆく羽目になるなんて。
俺:今思うのはそう、自己犠牲なんて結局はライブ感なんだなってことだ。
俺:一瞬に命を賭けて、俺は今、ただただ無為に、
死に至るだけの時間を勝ち取った。
そんなもの今すぐ投げ捨ててやりたい。
しかし捨てる気力も湧いてこない。
いっそ戦いの中で潔く散ったなら、
こんなことを思わなくて済んだんだとすれば、
……やはり俺は賭けに負けたのだろうな。
保険を賭けすぎたのだろう。
或いは張りすぎた。
頑張り、張り切り過ぎた。
俺:いや。
俺:もしかすると、逆に。
あれだけ強かった敵を何故倒すことができたのかを論理的に考えると、
俺が鬼神になった――のでは無く、
俺の選択が敵のモチベーションを削ることに成功し、
敵を木偶の坊に変えていたと見ることもできるのかもしれない。
そう、これはきっとまやかしの勝利。
それによって、勝つ意味の無い戦いに勝った俺はやはり馬鹿なのだろう。
は、ははははは。
ああ、なんだ、そういうことか。
命尽きることもなく踊り明かした俺は。
蓋を開けてみりゃ鬼神だなどと大見得切った、
呆れるほどの道化だったというわけだ。
そうかそうか、得心いった。
ああ、それでも、
俺:それでも、悔いがないと言えば嘘になる。
俺:ざまぁないぜ。
ふと溢した言葉に応えてくれる者は、誰もいない。
ここには誰も居ない。
或いは俺すらもう居ない。
世界から弾き出された、いや自分で自分を弾き出した俺は居ないに等しく、
だから、そんな俺にできるのは信じることだけだ。
今頃世界が無事、救われていることをだろうか?
それとも、俺のことを嫌っていた筈のあいつが、
最後に「生きろ」と言ったそのとき、あいつの目が「助けに来る」
と言っていたように見えたなんて馬鹿げた俺の願望をだろうか?
だが、そんな答えはもう分からない。
分かる必要も無い。
信じる訳でも無い。
俺:それでも。
あのクソマズい化物の肉を焼いて食って、
干して食って、
腐っても食って、
吐いても食って、
残った骨までなんとかしゃぶり尽くして、
食らいつくして、
限界ギリギリ、
そう丁度あの戦いのような望みの無い、
無限に続く無為で無辺の時間を過ごしたように、
生きて生きて、生き続けてみたとしたら、その時には、もしかしたら――
なんて、結局、
俺:何をどうしたところで悔いることになるのが真実だろう。
俺:そんな尤もらしい呟きは、淡く静かに閉ざされた空間に響いて消えた。
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