第30話 双子の神⑩

「はぁはぁはぁ」


 浩太は息を切らせたままへたり込んでいる。


「どうした、何があった?」


「すっ、すいません、少し時間をください」


 そういうと浩太は仰向けに寝転んだ。


 皆がしばらく待っていると浩太の息が少し整ってきた。


「すいません、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」


「どうしたんだ」


「ええ、実はあの時完全に精神を乗っ取られていたんです。それはロイガーではなくツァールでした。早瀬さんを取り込んだのはロイガーで、それについて興味を持ったのがツァールということです」


「興味を持った?」


「そうです。彼らはトウチョ=トウチョ人以外の生き物を久しぶりに見て人間というものに興味を持ったようです。さきほど瞳や早瀬さんがコンタクトを取ろうとしたことも興味を持った原因だと思います」


「なるほど、人間がロイガーたちにどのようなコンタクトの仕方をするのか、そこに興味があるということか」


「そんな感じですね。それで僕の精神を使って色々と人間のことを知ろうとしていました。僕以外だったら、そこで精神が崩壊していたのかも知れません。ツァールは容赦や手加減など知らないようでしたし、僕が死ぬことも意に介してはいないようでした」


「よく無事だったな」


「ツァールに誤算があったからです。僕の中にはほんの少しですがツァトゥグアの遺伝子が混じっています。それに気が付かないで僕の精神に触れて来たので、ただの人間だと思っていたツァールは驚いて僕の精神に伸ばした手を引っ込めてしまいました。その時ツァールが感じていたのは人間に自分たちと同じ存在の一端を垣間見たことで仲間ではないけれど完全な敵ではない、という感情でした」


「とすると浩太君の精神にツァールが触れてきたことは偶然だが最良の結果を得られた、ということになるのか」


 元々浩太の目的はそこだったし、火野にしても旧支配者や外なる神々に接触することでこの宇宙に人間という存在が必要なのかどうかを瞳に感じて欲しい、ということを目的に旅を続けここまで来たのだか、結果はある程度満足できるものだった。


「君たちはそれでいいのかも知れないが私は上司を失って国にどう報告をすればいいのだ」


 本山は浩太の話を聞いても自分たちに何の利益も齎さないことが判ったので途方に暮れている。


「ありのまま、見たままを報告すればいいんじゃないですか」


 浩太は突き放して言う。元々彼らに良い印象は持ち合わせて居ない。


 すぐそこにロイガーがいるのに何の成果もなく帰ることになって本山は意気消沈していた。しかし自分だけの判断でこれ以上滞在することも出来ない。


「戻りましょうか」


 浩太の言葉に従うしかなかった。


 一行がエ=ポウの家まで戻ると風間真知子や桜井亮太が待っていた。事の経緯を説明し、全員地上へと戻ることにした。


「エ=ポウ老、本当にお世話になりました。来た甲斐もありました」


「私も長い間生きて来て、これほどロイガー様やツァール様を感じることが出来たのは初めての経験です。あなたたちが導いてくれたこと、感謝します」


 エ=ポウ達に見送られて一行は地上へと戻って来た。


「本山さん、言っておきますがアラオザルの位置やトウチョ=トウチョ人、勿論ロイガーとツァールについても日本政府が何らかの干渉をしようとするのなら僕たちの敵とみなして容赦しないと思っていてくださいね」


 強面でもない浩太に淡々と言われると、却ってその方が本山には怖かった。


「しかし課長の死もある、報告しない訳には行かないだろう」


「それはあなたの判断次第では?いずれにしても俺たちの邪魔をするならそれなりの対応をさせてもらうと肝に銘じておくことだな」


 こんどの火野に完全に脅されて本山は冷や汗が止らない。火野からは炎の熱さを十分に感じているのにも関わらずだ。


「火野さん、この後はどうされるんですか?」


「まだ考えてはいないが、同じような旅を続けることになるだろう。瞳が納得するまで、だがな」


「私は旅をずっと続けたいわ」


「僕も」


 自らの本来の役目よりも、瞳と亮太にとってはいつしか旅の方が目的になっているようだ。


「では俺たちは行くことにしよう。綾野先生にもよろしく伝えてくれ」


 浩太と真知子は火野将兵、彩木瞳、桜井亮太の不思議な一行と別れた。いつかまた、いや割と近い未来にまた会うことになるだろう、と思いながら。

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双子の神(クトゥルーの復活第8章) 綾野祐介 @yusuke_ayano

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