王様と人魚のお姫様ラーナ
紬木海花
第1話 空腹と女の子
空腹からはじまった。ひもじくて、でも雑草なんて食べたくなるほどには追いつめられていない私。近くの池で糸を垂らしていた。本で得ただけの知識。村は内陸にあり道具なんてものはない。手製の釣り竿。少し丈夫そうな木。梯子にも使われる丈夫なツル。先には岩の下に隠れ住んでいたミミズがくくり付けられていた。
「今日も、釣れないなぁ」
とぼやきながら――そもそも池にはなにもいないのかもしれない。
私は池を覗き込んだ。
まるで海のように深い深い青色をした池。
だから何かを釣れるかもと期待していた。
私は釣り糸を引き上げるとウネウネと動く、ミミズを突いた。
「あんた達って本当にタフだね」
私は丁寧に解いてやった。陽の光はごめんだと言うようにクネクネと――彼らからすれば全速力で去っていく。
「何だか悪い気がしちゃうわね」
こんなさして面白みのない女の子の日常をうつしてとってどうするかって? これから少女に日常とは、平凡とはなにか忘れてしまうほどの出来事が起こるからである。
その日は帰った。珍しく一人一個のリンゴが与えられた。私は何があったのだろうかと母親を見上げた。
これは大切に食べよう。はぁっと息を吹きかけると表面を袖口で拭った。ツヤツヤと輝く果実。
「でもやっぱり魚っていうものを食べてみたかったな」
私は母を見上げた。病的なほどに瘦せぎすな体。全く同じものを食べているのにどうしてこんなにも違いが出るのか。
母は怒りぽかった。気でも触れたように世界の全てが大嫌いだと鬱陶しそうに怒る。人に集るハエがそこにいるように滅茶苦茶に暴れまわるのだ。私はリンゴを大切にワンピースの下にしのばせるとベットに走った。
少なくとも視界に入らなければ母が怒ることはめったにない。
「普段、その人がやらないことをすると死ぬって誰かに聞いたことあるわ」
村で有名な偏屈なお爺さんが死んだとき、誰かがそう呟いたのだ。
私の予想は見事に当たった。翌日、テーブルに倒れ伏して亡くなっている母の姿を見つけた。
「ほうら、やっぱりね」
死体というのは子供一人でどうにかできるものではない。身は硬くなり体重も生きている時よりもズシリと増したように重たい。椅子ごと動かそうとした私。結局ぴくりとも動かなくて諦めた。
その時、テーブルにリンゴが置いてあるのに気が付いた。一口しか食べていない、それ。
「まるで毒リンゴだわ」
それも服にしまい込んだ。まるで近所にすむミランダという化粧の濃い女の人みたいになった。
私は池の前に座った。
「お母さんが死んでしまったわ」
今日、魚がとれなければ諦めようと釣り竿を取り出した。ふと餌をとってこなかったことに気が付いた。
私は母が一口だけ食べたリンゴを取り出すとツルの先にくくり付けた。
「どうせ釣れやしないんだから」
ポイっと投げ込んだ。私は退屈であくびをした。なにも起こりはしないだろうと油断していた時。くいっと竿がしなった。
「えっ」
一瞬だけものすごい力で引っ張られたのだ。
竿を引き上げるとリンゴがなくなっていた。
「うそ、私のごはん......」
私は飛び込んだ。今ならまだ取り返せるかもと。真っ暗な池の中。生き物はなく。戻ろうとしても体はなぜか沈んでいくばかり。
死を覚悟した時、手に持っていたリンゴがなかった。
「うわぁ、まただ。美味しそうな木の実......って、ぎゃぁぁっ人がいるぞっ」
美しい尾ひれを持つ人のようなものがリンゴを手に叫んでいた。
(おかしいな、ここは水中なのに声が聞こえる)
私はきっとおぼれ死んでしまったのだろうと思った。
それほどにおかしくて奇妙な出来事だったから。
「リンゴ、返して――私のよ」
「うわぁ、君に尾ひれはないのにどうして人魚みたいなの」
少年の人魚は私を優しく抱えた。好奇心に満ちた顔で何かを質問している。しかし、私の意識はどんどんと遠のいていく。
『長生きしても良いことなどない。あの時、泡になって消えてしまえばよかったのだ』
母のいつの日かの嘆きがふと脳裏によぎった。
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