機巧の雷霆

日野唯我

プロローグ

 秋らしさも薄まり、冬の足音が近づいて来た。唸るような風の音が、晴れた夕暮れの街を駆けていく。

 IT系企業が建ち並ぶ大通りにひときわ目立った大きさで構えているのが、電化製品業界において近年勢力を拡大している『ファースト・アプライアンス』の本社ビルだ。掃除機や洗濯機、蛍光灯などの家電から、スマートフォンやパソコンなどの精密電子機器まで開発及び製造を行っている。

 もはや、現在では知らない人などいない程にまで有名になっている。そんなファースト・アプライアンス本社ビルで今、騒動が起きていた。


「社長、大変です。地下にある、開発部の実験場で起きた爆発事故の件なのですが、開発部のメンバーの一部による故意的なものであることが分かりました。」

 慌ただしく若い男が入って来た。七三分けをした真面目そうな青年は、あまりにも疲れた様で、ハアハア言いながら肩を上下に動かしている。彼は社長秘書の菊池義雄。入社後、その聡明な頭脳を認められ、スピード昇進を果たしたのだ。

「開発部と言えば、極秘開発を行っていた…」

 社長と呼ばれた中年の男は厳かに言った。黒沢一郎。この会社の社長である。年齢の割に鋭い目が、若々しい野心家であることを物語っている。

「で、誰が騒ぎを起こしたんだね?」

 黒沢が尋ねる。

「越水が中心となっていると思われます。」

 越水貴晶。開発部門の専門家で、極秘開発を行っていたうちの一人だ。

「と、言うと、複数人いるのか。まさか、未完成の〝あれ〟を持ち出したのか?」

「はい。残ったチームメンバーによれば、越水らは問題の〝あれ〟が完成したタイミングを見計らい、持ち出したと。」

「まさか、〝あれ〟を使ったのか?爆発はそれによるものだな!これはまずい。急いで何か対策を打たなければ…」

 黒沢一郎は椅子から立ち上がり、おもむろに窓の外を眺めた。もうすっかり日が暮れてしまった夜の街に消防車のサイレンが鳴り響く。


 夜の闇の中をこちらに向かって歩いて来る三人の人影が見えた。ビルの隙間を縫うようにして歩き、開けた人影の少ない交差点に着いたときだ。真ん中を歩いていた男が突然堪えられ無くなったように笑い始めた。

「ハハハハハァ、これで、俺達の天下だぁぁぁぁ!」

 叫んだ声は、星空に響いた。今日は新月だ。星がよく見える。

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