第5話 二十八代目当主
俺の父親は人間じゃない。
いや、生物学上は人間なのは確かなのだが、精神は一般人のそれじゃなくなっている。
普段は化けの皮を隠しているが、タガが外れた時、父は脳みそが書き換えられたんじゃないかと勘違いするほどおかしな奴へと変貌する。
だから俺はそんな奴に会いたくないと思っている。
だが、今日だけは顔を合わせなければならない。それは今日の夕刻捉えた女を、見せるためである。そしてこの女を俺の隣に置いていいかの許可をとるためだ。
おそらくその情報は既に父上の元に行っているだろう。そのうえで俺がやってくるのを待っている。
そもそもこの襲撃事態が不可解なのだ。
この屋敷には殺しの技を仕込まれたものがほとんどなのだ。それなのに誰も気づかないなんてことは普通は無いことだ。
俺でさえ近くに来てもらえばすぐに気づいた。
おそらく、全て父上の手のひらの上と言ったところだろう。何手先まで読んでいるのか。
俺が当主の座なんて望んでいないことも知っているのか。分からない。分からないが、今は従っておくのが良いだろう。
それで今まで生き残っているのだから。
「ど、どこに連れて行ってんのよ...」
薄暗い廊下を足音を立てずに歩く。
1人は俺、もう1人は先程とらえた女である。
両手両足を縄で縛り、肩に担いで父上の部屋に運ぶ。
残念なことに起伏の少ないからだのようでラッキースケベとか、そういうのはなかった。
というか、前世の年齢は35で、こんなので興奮してたらヤバいやつ認定だ。
ま、俺は前世では守備範囲だったが。
「なに?黙ってないで答えなさいよ」
「なんでお前が偉そうなんだよ。俺がお前を捉えてんの。俺の質問にお前が答えればいいんだ」
「う、でもどこに連れていくかくらいいいじゃない」
「まあ、それは確かに。盗聴されているようでもないしな。今は俺の父上の部屋に向かっている。お前の処遇のために」
ゴクリと唾液が喉を通る音が聞こえた。
相当脅えきっているようで、手足も強ばっている。
当然の反応か。
緊張している彼女をほぐしてやろうと考えた俺は次のフレーズへと向かう。
ススス、と腰あたりにあった手を彼女の足の方へとずらしていく。
と思っていたら。
「なに考えてんのよ、アンタ。こんな奴に捕まった私がバカみたいじゃない」
何かを察知したのか、強い語気でそう言ってきた。ついでに緊張もほぐれてるみたいだ。
うん、作戦通りだ。そういうことなんだ。
大事なことなのでもう1回言うが、作戦通りだ。
「どうやって報告しようと考えていただけだ。特に下心とかそんなのは無い」
「私は下心とか言ってないわよ。自覚はあったみたいだけどね」
くっ、罠だったか。なかなかやるヤツめ。
この俺の思考を読むとは。
「うるさい、だいたい普通だったらさっきので殺されててもおかしくないんだ。それに普通だったら辱められることだってあるんだぞ」
動揺からか早口で捲したてる。
たった一人の女にからかわれるとは。今から会う父上にバレたら切腹ものだ。
「論点がズレてるし、心音に乱れが感じられるわ」
「無駄話はやめる。さっさと連れていく」
俺は足を早め父上の執務室へと向かった。
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たどり着いた部屋は灯りなんてものはなかった。
凍てつく空気と、目の前にはぽっかりと空いた空間のようなものが感じられた。
それが俺の父上だった。
「この女、俺を襲撃しました」
俺は方に担いでいた女を地面にほおり投げた。
まるで物を扱うように、先程の人間味は既に無くなっていた。
「ご苦労」
父上はそう一言言うと俺から視線を外した。
それから何も言わずに手に持ったペンを動かし執務に取り掛かった。
まるでそれ自体には興味が無いように感じた。
「父上、この女俺が貰ってもいいでしょうか?」
「何?」
ここで初めて俺と父上の目があった。
真っ黒な瞳には僅かな色が混じっているように感じた。
「すこし、興味があります。この女に。目に違和感というか。調べたいのです。処分もおまかせください」
そういうと父上は指先で顎髭を撫でた。
そして悩むようにしてからしばらく無言になった。
「ふむ、私にはその女は石ころにしか見えないが、お前には人間に見えると、いうことか」
「そういうことになります」
「お前には桜を横に置かせていたはずだが...」
「いえ、そういうことではなく、心からこいつに興味があります」
何を思ったのだろうか。
俺の三大欲求のひとつを心配したのだろうか。
そんなもの持たないように昔訓練させたじゃないか。まあ、前世の記憶と混ざって復活したけど。
「ふむ、まあいい。お前の勝手にやれ。ゴミ箱には捨てるなよ。それと、桜は殺しておけ」
この父、何を言っているのか。
文と文が繋がってない。
意味がわからない。
分からないが、とりあえず返事はしておこう。
「はい」
俯いてそう返事をし、踵を返す。
そして執務室のドアノブに手をかけた時だった。
俺の背には一本のナイフが突き刺さっていた。
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