「愛されたかった子供」のフェリックス視点

【水浴び】

 やっぱり、アーロンさんはとっても優しい人。

 ボクが泳げないって、ちゃんと気付いてくれた。

 なんでか、ボクの体って水に浮かないんだよね。

 アーロンさんは、ボクを抱っこして川に入ってくれた。

 ボクの膝下ひざしたぐらい、水が浅いところで下ろしてくれた。

 絶対におぼれない水嵩みずかさ(川や池などの水の量)。

 ひとつひとつ、心配してくれているのが分かって嬉しい。

「よし、キレイにすんぞ」

「はい」

 アーロンさんが手で水をすくって、ボクの体にパチャパチャ掛けてくれる。

 冷たくって、気持ちが好い。

 水浴びって、久し振りかも。

 今まで怖くて、水辺には近づかなかったから。

 ボクが溺れても、きっと誰も助けてくれない。

 逆に「溺れ死ね」って、沈められると思う。

 ボクが死んだら、みんな喜ぶのかな?

 アーロンさんも、ボクが死んだら喜ぶのかな?

 ドボンって、落とされるのかな?

 でも、アーロンさんは、みんなとは違うと思う。

「無能力の子」のボクを、拾ってくれたんだもん。

 お水を飲ませてくれたし、抱っこしてくれたし、撫でてくれるし。

 なんで、この人はこんなにも、ボクに優しくしてくれるんだろう?

 今だって、優しい手つきで、ボクの体の汚れを落としてくれている。

 されるがままなのは悪い気がして、ボクも自分の体をこすった。

 川の水がドンドン、黒くなっていく。

 うわ……ボク、スゴく汚い。

 綺麗だった水が、ボクのせいで汚れちゃって、悪いことをした気持ちになる。

「ごめんなさい」

「なんで、謝んのよ?」

「だって、ボクのせいで、川の水が汚れちゃいました」

 ボクが謝ると、アーロンさんはポカンとした後、くすりと小さく笑う。

「こんくらい、大したことねぇから、気にすんなや」

「でも……」

「ほら、見ろや。お前、こんなに白かったんだな」

「あ、ホントだ」

 水で洗うと、こんなに綺麗になるんだ。

 綺麗になったら、なんだかスゴく嬉しかった。


【ヤマモモのジュース】

「ほい。これ、飲んでみ? ヤバそうだったら、ムリして飲まなくていいから」

「はい、いただきましゅ」

 アーロンさんが、ボクなんかの為に何かを作ってくれた。

 なんだろう? これ。

 渡されたカップには、ドロドロの黒い液体が入っている。

 お花みたいな、とっても美味しそうな甘い匂いがする。

 さっき見せてくれた、黒い木の実(ヤマモモの実)で作ったみたい。

「飲んでみ?」って言われたから、たぶん飲み物なんだと思う。

 アーロンさんを見ると、スッゴく真剣な顔で、ボクをじぃっと見つめている。

 アーロンさんは、ボクが飲むのを待っている。

 なんで、そんな顔してるの?

 これ、飲んだらどうなるの?

『ヤバそうだったら』って、どういうこと?

 ヤバかったら、死ぬの?

 どうしよう……怖い。

 でも、アーロンさんがせっかく、ボクの為なんかに作ってくれたんだもん、飲まなきゃ。

「い、いただきましゅ……」

 恐る恐る、黒い液体を飲んでみた。

「おぃちぃっ!」

 口に広がる、甘酸っぱい味。

 こんなに美味しいもの、ボクなんかが飲んでも良いのかな?

 美味しいのが嬉しくて、アーロンさんに興奮しながら伝える。

「アーロンしゃん! とってもおぃちぃでしゅっ!」

「そっか、美味いか。良かったじゃん」

 アーロンさんは、ホッとしたような顔で、笑ってくれた。

 そっか、アーロンさんは、美味しいか不安だったんだ。

 アーロンさんが喜んでくれたことが嬉しくて、カップを差し出す。

「アーロンしゃんも、飲んでくだしぁっ」

「ふははっ、『くだしぁ』って、何よ? じゃあ、ひとくちもらうな?」

「はい、どうぞ」

 アーロンさんは、笑いながらカップに口を付けた。

「おっ、マジで美味いわ」

「でしょ~?」

「うん。あとは、お前が全部飲んでいいぞ」

 アーロンさんはニコニコしながら、コップを返してくれた。

 カップには、まだいっぱい入っているのに。

 もっと飲んで良かったのに。

「これ全部、ボクが飲んで良いにょ? アーロンしゃんのは?」

「お前の為に作ったんだから、お前のに決まってんべや」

「ボクの?」

「そう、これ全部、お前の」

 アーロンさんは優しく笑って、ボクの頭をよしよしと撫でてくれた。

 ボクの。

 そんなこと言われたの、いつ振りだろ?

 こんなに優しく笑い掛けてもらえたのは、いつだっただろ?

 美味しいものをくれて、頭を撫でてくれて、ぬくもりをくれて、笑ってくれて。

 こんなにも、たくさんくれて。

 心があったかくて、胸がいっぱいで。

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……。

「……あぃがとぉごじゃぃましゅ……」

 涙が止まらなかった。

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