それは目覚まし時計のアラームが鳴る一時間前にやって来る。


「とうかー!朝だぞ、起きろー!そして朝飯を作れー」


「ぐふっ!!」


ばんばん、と掛け布団越しに腹部をたたかれて桃花はうめき声を上げた。


「とーうーかーー」


ばんばん。寝室への侵入者はなおも諦めない。

桃花はがばっと跳ね起きた。


「お」


「・・・我の眠りを妨げるものよ・・・」


「おう」


「我、まだ寝ていたい」


寝起きの低い声でそう言ったかと思えば、彼女は再び布団に潜り込んで横になる。

それをテルはぽかんとした顔で見ていたが、やがてハッと我に返り、「とーうーかーー!」とすがるような声を上げたのであった。















目覚まし時計のアラームが鳴り出した1秒後に桃花は手を素早く伸ばしてスイッチを切った。

もぞもぞと布団の中で何度か寝返りを打ってから、「はっ!」と気合いを入れて勢いよく起き上がる。

彼女は起き出してからは行動が早かった。

恨めし気な目でこちらを見てくるテルに「おはよう」と声をかけて――――彼も「おはよう」と返した――――朝の準備を始める。

家の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながらてきぱきと動く彼女の後をついて歩きながら、テルはゆっくりと瞬いた。


「おまえ、かっこいいな」


「は?なに突然。着替えるからいったん出てって」


寝室で仕事へ行くための服に着替え、そこから真っ直ぐ台所へ向かう。

猫の柄のエプロンを着て今度は台所の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら作業を進めていった。

周囲にあたたかい朝食のにおいが広がっていく。


「・・・・・」


彼女のその姿をテルはソファに座ってじっと見つめていた。その表情からは何も読み取れない。ただただ熱心に青い眼差しを向けるだけだった。


「よしできた。テル、テーブルに持って行って」


「承知した」


声をかけられて彼は立ち上がり、台所へ向かっていく。


「ご飯はこれくらいでいい?」


「うむ!もうちょい多めがいいな!」


「おう・・・よく食べるなあ」


そんな言葉を交わしながら二人は食卓につく。

今朝のメニューはご飯、豆腐とわかめの味噌汁、目玉焼き、ブロッコリー、ウインナーである。


「納豆もあるよ」


「食べる」


そうして両手を合わせて「いただきます」と挨拶を。

桃花はウインナーを食べながら向かいに座るテルを見やる。


(姿勢もいいし、食べ方も綺麗だ。お行儀がいいなあ)


そんな事を思いながらいちばん気になっている事を問う。


「それで。わたしは仕事へ行く訳だけど、あんたはどうするの」


「もちろん、付いて行く。姿を消してな」


「なるほど・・・」


分かってはいたが、桃花はあまり気乗りしない。


「別に楽しくないよ。あんたが言う幸福からはちょっと遠い場所なんじゃないかな」


「それでも」


テルは味噌汁を飲んでから顔を上げる。


「おまえがそこで如何に生きるかを見たい」


「うーん・・・」


ずっと見られるのは何だか恥ずかしいな。いやそれ以前に、こいつにかっこ悪いところ見せたくないな。

でもこいつは何を言っても来るんだろうな。


「・・・・・分かった」


「うむ!おれはなるべく静かにしている。心配するな」


少年の姿をしたいくつもの霊の集合体は、そう言ってにやりと笑った。

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