探偵令嬢は暴露したい。~貴族学園、平民、入学、とくれば何も起きないはずはなく~

川乃こはく@【新ジャンル】開拓者

プロローグ 


「――学園に行きなさい、エマ。そこにアナタが呪われている秘密があるわ」


 そういって血だまりのなかで息絶えた母親を看取ってから、どのくらい月日がたっただろう。

 正直、あまり覚えていない。

 ボク自身が幼すぎたというのもあるけど、やっぱり親がいなくなったって思い出はふつう思い出したくないものじゃない?


 ボク――エマは俗にいう不幸体質というやつだった。


 なにかの拍子で母親を殺され、子供が取り残されるなんて悲劇はこの世界じゃよくある話だけど、その犯人が五歳の娘だったなんて決めつけられたのはボクくらいなものだろう。

 幼少期でこれだ。

 おまけに親戚をたらいまわしされた挙句、捨てられ、幼いながら守銭奴な女主人のいる孤児院に拾われ、今日まで立派に、まっすぐ成長できたのは自分でも奇跡だと思っている。

 だけど――。


「エマ、アンタは今日から貴族の令嬢だよ!」


 奇跡も過ぎれば不幸になるんだなって、ボクは今日初めて知った。


 正直、なんでそうなったと声を大にして言いたい。

 なにせここは貧民街の端の端。哀れな孤児を救済する『孤児院』という名を借りた子供の斡旋場なのだ。そんな孤児のエマが、実は貴族の令嬢だった? といわれ馬鹿正直に信じる住人は、ここにはいない。

 というか常識的に考えて孤児が貴族になれるはずがないのは、マザーが一番よくわかっているはずだ。


 結果――


「えーと、貧乏極めすぎてついに狂っちゃった?」


 と言ってしまったボクは絶対に悪くないはずだ。


 だけど現実は無情なもので。権力に逆らえないのが平民の悲しいところだ。

 気づけばマザーの魔の手によってぐるぐる巻きにされたボクは、やけにフリフリなドレスを着せられ、理由も聞かされないままに豪華な馬車に詰め込まれていた。


 ゴトンゴトンとやけに豪華な馬車に揺られながら貧民街を抜けることしばらく。

 やけに大きな屋敷に到着したかと思えば、そこにはいかにも貴族ですといった服装の初老の男性が立っていた。


「ごきげんよう。ワトソン伯爵」

「うむ。今日という日を心待ちにしておったぞ。マザー・カルネル。してそこの娘が例の――」

「はい。当店自慢の候補者でございます」


 挨拶もそこそこに、ジロジロこちらを値踏みするように見ては、マザーと何か話し合うお貴族さま。

 伯爵ということはそこそこ偉い人なんだろうけど、あいにく貧民街の孤児に違いなんて分からない。

 なのでここはおとなしく、お貴族さまが満足するまでいくつかの質問を答えていると、突然、ワトソン伯爵が満足そうにうなづいてマザーを見た。


「ふむ。いいじゃないかマザー・カルネル。想像以上だよ」

「ええ、うちではこれ以上の条件はないかと。きっとワトソン様の野望成就のお役に立つこと間違いありませんわ」

「いったい、なんの話?」

「――説明していないのかマザー・カルネルよ」

「うん? ああそういえば言ってなかったね。お前は今日からお前はこのワトソン伯爵の孫娘になるのさ」

「はいぃ?」


 お貴族さまの前で思わず変な声が出てしまったボクを、どうか許してほしい。


 基本的に親のいないボクら孤児は、客が望めば少し非合法なことをしなくては生きていけない生き物なのだ。

 つまり親の命令は絶対服従。

 盗みや暴力沙汰なんかは序の口で、見目のいい孤児は売春目的でお客を取らされるところもある。

 今回も、そういった人には言えない裏の仕事で、お貴族さまの暗躍の手伝いでもさせられるのかと思ったんだけど、


「ええっとマザー、これってなにかのサプライズだったりするの? もしかしなくても新手の商売とか、じゃないよね? マザーの話ぶりだと、なんだかボクが本当に貴族の令嬢になるって流れになってるような気がするんだけど」

「だから何度もそう言ってるじゃないか。お前は今日から伯爵様の家の子になるんだよ」


 いやいやいや。平民の孤児が貴族の令嬢になれるってあり得ないから。

 というかボクにもわかるように説明して!


「ようするにお前を貴族の令嬢として迎え入れたいって奇特なお方がいらしたから売っぱらうことにしたんだよ」

「はい!?」


 マザーの衝撃的な言葉に、エマはぎょっとなって体を硬直させた。

 それってつまり――


「ボクをこの変態に売り渡すってこと!?」

「へ、変態じゃと!?」


 本人を目の前にポロっと本音が出たのはご愛敬。

 視界の端で変態扱いされたワトソン伯爵の目元がぴくぴくしていたけど、自分の人生の行く末がかかっているのに、他人の気持ちになどかまっていられなかった。


 我を忘れて、目の前のお貴族様にしがみつけば、その枯れ木のような体を前後にゆすって説得しにかかる。


「ねぇ今からでも遅くないから考え直しなよ貴族のおじさん。ボクを買い取ったって絶対ろくなことにならないよ。絶対このおばさんに騙されてるって!」

「ああん。人聞きの悪いこというんじゃないよ。これは両者の合意にのっとった契約魔術なんだ。別に今すぐ死ぬわけじゃないんだ。そんなに驚くことでもないだろうに」

「驚くよ! マザーだって貴族が小さい子供をいたぶって遊ぶ変態だって知ってるでしょ。なんでそんな場所に喜んでいかなきゃいけないのさ」

「ふん。まったく聞き分けのない子だねぇ。それもこれも問題を起こしすぎるアンタがいけないんだろうが」


 そんな。確かに不幸体質だけど、基本的に従順でいい子にしてたじゃないか。


「それじゃあ聞くけど先月、アンタに輸送の仕事を任せたよね? その大事な商品を輸送途中でぶっ壊したのはどこのどいつだい」

「……ボクです」

「酒場の給仕ならできるっつんで、冒険者ギルドに預けてみれば放火騒ぎを起こしてその日のうちにクビになったのは?」

「…………ボクです」

「酔っぱらいの親父に絡まれたガキを助けて、教会送りにしたのは?」

「ううっ、ボクです」

「わかったかい? アンタがうちに来てから、問題が年々大きくなってきてんだよ。まったく。アンタが起こした原因でうちの稼ぎが何件ふいになったと思ってるんだか」


 それはそうだけど。

 全部が全部ボクが原因ってわけじゃ――


『おい。突然厨房が爆発したぞ!?』

『いったい何があった!?』

『わからん。今日いらっしゃる大事なお客人を迎える料理を作ったらいきなり火の手が上がったんだ』


「――ないと思います。はい」

「ふん。いわんこっちゃない。客の言うことさえ聞いてれば問題ない接客どころか、花売りで客を取らせようとしても死人が出たんだ。そんな疫病神を、これ以上うちに置いとけないんだよ」


 とりつく島もなければ「むしろここまで育ててやったんだ。感謝してほしいくらいだよ」と恩着せがましく鼻を鳴らすマザー。

 くぅ、この前、違法取引で教会から追われてるところを助けてあげたのに、


「ふん。それところとは話が別さ。世の中、金と権力がすべてなんだよ。これも大人のやりかたさ。悔しかったら、本物のお貴族様の令嬢になってアタシを見返してみるんだね」


 汚い。大人汚い!!


 そういって悪びれずワトソン伯爵から金を受け取ると、ボクがいなくなってせいせいしたと言わんばかりに馬車に乗って、去っていくマザー。

 十年間育ててきた子供に対する良心はないのか。良心は。


(ふん、だ。どうせ問題児のボクなんかすぐ追い返されるのがオチだろうし。あとで違約金取られて後悔しても遅いんだから)


 ワトソン伯爵の話を聞いたところによると、これからボクは、ワトソン家の名前を背負って、貴族の令嬢としてとある学園に入学することがすでに決まっているらしい。


 しかもそこで貴族の令嬢としての教育を受けて、立派な令嬢として跡継ぎを見つけてくれというのだから無理に決まってる。

 正直、文字の読み書き計算くらいしかできない貧民のボクが、高名な学園の試験で合格できるわけない。


 どうせ期待外れだと、追い返されるのがオチだ。


 だけど、あれよあれよという間に、入学試験の手続きが勝手に進められ、なぜか白紙で出した試験問題でなぜか合格点を勝ち取り、した覚えのない面接試験で、まったく身に覚えのない長ったらしい名前の人たちからの推薦を受けていることになり、最終的には学園へ入学を許可する通知が届いてしまった。


「……理不尽だ」


 これが貴族のやり方というやつなのか。

 はっきり言える。絶対になじめない。


 だけど、合格してしまった以上は、学園に行かないといけないらしい。


「ノブレスオブリージュ女学園、か。まぁなんとかなるか」


 自慢じゃないがこれまでトラブルを起こしまくったのは、周りの生活環境が悪すぎたからだ。

 お嬢様だけが集まる学園で、貧民街のように毎日事件が起き続けるなんてことはないだろう。


「案外、充実した学園生活を送れるかもしれない」


 そうとわかれば、うん。なんだかワクワクしてきた。

 うまくいけば、念願のオトモダチ? というやつもできるかもしれない。


 だけどその時のボクは気づいていなかった。

 金と権力で、平民の娘を無理やり合格させるような学園が普通ではないことを。


 そして事件は『入学式』におこり――


「なに、これ――」

 

 豪華な大理石の床に真っ赤に散らばる液体。

 ねっとりと絡みつく赤黒い液体はボクの両手を濡らしで、そばには高そうな制服を真っ赤に倒れた令嬢が。


「こんな。こんなことするつもりじゃ――」

「エマ=ワトソンさん?」

「――っ!?」


 自分の『名前』を呼ばれ、慌てて後ろを向く。

 どこから現れたのか群がる生徒と、甲高く上がる悲鳴。

 違う。ボクじゃない。

 だけどこの場で証言できる人は誰もいなく。

 すがるように『オトモダチ』の方へ視線を向ければ、真っ黒で喪服のようなドレスに身を包んだ勝気な令嬢がボクと倒れ伏した女子生徒を見下ろしていて、


「ふむ。ずいぶんと暴露しがいのある事件の香りがするね」


 ボク――平民エマあらため『下級令嬢』エマ=ワトソンは、己の不幸な運命を呪わずにはいられなかった。


――


ここまで手に取っていただきありがとうございます。

本作は異世界を舞台にした、ノンストレスで事件をサクサク解決していく探偵ものになります。


これ面白そう、と感じた方はフォロー、いいね、よろしくお願いします。


主人公のエマ=ワトソンちゃんが次々と不幸に会う場面をにやにやしながら

続きを楽しみにしていただけると嬉しいです!!

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