OCD

yasuo

OCD

鍵を閉める。

挿さったままの状態で、何度も指差し確認する。

ガチャガチャガチャと、確実に閉まっているかを確認する。これも何度も。何度も。

疲れてうんざりしてきたらやっとドアの前を離れる。

大抵は、もう一度戻って鍵を開けてまた閉める。

そしてまた、同じようにうんざりする確認作業を繰り返す。

病的だなって思うけど、これをやらないと不安でしかたがない。

本当に時間の無駄。


今日もつまらないバイトが終わって彼の家に向かう。

一人暮らしのアパート。

もらった合鍵を握りしめて階段を上がる。

この鍵は、証拠だ。

彼が私を好きである証拠。


「おつかれ」


部屋に入ると、布団にうつ伏せでスマホをいじっている彼が、スマホから顔も上げずに言う。

私に気を遣わないくらい信頼してる。これも、証拠だよね?


***


一年前くらいに、彼の方から告白されて、私たちは付き合った。

彼は優しくて、尽くしてくれて、私は幸せだった。


『ねぇ、私のこと、好き?』

『うん。大好きだよ』


私が確認すると、彼はいつも合言葉のように答えてくれた。

男の人はあまり好きとか可愛いとか、言葉にして伝えないらしい。

言葉が軽くなるからって誰かが言ってたっけ。

でも私は、軽くなってもいいからたくさん言ってほしい。

言葉にしないと伝わらないよ。

だから何度も何度も、私は彼の気持ちを確認した。

言ってほしいってことも、言わないと伝わらないもんね。


愛し合う二人は当然、体を求め合った。

最初の数ヶ月は会うたびだったなあ。

最近はいつも私からだけど、彼は応じてくれる。

私はセックスが好きだ。

言葉よりももっと直接的に、私を必要としてることを感じられる。

肌を擦り合わせ、名前を呼び合って。

重なっているときだけは、不安から解放される。


***


相変わらず布団にうつ伏せでスマホをいじっている彼の横に、同じような体勢で寄り添う。

彼はスマホを閉じ、片肘をついてやっとこちらを向く。


「どした?」


きっとスマホを隠したのではない。私を優先したのだ。


「ねぇ、私のこと、好き?」

「……うん」


最近の彼は合言葉を忘れている。

その目に以前のような優しさはなかった。

私を見つめて何を考えているのか。

どうしようもなく不安になる。


「本当に好き?」


彼は答えなかった。

答えずに、こちらを見つめている。

咎められているような気になって、不安が加速する。


「ねぇってば」

「……あのさ」


彼は体を起こし、あぐらをかく。

私もつられて体を起こし、なんとなく嫌な雰囲気を感じて正座をする。

私は布団からはみ出ている。


「いつもいつも好きかどうか聞いてきてさ、好きって言っても何度も何度も。もはや俺の好きって意味あるの?ないから聞いてくるんだよね。そんなに信用ないかなあ。そっちこそ俺のこと好きなの?」


ダムが決壊したように、彼から言葉が溢れ出る。


「好きだよ!当たり前じゃん。どうしたの急に」

「好きなのに俺の気持ちは無視してるんだね。いやわかった上で意地悪してんのかな。正直もううんざりしてる。自分のことばっかりじゃん」


うんざりしてる。

彼の言葉が脳内を反響して、私は、私は、何も言葉が出てこない。

代わりに涙があふれてきた。

自分の体じゃないみたいに、勝手に出てくる。


「好きって言葉で確認してさ、それって意味あるの?好きって言って、それが本音である証拠なんかないじゃん」


私は。

私は彼に愛されていたくて、愛されているかどうかが不安で、だから確認したくて。

確認しても確認しても不安で、きっと私もうんざりしてた。

彼の言う通り、言葉になった気持ちが本音かなんて確証がないから、不安が消えなかったんだ。

私はそれに気付かずに、何度も何度も何度も何度も確認してしまった。

いや、気付いていたとして、確認せずにいられただろうか。

だってしかたがないよ。

心は見えないのだから。

言葉とか、体とか、触れるものに縋るしかなかったんだ。


「ごめん。ちょっと頭冷やしてくる」


彼は部屋を出ていった。

しばらくして私も落ち着いてから部屋を出たが、近くに彼の姿はなかった。

彼が戻ってくる前に帰ることにした私は、合鍵で鍵を閉める。

一瞬の逡巡。私は確認せずに、その場を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

OCD yasuo @yasuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ