ダンジョンを生き延びろ




「だからぁー、〇〇が白石さんと仲良くなりたいんだって。ね?嬉しいでしょ?」


「すみません・・・こっちにその気が無いのに中途半端に関わったら、〇〇さんを傷付けてしまうので・・・」


「えー、そうやって距離置く方が傷付けるんだよ?」


「はあ・・・」


桃花は曖昧な返事をした。その表情は引きつっている。

職場のロッカールームでの、彼女の先輩との会話である。














その様子をテルと道化師の二人が宙から見下ろしていた。


「何あれ」


「・・・・好きな女に直接告白する勇気も直接口説く度胸も無い男が、ブレイン役の友人に頼んで代わりに口説いてもらっているところだと思うが」


「いやそれは分かるよ。分かった上で『何やねんアレ』って言ったの」


「『何やねんアレ(怒)』って感じか」


「そうそれ」


始めは怖い、不気味だとしか思っていなかった道化師ジョーカーだったが、数日共に過ごす内にすっかり慣れたテルであった。


(・・・桃花あいつが『ピエロさんは多分、本当は優しいひとだ。きちんと話せば分かってくれるひとだよ』とか言うから、すっかり俺たちもこいつの存在を受け入れちまったな)


テルは思う。白石桃花はなんか変な人間だと。

数日前、道化師の問いに彼女が返した答えを聞いて、そうテルは思ったのだ。

憎しみを肯定し、復讐を肯定し、そのくせ復讐するなら罰を受ける覚悟をするべきだ、などとぬかした。

――――ああ、


(あいつもきっと――――賢明な馬鹿って奴なんだろうな)


真面目すぎて。誠実すぎて。賢明すぎて。一周回って大馬鹿野郎。

きっと、俺たちと同じ。

だけどそれじゃあ駄目だ。そんなんじゃ他者の悪意に呑まれて、大事なものすべて

俺たちのように。


(頼むから)


俺たちのようにはなってくれるなよ。

そんな事を考えていたら、道化師が横で呟くのが聞こえた。


「・・・桃花トーカ、あんまり楽しくなさそう」


テルが自分より背の高い道化師を見上げれば、彼はムスッとした顔をしていた。


職場ここにいる時、桃花はしんどそうな顔をする事が多い。家にいる時はもっと楽しそうだった」


テルはその言葉に耳を傾け、言った。


「仕事ってそんなもんなんじゃねえの?」


道化師はテルを見た。

その碧眼は魂を見通す。


「・・・ああ、そうか。テル、キミは社会人になる前に死んだ魂なんだね」


「・・・・」


テルはちょっと黙った。

そして、


「ああ、そうだよ。俺は世の中の仕事ってやつがどんなもんか知る前に死んだ」


道化師は首を傾げる。


「でも、本当は今の見た目よりもっと歳上だろう。そのままの見た目にすればいいのに」


「うるせえ。あんなデカい見た目だと桃花が自然体でいられねえだろう」


「あーそういう事。優しいねえ」


「うるせえ」


道化師は微笑ましそうな顔でテルを見ていたが、ふっと真剣な表情になる。


「仕事は――――仕事が楽しいか、楽しくないかは多分、場所によるし、人による。仕事内容にもよるし、一緒に働く仲間がどんな人間かにもよる」


テルはそれを聞いて少し考える表情になった。


桃花あいつは――――電話対応に集中している時はあまり辛そうではないんだよな。問題は・・・」


テルと道化師は同時に下の光景を見下ろす。


「・・・人間関係ってやつか」


桃花はまだ厄介な先輩にまとわりつかれていた。




















その夜。

桃花の自宅でテルと道化師が各自くつろいでいると、風呂場から突然凄まじい声が響いた。

慟哭どうこくである。


「・・・・」


「・・・・・・・・ねえ、テル」


「行かねえぞ俺は」


「でも」


「あいつに言ったんだ、証明しろって。俺が手助けしたら意味が無えんだ」


「・・・・ボクは、」


ボクは。道化師は顔をくしゃくしゃにして、けれど結局何もできずにうなだれた。

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