第四十八話「記憶の欠片」
晴明様と道満様。篁様は、大丈夫かな。
まばゆい光と共に懐かしく、いとおしい生まれ育った集落の景色が目の前に広がった。
「母様ー」
ふいに振り向くと、小さな女の子が走ってきた。
ああ、これは私だ。幼い頃の私……ああ、
今はもう、過去のものとなってしまった。懐かしい声、姿、村の光景。
私は、白昼夢を見せられている。誰に?
父様じゃないのは、確かだわ。だってこんなに温かいんだもの。
幼い私が母様に抱きつく側には、優しい微笑みを浮かべたお祖父様とお祖母様がいる。
温かい離れがたい光景。もう二度と戻れない。
自然に涙があふれてきて、美夕は、しゃがんで泣き出した。
美夕……美夕。
誰ですか? 私を呼ぶのは。
美夕……聴こえますか。わたくしは、夢幻の月の精。
貴女は、炎獄鬼を倒すために覚醒しなければなりません。
邪悪なる、鬼女ではなく正しき、炎の鬼神としての力を目覚めさせるのです。
貴女の記憶の中で、温かく強く、印象に残った思い出を見つけなさい。
その記憶のカケラを手に入れた時、貴女の中の力が目覚めるでしょう!
わかりました。見つけます。きっと!
美夕はうなずいた。
さあ念じなさい。強く!
美夕は両手を合わせて強く念じた。
☆★☆
まばゆい光が広がる。
「美夕。大丈夫?」
母の
貧しいけれど、温かく懐かしい我が家の景色が目に映った。
あっ、そうか。私は記憶の中に入ったんだ。
でも、どこに覚醒出来る記憶のカケラがあるのかしら?
「美夕? まだ熱に浮かされているのね。
やはり、都の
その時、けたたましい
「薬師だと? 金も無いのに診せられるはずがないだろう!」
父の炎獄鬼だ。
「なんじゃと? 働かない奴が何を言うとる! 金が無かろうが。
着物や七輪でもなんでも、売って金にせにゃ。美夕が死んでしまうじゃろうが!」
祖父が炎獄鬼にどなりちらす。
「そうですよ。炎獄さん。あたしもおじいさんも、自分の物を質に入れてでも美夕を助けたいのですよ」
祖母が必死に訴える。
「うるせえ! くたばりぞこないの爺婆が!俺はこんなガキは、ハナッからいらねえんだ! 放っておけよ」
炎獄鬼が酒をあおって、祖父の胸倉をつかんだ。
「やめてください! あなた! 父様が苦しんでおられます。それに美夕は、あなたの血を引いた子なのですよ?
病の時くらい、父親らしいことをなさったらどうですか!?」
美朝に諭された。炎獄鬼は、しばらく黙っていたがゆっくり口を開いた。
「――わかった。お前がそこまで言うなら俺が、このガキを薬師の所まで、連れていく……
これは、こいつのためじゃない。お前のためだ。お前が望んだから行く」
驚いた……正直、あの暴虐武人を絵に描いた
父様が私を、薬師様に連れて行ってくれるなんて。
この時の事は一生忘れない。
でも、私は貴方のようには絶対ならない!
母様が、お祖父様が、お祖母様が。村のみんなが。
晴明様が、道満様が、篁様が。今まで出会ったみんなが、人の温かさを教えてくれたから。
父様が私をおぶって歩いている。私をおぶってくれたのは、後にも先にもこれ一度きりだったけど。
暖かい……たとえ、その身に残忍な鬼の血を持っていたとしても
たとえ、私を何とも思ってなくても……
暖かい温もりに包んでくれた。この時だけは、私の父だった。
私はこの記憶を石にきざもう。
「美夕……これを、受け取れ」
炎獄鬼が光る宝玉を差し出した。
えっ……こんな記憶ないわ。もしかしてこれが!
精霊の声が聴こえる。それが炎獄鬼の良心の欠片です…さあ、受け取りなさい。
父様にも良心があったんだ… 美夕の目がうれし涙でうるむ。
でもこれを受け取ってしまったら父様の良心が。
それは、炎獄鬼がとうの昔に捨てた感情です。
このままではそれは、消滅してしまう運命にあるのです。
貴女が持っていた方が貴女のお母様も、お祖父様、お祖母様も喜びますよ。
――美夕。美夕や…大きくなったね。強く生きるんだよ――
美夕が振り向くとそこには、亡くなった美夕の祖父。祖母。村のみんなが見守っていた。
美夕は祖父と祖母の温もりに包まれ、喜びの涙を流した。
お祖父様、お祖母様。みんな! ありがとう。
美夕は、宝玉を受け取り、炎の鬼神に覚醒した。
美夕の髪が、あざやかな
背には朱色のはごろもをまとった姿に変化した。
これが私なの? 晴明様を傷つけたあの鬼女の姿じゃない。
とても、すがすがしいわ!
さあ、おゆきなさい。未来を守るために!
精霊は月へ帰ろうとした。その時。篁が現れた。
待ってくれ! オレはどうすればいいんだ!?
精霊は温かな微笑を浮かべた。
貴方は、もうすでに力を受け取られています。
篁の胸が輝いて、氷獄鬼雪花が現れた。篁様…篁様には貴方様の胸に宿った時。
わたくしの力を全てお渡ししました。
貴方様が持つ前世、
篁は白い髪の輝く星神に覚醒した。
雪花、ありがとな。
精霊様、ありがとうございます。
行くぞ美夕。炎獄鬼を倒すために。
はいっ!
美夕の心の世界がゆらゆらと蜃気楼のように揺れている。
父様……。私は、本当に父様を倒せるのかしら。
もしも、私達が人であれば、こんなことにならなかったの?
美夕は涙をぬぐい、篁と共に光の射す方へと歩みを進めた。
光の道を通り、覚醒した二人は元の世界に戻っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いよいよ、炎獄鬼との決戦!
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