無事だった夜に《前編》




「はァ!?輝美てるみが桃花の中に入った!?」


桃花が一日の仕事を終え、自宅のアパートへ帰ってからの事。

テルは愕然とした表情で大声をあげた。

シャワーを浴びてさっぱりした顔の桃花がドライヤーで髪を乾かしながらこくんと頷く。


「そう。彼女に『助けて』って声をかけられて。輝美さんがわたしの中に入ったから、彼女の目を通してわたしもあの・・・ピエロ?みたいな奴が視えたの」


そして輝美は言った。道化師あいつは今を生きる人間がその目的を否定すれば何もできなくなる、と。

だから力を貸して、みんなを助けて、と。


「でも、わたしは電話対応中だったから・・・だからああしたの」


「・・・・・」


テルはぽかんとした顔で桃花を見ていたが、やがてふーっと大きく息を吐いた。


「・・・そっか。助けてくれてありがとうな、輝美、桃花」


そう言ってちょっと笑う。状況が理解できてほっとした様だ。

桃花もドライヤーの電源を切りながら笑い返した。――――自分にできる事があってよかった。


(真上を見上げながら電話対応する姿は皆に不審がられたけど・・・まあ、背に腹は代えられないってやつだよね)


テルは桃花に向けて手を差し伸べた。


「輝美。もういいだろう、戻ってこい」


桃花は一瞬、その手は自分に向けられたのかと思ってドキッとしたが、


(あ、そうだよね・・・びっくりした・・・)


と思いながら表向きは平静を装っていた。

部屋の中に沈黙が落ちる。


「・・・・」


「・・・・」


「・・・・」


「・・・・・・・もう輝美さん、そっちに戻ったかな?」


「いや・・・」


テルが渋面になりながら差し伸べた手を降ろした。

桃花は首を傾げる。

そんな彼女の中に入ったまま戻ってこない己の仲間にテルは困ったように言った。


「輝美、おまえ・・・」


その時だった。






「こんばんは諸君!いい夜だね☆」






向かい合った桃花とテルを真横から眺める立ち位置に、道化師ジョーカーが突如現れた。

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