ジョーカー
今日も今日とて桃花は仕事である。
職場でオペレーター業務をこなしていく彼女を、テルは宙から見下ろしていた。
もちろん姿は消している。だがそんな彼に話しかける者がいた。
「やあ」
「!」
背後から声をかけられたテルは顔をこわばらせてとっさに大きく跳んで相手から距離を取った。
相手はそんなテルを見て、しょんぼりと肩を落とす。
「そんな怖がらなくてもいいじゃないか・・・」
その人物は水玉柄の赤と青の帽子をかぶり、同じく赤と青色をした派手な衣装をまとっている。
顔は真っ白に塗りたくられ、オレンジのアイメイクや口紅が施されている。
その奇抜な姿はサーカスでお馴染みの、
「
テルは彼の名を呼んだ。
「おまえ、なぜここにいる!?」
信じられない、といったように叫ぶテルは、普段の彼に比べ精彩を欠いていた。
そんな彼に、ジョーカーと呼ばれた男は宙にぷかぷか浮かんだまま不思議そうに首を傾げる。
「なぜって・・・当然だろう、ボクが
「・・・・ッ!!」
そう。
“
この世に未練を残した者を笑顔にして、強制的に未練を無かった事にする者。
この世に留まる霊を一掃する為にセカイが生み出したシステムの一つである。
(くそっ、こいつにだけは見つからないように気配をできるだけ薄くしていたのに・・・!!)
険しい顔で歯噛みするテル。
彼の中でいくつもの声が響く。
――――テル。テル。
――――あなたは逃げなさい。
――――僕を私を儂をオレを身代わりにすれば、君だけは。
――――君はわたしたちを一人一人見つけてくれた、恩人だ。
――――きみは、きみだけは己の
(うるせえ・・・ッ)
うるさいうるさいうるさい黙れ。
俺はそんな事は、決して――――
「魂を集めて集めて、大きくなったねえ。君が子どもの姿なのは、アレかい?大人がキライだから、とか?」
にこにこしながらジョーカーが言う。
その笑顔に裏は無い。彼は本当に心の底から楽しくて笑っているのだ。
「さあ、ボクの役目を果たそう。うれしいなあ、たのしいなあ!今回はたくさんの“かなしい”を無かった事にできるぞ!」
ああ、それは、なんて素敵な事でしょう。
ジョーカーが両腕を大きく広げた時だった。
「いいえ、それはできかねます。お客様のご希望に添えず申し訳ありません」
「・・・・・・・・・?ア・・・?」
唐突に下から大きなよく響く声がして、ジョーカーはぴたりと動きを止めた。
ゆっくりと彼が下を見れば、生きている人間がこちらを真っ直ぐに見上げている。
彼女は椅子に座り、パソコンの前でヘッドセットを装着して、電話口の向こうのお客様に向けて話しながら――――同時にこちらに向けて言葉をかけていた。
ジョーカーのしようとしている行為に、“否”と。
今を生きる人間が。
「はい・・・はい・・・ええ、はい。ですがやはりそれはできかねます」
彼女は首が痛くなるんじゃないかという位、大きく上を見上げながら声を張り上げる。
その声を余さずすべて、ジョーカーは聞き届けた。
「・・・ッ、うう・・・・っ!!」
真っ白な顔をしわくちゃにして、苦しげなうめき声を上げながら彼はその場から消えていく。
その様をテルはぽかんとした表情で見つめていた。
ジョーカーの気配が脱兎の勢いでここから離れていくのが分かる。
テルはゆっくりと首を動かして地上を見た。
「・・・・・・・桃花?」
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